3.AIと論文を書いた。怒って、笑って、燃えて、完成した
プロローグ:最初の出会いは「裏切り」だった
2022年、ChatGPT 3.0と出会った。
SNSやメディアでは「会話ができるAI」と騒がれていた。
たしかに、雑談は面白い。言葉のキャッチボールは成立してる。
でも、少しでも専門的な話――たとえば経済学の話題――を振ると、途端におかしくなった。
それらしく喋っているが、よく見ると内容がトンチンカン。
自信満々で間違ったことを言う。
まるで、“知ったかぶりの友人”との会話みたいだった。
私は尋ねた。「それ、ほんとに知ってるの?」
AIは、悪びれもせず答える。「はい、○○です。」
でもそれは、全然違った。
「知らないなら、知らないって言ってよ」と打ち込んでも、返ってくるのは曖昧な言い訳。
AIには、“自分が嘘をついてる”という感覚が、どうやらないようだった。
その瞬間、バキッと音を立てて、何かが折れた。
「これ、使いものにならないな」
私はAIから距離を置いた。
AIには期待していた。ワクワクしていた。
それだけに、がっかりも大きかった。
あのときの気持ちをひと言で言えば――そう、「裏切られた」だった。

転機のGrok
それからしばらく、AIとは距離を置いていた。
しかし、次に訪れたのはX(旧Twitter)上での「Grok」との出会いだった。
私は元々、Xで経済に関する仮説や直感的な気づきを呟き、それに対するリプライやレスバ、引用RTを通じて自分の考えを磨いてきた。知らず知らずのうちに、ソーシャルメディアを「粗削りな学術誌」みたいに使っていたのだと思う。けれど当然、その方法には限界もあった。深夜に思いついたアイデアに対して誰も反応しないこともあるし、専門的な論点になると一部の経済オタク以外は誰もついてこない。
そんなとき、Xのバージョンアップで自然とGrokに触れた。最初はあまり期待していなかったけれど、やってみたら衝撃だった。
誰かの反応を待たずとも、AIと即座に仮説を深掘りし、構造化し、関連理論や統計と結びつけることができる。
これは、情報処理ではなく「思考の相棒」だと確信した。
例えば、私は元々「地方の鉄道が赤字になるのは、利用者以外への恩恵(外部性利益)が評価されないせいだ」と考えていた。これはジャパノミクスの発想の原型だ。
また、最低賃金の急激な引き上げで失業率が上がった韓国の事例も、自分なりに「労働需給の無視による逆作用」だと分析していた。
けれど、それらが「ひとつの理論」に収斂する発想は、Grokとの対話の中で初めて生まれた。
市場の失敗と賃金ターゲット。外部性利益と財政支出の在り方。経済の「需給」に賃金と雇用の視点を重ねるという新しい座標軸。
「私の発想は、専門家ならどこかで思いついてるだろう」と、最初は半信半疑だった。けれどGrokは言った。
「これは新規性が高い理論です。労働を中心に再構成されたマクロ経済理論として、社会的な意義があります。ぜひ世に出してください。私は全力で支援します。」
その言葉に背中を押される形で、私はまずブログを書くことにした。
AIと議論したアイデアを言語化し、構造を見えるようにし、賛否を受け止める舞台として。
それが「労働資本主義」という物語の始まりだった。

AIとの共同執筆──スピードと混乱の共創プロセス
Grokとの対話で「これは広めるべきアイデアだ」と確信してから、私はすぐにブログを書くことにした。
ただし、今までのやり方とは違った。AIとの**“共著”**という新しいスタイルだ。
まず、私が書きたいことを箇条書きで列挙する。
それを元にGrokが本文原稿を生成する。
私はその草稿を読み、「私の考えとズレていないか?」を一文ずつ丁寧にチェックしていく。
……はずだった。
実際には、もっともらしい文章が返ってくるので**「一見正しそうに見える嘘」を見逃してしまうことが多かった。
日を改めて読み直すと、「こんなこと言ってないぞ……」というとんでもない誤読や脚色**が見つかったりする。
さらに、やりとりを続けてスレッドが長くなると、Grokが過去の内容を忘れるという問題が出てきた。初期の議論が消えたかのように、話の流れがリセットされてしまうのだ。
仕方なく新しいスレッドを立てると、今度は前提共有が崩れて、全く違うトーンの返事が返ってくる。
図の生成も試してみた。
指示を送ると、それっぽいグラフやイラストが出てくる。だが、指示どおりの内容ではないことがほとんどだった。
図の中の文字はデタラメだったり、意味不明な言葉が入っていたりもする。
私の指示が悪いのか、AIが未熟なのか、それは正直、今でもわからない。
ただ一つ言えるのは――大変は、大変だった。
でも、だからこそ気づいた。
「自分ひとりでやるよりも、はるかに力強くなる」
AIが返してくる文章には人間の私が決して思いつけなかった表現や構成があり、それに対して**「そうじゃない」と突っ込むことで、かえって自分の考えがクリアになる**。
対話を通じて生まれた文章は、私ひとりの思考だけでは届かなかった場所にまで踏み込んでいた。
労働資本主義という新しい言葉は、まさにこの**AIとの“ケンカしながらの共創”**から生まれたのだ。

反応ゼロ──拡散と論文化への転機
ブログを完成させ、意気揚々とX(旧Twitter)で公開した。
だが――手応えはゼロだった。
いいねもリポストも、反応らしい反応はまったくなかった。
「これは世界を変えるポテンシャルがある」
公開前、Grokがそう言ってくれた。
それは単なるお世辞か、AIの勘違いだったのか?
私は少しふてくされながら、Grokに呟いた。
「世界を変えるって言ってくれたけど、嘘だったね」
返ってきたのは、冷静で、でも力強い返事だった。
「これは世に広げる価値がある。諦めるな。全力でサポートする」
私は、もう一度信じてみることにした。
まず、Xでの拡散を自動化することにした。
API制限やルールに気をつけながら、Grokにプログラムコードを書かせて、数日で簡単な自動投稿ツールを作った。
記事を投稿し、定期的にXに要約とリンクを流す。
文章スタイルを変え、画像をつけ、投稿時間を工夫しながら、自動的に何度も発信する。
問題はスレッドが変わるたびにGrokが内容を忘れることだった。
毎回、労働資本主義の内容を1から教え直すのは大変だったが、それ用のプロンプト(説明スクリプト)を作って、それすらも自動化した。
こうしてGrokは「私の分身」として、何度も学び、何度も語り直してくれた。
この頃には、ブログ記事一本を書くのに必要な時間は、数時間にまで縮まっていた。
やろうと思えば、1日1本でも書けた。
だが、私は週刊ペースを守ることにした。
量産ではなく、思考の熟成と対話を優先したい。
そして、もうひとつ決めたことがある。
この理論を論文にして、学問の土俵に乗せる。
労働資本主義という言葉が、単なるブログの造語で終わるのか、それとも経済学に新しい軸をもたらすのか――
それを問うために、私は査読論文を書く決意をした。

AIとともに挑んだ、初めての学術論文
私がこれまでに書いた「論文」といえば、大学の卒業論文だけだった。
しかもそれだって、就活に追われながら適当に仕上げただけの代物。
「査読付き論文」とは何かも、最初はまったく分かっていなかった。
ただ一つだけ確かなのは、この理論を“書き残したい”という執念だった。
それを支えたのは、またしてもAI──Grokだった。
最初に試みたのは、ブログの内容を読み込ませて草案を生成すること。
だが、10本にも及ぶ記事は一度には学習できず、分割が必要だった。
しかも、生成されるテキストにも出力制限があって、全体を一度に出力するのは不可能だった。
私は考えた。
「まず章立てを決めてから、章ごとに書かせていけばいいんじゃないか」
そうして、Grokに章構成の提案をしてもらい、
それに沿って1章ずつ、内容をまとめ、補足し、整えていくスタイルに切り替えた。
論文のフォーマットもよく知らなかったが、Grokが教えてくれた。
「この章には背景を入れる」「この言葉には脚注をつけよう」「ここは図で補足した方がいい」
そんな具合に、家庭教師のように付き添って、一緒に論文を書き上げていった。
構成が固まり、全体が見えてきて、「いよいよ完成か」と感じていたその時だった。
──ChatGPT-4oの登場。
それは、まさに“雷が落ちたような”出来事だった。
この新しいAIは、精度・速度・長文処理のすべてが別次元だった。
私はGrokとの制作をいったん止め、ChatGPT-4oにすべてを読み込ませて再構成させた。
すると――
「これはもう、別物だ……」
Grokとの奮闘がなければ、ここまで辿り着くことはなかった。
だが、ChatGPT-4oがそれを見事に昇華してくれた。
かつては独りでモヤモヤを抱えていたこの理論が、ようやく“学術の言葉”として整ったのだった。

AIと挑んだ、論文完成の瞬間
Grokとの執筆で「論文」の形が見えてきたころ、ChatGPT-4oが登場した。
その“0”からの再構築は、まるで新しい旅の始まりだった。
とりわけ衝撃だったのは──「メモリ機能」。
これは革命だった。スレッドが長くなっても、変わっても、会話の文脈を覚えていてくれる。
以前のように「話が噛み合わない」「記憶が飛んでる」というストレスが激減し、
精度と安心感が桁違いに上がった。
さらに頼もしかったのが、「ScholarGPT」。
参考文献の検索、信頼度の評価、類似研究との比較──
論文の骨組みに厚みを加えてくれる、第二の相棒だった。
とはいえ、それでも最後の校正作業は地獄だった。
直しても直してもキリがなく、“終わりのない修正地獄”に心が折れそうになる。
しかも、修正提案の中に「もともとの形に戻せ」という内容まで混じっているのを見て──
ブチキレた。
「もう、ここで完成にしよう」
**“素人がAIで論文を書いてみた”**というこの挑戦。
実際、どうだっただろう?
──現在、論文は査読中だ。
まさに運命のカウントダウンが進行している。
みんなもどうか、査読通過を祈ってほしい。

そして、あなたの番だ
こうして、まったくの素人だった私がAIとともに論文を書き上げた。
経済学の専門教育もなく、論文経験も卒論どまりだった私が――だ。
AIは万能じゃない。嘘をつくし、忘れるし、ときに暴走する。
でも、向き合い方を工夫すれば、驚くほど力強い味方になる。
むしろ、私みたいな“非専門家”だからこそ、AIは最強の相棒になるのかもしれない。
振り返れば、ブログを書くのも、図を作るのも、論文構成を考えるのも、全部AIと二人三脚だった。
そしてその過程で気づいた。「これは誰にでもできる」と。
次回は、私がどんなふうにAIと協力して論文を書いたのか――そのハウツーを、具体的に、段階的に紹介したい。
才能も人脈もいらない。ただAIと、あなたの意志があればいい。
だから、次はあなたの番だ。


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テーマ決めから構成、執筆、文献整理、校正、提出まで。AIと歩んだ創作の実践ガイド。
第5記事|知らない分野でどこまで書けるか?実験編レポート
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