短編小説:図書館迷宮~Inner Library~

「え、ちょ、ちょ待って、これガチ無理ゲーなんだけど、え、今それ来る?」
マイクが、そのまま会場中に拡声した。
市立図書館読書推進イベント、開始五分で、私は終わったと思った。
スクリーンはフリーズ。
リモコン無反応。
前列には教育委員会の人たち。
隣には館長。
後方には高校生。
かつて校内放送で無双していた私でも、これは詰み演出。
いや違う、落ち着け。
「……失礼しました。機材トラブルのようです。少々お待ちください」
声はちゃんと“大人モード”。
数年前まで、私はガチ盛れ陽キャのいわゆるギャルだった。
金に近い茶髪。
大きめフープピアス。
放課後はプリ撮って、屋上で語って、
文化祭のステージではマイクを奪い取るタイプ。
怖いものなんてない、って顔してた。
……本当は、あったけど。
フツーに落ちこぼれてたけど、改心して大学に入って、就活して、落ちて、落ちて、落ちて。
そのたびに、派手なアクセサリーを一つずつ外していった。
今は市立図書館司書3年目。
ピアスは小ぶり。
ネイルは透明。
言葉は丁寧。
アップデート完了。
の、はずだった。
***
イベントは無事終了した。
「立て直しは見事だったよ」
館長はそう言った。
でも私の脳内では、
ガチ無理ゲーなんだけど。
がループ再生。
閉館後の図書館は、少しだけ異世界じみている。
私は名札を外し、返却本を抱えて書架へ向かう。
そこで、見つけた。
見覚えのない棚。
並んでいる背表紙は、全部――
成瀬アスカ。
「は? 怖」
一冊抜く。
『成瀬アスカ(高二・最盛期)』
開く。
──文化祭ステージ、マイク独占。
──教師に注意されても笑って流す。
──内心は、嫌われたくなくて必死。
喉が、きゅっとなる。
次。
『成瀬アスカ(就活連敗中)』
──面接で“明るさ”を武器にする。
──帰り道でひとり泣く。
──明るさが、急に安っぽく思える。
うわ、直視きつ。
三冊目。
『成瀬アスカ(司書一年目)』
──失敗しない。
──浮かない。
──ちゃんとする。ちゃんとする。ちゃんとする。
圧がすごい。
いちばん薄い本を手に取る。
タイトルなし。
ページを開く。
──市立図書館読書推進イベント。
──開始五分。
──「え、ちょ待って、これガチ無理ゲーなんだけど」
「最悪」
顔が熱い。
でも、続きがある。
──心拍数上昇。
──深呼吸。
──言い直す。
──最後までやり切る。
そして、最後の一文。
──大丈夫。ちゃんとできてる。つまずきながらでも、逃げてない。あなたは壊れてないし、前に進んでる。
そこで、私は止まる。
……ああ。
そっか。
昔の私は、強がりながら突っ走っていた。
就活中の私は、必死になるほど心が削れて行った。
一年目の私は、固くなっていた。
今の私は。
ちょっとテンパって、ギャル語が漏れる。
でも、出来の悪い頭で考えて、不器用に動いて、失敗するけど、
なんとかしようって必死になれる。
「……まあ、私だよね」
笑いがこぼれる。
かなりイキったとこも、泣き虫も、真面目モードも、
全部、同じ棚に並んでるだけ。
消さなくていい。
抱えていけばいい。
棚に触れた瞬間、本は普通の郷土資料に戻っていた。
異世界ログアウト。
***
翌日。
カウンターに高校生男子。
「昨日のイベント見ました」
きた。
「最初、めっちゃびっくりしました」
「うん、言うよね」
私は苦笑する。
「焦ると出るんだよ。昔の私」
「でも、そのあと普通に戻してましたよね」
戻す。
その言葉が、ちょっと嬉しい。
「まあね。リカバリー力は高め設定だから」
「なんか安心しました」
「安心?」
「完璧じゃなくてもいいんだなって」
一瞬、胸の奥があたたかくなる。
「いいよ。全然いい」
私はバーコードを読み取る。
「無理ゲーって思ってもさ、コンティニューできれば勝てるチャンス来るかもだから」
彼は笑った。
「それ、使います」
図書館は今日も静かだ。
整然と並ぶ本。
差し込む午後の光。
小さなシルバーピアス。
私はもう、昔の自分を否定しない。
勘違いしながら無双してた元ギャルの私がいるから、
今の私は立て直せる。
ここは、私の内側の図書館。
騒がしい棚も、静かな棚も、全部ちゃんと並んでる。
少しくらい、声が漏れてもいい。
私は今日も、ここで働いている。
ちゃんと。
でも、ちょっとだけ自由に。

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アスカが登場した過去作です。
私の代表作でもあるのでぜひご一読ください、アスカの解釈も広がると思います。
日常と不思議の交差する場所
ここにあります
