見出し画像

世界が終わる日、鬱はこんな顔をしていた——メランコリア


ラース・フォン・トリアー監督が、自分自身のうつ病体験をそのまま映像にした映画があります。

それが『メランコリア』(2011年)です。

「うつ病の映画」と聞いて、どんな映像を想像しますか?

泣いている。動けない。暗い部屋でベッドにいる。

違うんです。この映画は、そのどれでもない。

もっと静かで、もっと広くて、もっと美しい。

だから怖い。


この映画のあらすじ

地球に向かって巨大惑星「メランコリア」が接近している。

前半は姉のジャスティンのパート。結婚式の夜から様子がおかしくなっていく。喜ぶべき日なのに、動けない。笑えない。バスタブから出られない。旦那を愛しているのに、義兄の部下と庭でセックスしてしまう。自分でも止められない。

後半は妹のクレアのパート。姉を必死に支えながら、惑星衝突という現実に恐怖していく。

そして終盤、二人の立場は完全に逆転する。


この映画が生まれた理由

ラース・フォン・トリアーがうつ病のセラピーを受けていた時、セラピストからこう言われたそうです。

「鬱病の人は先に悪いことが起こると予想している。だから強いプレッシャーの下では、他の人より冷静に行動する傾向がある」

これを聞いて、映画のアイデアが生まれた。

地球滅亡が近づけば近づくほど、鬱のジャスティンが正気を取り戻していく。

逆に、健常者の妹クレアは恐怖でどんどん崩れていく。

この逆転現象こそが、この映画の核心です。



双極性障害の鬱状態で、わかったこと

双極性障害の鬱状態の時、毎朝恐怖がありました。

目が覚めた瞬間。

「また1日が始まるのか」

その感覚が、鬱の時は本当に怖い。

明日も来る。明後日も来る。また起き上がらないといけない。また何かをしないといけない。

「続いていくこと」への恐怖が、鬱の時は圧倒的なんです。

だから「世界が終わる」という状況は、鬱の人間にとって怖くない。むしろ、妙な安堵感がある。

ジャスティンが最後に怯える甥っ子のために木の枝で「魔法のシェルター」を作り、姉妹と手を取り合って最後の時を迎えるシーン。

あそこが、この映画で一番泣けます。

終わりが決まった瞬間に、人は優しくなれる。



結婚式という地獄

アラサーの女性には、もう一つの角度で刺さると思うんです。

前半の結婚式のパート。

周りは全員「おめでとう」の空気。義姉は完璧に段取りを仕切っている。旦那は幸せそうに笑っている。

でもジャスティンは動けない。

人生で一番幸せであるべき日に、バスタブから出られない。ケーキが食べられない。

私も経験があります。

「おめでとう」という言葉は出せる。でも表情が死んでいる。沈んでいる。

声と顔が一致しない。その乖離が、鬱の時の一番しんどいところなんです。

ジャスティンがまさにそうで。笑顔を作ろうとしている。でも顔が動かない。結婚式という「幸せにならないといけない場面」で、どんどん崩れていく。

アラサーになって、結婚・仕事・将来への周囲の期待が重なってくる時期に、「なぜか動けない」という経験をしたことがある人に、特に刺さる映画だと思います。


観られなくていい。でも知っておいてほしい

メランコリアは、精神的にしんどい時には観ない方がいい映画です。

私も今は観ていません。

でもこの映画が存在することを知っていてほしい。

「鬱はこんな感じです」と説明するより、この映画を観てもらった方が100倍伝わるから。

うつ病や双極性障害を経験していない人が観ると、何かが変わります。

「なぜ動けなかったのか」

「なぜ世界が終わることを怖がらなかったのか」

「なぜ幸せな場面ほど苦しそうだったのか」

説明できなかったことが、映像で伝わる。

それが映画の力だと思っています。



次回は、躁の時の推し活と鬱の時の推し活、全然違うという話を書きます。

またお邪魔しますね。

#メランコリア #双極性障害 #映画感想文 #映画エッセイ #精神疾患 #当事者 #うつ病 #ラースフォントリアー #映画好きと繋がりたい #結婚式

いいなと思ったら応援しよう!

 ダンちゃん|映画解体評論家 難解作品の謎をPythonでデータ解析して、誰も答えを出せなかった問いに答え続けています😭 それでも有料記事は売れてない。次の食事の事はわからない。目の前の一食分のもやし(一袋30円)ください🙇

この記事が参加している募集