私はなぜ、サッカー見ると涙が出るのだろう
4年という年月は、長いのか短いのかわからない。
でもワールドカップが開幕されるたびに、昔の自分が何をしていたかを思い出す。
学生時代、海外の暮らし、仕事、恋愛、そして病や介護・・・。
その時代の空気や匂いまでを思い出して、胸がキュンと締め付けられる。
今回のワールドカップは、ここ数年の手術や母の体調のこともあり、開幕直前の特集番組や番宣を見るだけで涙ぐんでしまう自分がいた。
サムライブルーの深い藍色が、これまでの大会の記憶を少しずつ呼び起こしてくれた。

マラドーナとイタリア大会決勝戦
生まれて初めてサッカーに感動したのは、1990年のイタリア大会の決勝戦だった。
前年の1989年、父の仕事の都合で家族とともにドイツに住んでいた。
翌年は親元を離れて、アイルランドで寮生活をしていた。
学校行事のホームステイ先のテレビで、西ドイツ対アルゼンチンの決勝戦を偶然目にした。
子ども向けの外国語教室では教科書にサッカーのことが出ていて、ヨーロッパではサッカーが人気だということを知った。
日本で一番人気があるスポーツは野球。
サッカーは、それほど身近な競技ではなかった。
10代に入りはじめた私が好きだったのは、フィギュアスケートや新体操など美を競うスポーツ。球技の楽しさはよくわからなかった。
知っていたのは、キャプテン翼と図鑑で見たディエゴ・マラドーナだけ。
165cmの小柄な体格なのに、世界が注目する大スター。
どういうわけだかサッカーのことを何も知らない私に、強烈なインパクトを与えた。
前年の夏休みの家族旅行は、ワールドカップを控えたイタリアだった。
イタリアでは大会のポスターが記憶にあった。
そのポスターとテレビの中継がやっと結びついた。
そのマラドーナ率いるアルゼンチンと、住んでいた西ドイツが決勝戦で戦っている。
実況は英語で何もわからなかったのに、夢中でボールを目で追った。
西ドイツの優勝が決まった瞬間、応援している国が勝つ喜びを初めて知った。
「サヤカが住んでいた国が優勝してよかったね」
アイルランドのホストファミリーが笑顔で声をかけてくれた。
サッカーは自分が応援しているチームが勝つと、こんなにも嬉しいものだと思った。
ドーハの悲劇
日本に帰国して、高校3年生の年にJリーグが発足した。
大学受験を控えていたので、すぐにJリーグにハマったわけではない。
ところが、家のリビングで受験勉強をしていたときのこと。
ワールドカップアジア地区最終予選がテレビで放映されていた。
ここで勝てば、史上初のワールドカップ出場が叶う。
もう、受験勉強どころではない。
「あと少しで日本がワールドカップに出られる!」
固唾を飲んで、画面に釘付けになった。
日本は試合終了間際まで2-1とリードしていた。
しかし、ロスタイムの残り数秒でイラクに同点ゴールを入れられた。
その結果、得失点差で敗れて、ワールドカップ初出場を逃してしまった。
サッカーは勝てば天国、負ければ地獄。
感情のアップダウンが、競技の魅力だと感じた。
このときから日本代表を応援するようになり、テレビで試合を見たり、サッカーの番組をチェックするようになった。
サッカーは好きですか?
大学時代はスペイン語を専攻した。
在学中はイギリス、フランス、スペインへ旅行や短期留学をした。
イギリスの語学学校で知り合ったスペイン人のクラスメートに「次はスペインにも来てね」と招いてくれた。

バレンシアの街並み。
そのご家族は、バレンシア在住だがバルセロナ出身。
お兄さんがFCバルセロナのサポーターで家には大きな旗があった。
また部屋にはサッカー選手の切り抜きがたくさん貼られていて、Jリーグで活躍している日本の写真を見つけた。
スペイン語に自信がない私にとっては、話題作りのチャンスだった。
まだ、日本のワールドカップの出場経験がない。
そして、インターネットもない。
私のなけなしの知識は、テレビや新聞で見たJリーグだけ。
それでも「この選手、日本で活躍している」とカタコトで話すと、とても喜ばれた。
言葉をあまり話せなくても、サッカーの話題で国境を超えて笑顔になれる。
「サッカーは好きですか?」
この一言は、世界とつながれる魔法の言葉だと思った。

社会人になった1998年には、日本が初出場を果たす。
仕事に慣れていないのに、日本の試合は早起きをして観戦。
外国の試合はハイライトでチェック。Jリーグで活躍している海外の選手がまぶしかった。
幸いにも、三浦知良選手を接客することもできた。
職場やプライベートでサッカー好きの人と話すようになった。
今日に至るまで慣れない環境で人間関係を広げるにはサッカーを話題のきっかけにしてきたような気がする。
今はもう会えなくなった人たちでも、
「あの大会は〇〇さんと話して楽しかった」とワールドカップが開催されるたびに静かに記憶がよみがえる。
私の本棚にサッカーの本が並ぶ理由
いつも大会が終わると、しばらくはサッカーロスに悩む。
特に前回のカタール大会では、深いサッカーロスに悩まされた。
動画で試合のハイライトや選手のインタビューばかり見てしまう。
特に海外の動画はさびついた外国語の復習と思って視聴するので、あっという間に時間が経ってしまう。
この気持ちをどう整理したらいいかわからなくて、本屋に向かった。
スポーツコーナーは、各競技の戦術や選手の本がずらりと並ぶ。
女性が立ち寄るには、敷居が高い。
それでも日韓大会の頃は朝日新聞の特集を夢中で読んだ記憶があるし、
澤穂希選手の「夢をかなえる。 思いを実現させるための64のアプローチ」に励まされたことがある。
「トップアスリートの言葉は人生にも役に立つ」
そんな経験があったから、恥ずかしがらずに本屋に足を運んだ。
隣に他の人が本を探していると、
「この人も私と同じサッカーロスなのかな」
そんなことを勝手に想像してしまい、なぜか親近感が湧いてしまった。
タイトルをざっとながめると、意外にも私にも読めそうな本が並んでいた。
心の整え方は普通に仕事をしている人にも刺さりそうだし、自伝は名選手の幼少時代やその国の生活を垣間見ることができる。
気がついたら数冊を手に取っていた。
そして2026年、私はさらにサッカーが好きになった
この4年間に、選手や監督の本を何冊も読んだ。
さらに、私の人生も大きく変わった。
入院・手術を経験し、母が倒れた。
大会期間中に、大切な友人との別れもあった。
だから、テレビで観戦できるというだけでも、本当に幸せ。
決して当たり前のことではない。
開幕してからは、勝敗だけでなく、サッカー選手の言葉や表情にもより注目していた。
それまでは難しいと思っていた解説も、分からないことはAIで調べてみた。
noteを続けているから、サッカーの記事を書いてみよう。
どんなに下手でも構わない。
まずは、自分のために書こうと思った。
大会が大詰めになると、デイリーハイライトはメモを取りながら見るようになった。
サッカーに詳しい人が読んだら、おかしなメモかもしれない。
それでも、
次の試合はどこが見どころか。
なぜこのチームが勝ったのか。
どんな表情に心を打たれたか。
どのシーンが印象的だったか。
どの言葉が響いたか。
ひたすらノートに書きとめた。
いつか入ろうと思っていた、東京ドーム内のサッカー体験施設「blue-ing!(ブルーイング)」や、SNS広告で知った渋谷宮下パークの「SAMURAI BLUE 3D Experience」にも足を運んだ。

試合中の選手目線の3D映像を体験すると、テレビの試合と全く異なる景色が見えてきた。
とてつもないスピードで、次の一手を判断している。
サッカーのすごさを、少しだけ体感できた気がした。

中山雅史選手のトークを聞く機会も得られた。
決勝戦の勝敗予想を、直接聞くことができた。
きっとワールドカップ決勝戦を見るたびに、中山選手の熱く面白いトークを思い出すだろう。
そのほかに心に残ったのは、
「やるか、やらないか」
「ひと踏ん張り」
この言葉は、サッカー選手だけじゃない。
普通に生活している私たちの仕事も、学びも、人生も。
抜きん出た才能だけでなく、すべては本人次第。
そして、一つのことをおろそかにしない姿勢が大切なのだと感じた。

決勝戦はスペインが優勝した。
強さの中に芸術的な美しさがあるスペインのパスまわしは、留学した街並みと、どこかで聞いたフラメンコギターの音色のようだった。
今はもう連絡が取れないスペイン人の友達は、さぞかし喜んでいるだろう。
今大会を最後に退任するフランスのデシャン監督は、「選手との美しい冒険だった」と述べた。
私にとってこの39日間は、美しい世界旅行だった。
ありがとう。
私の愛する、4年に一度の熱い季節。
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