節約より、体力の消耗を減らす方が生活は整う
少しでも安いものを選ぶ。
できることは自分でする。
便利なサービスを使わず、手間をかける。
お金に余裕がないときほど、そうした方がよいように思います。
もちろん、生活していくうえで、お金は大切です。
収入も支出も、見ないわけにはいきません。
それでも最近は、
節約額を増やすより、体力の消耗を減らした方が、生活が早く整うことがある
と感じています。
体力や気力が削られすぎると、生活を整えるための判断そのものが難しくなるからです。
買い物へ行くことがしんどい。
食事を考えられない。
仕事へ戻れない。
予定を確認する気力がない。
人から来た連絡を開けない。
この状態になると、少し支出を減らせても、生活全体は回りにくくなります。
安く済ませたはずなのに、そのあと何もできない。
翌日まで疲れが残る。
できなかった家事や仕事を、あとで取り戻さなければならない。
そこまで含めると、金額だけでは、その選択が本当に軽かったのか分かりません。
私にとって生活を支えていたのは、お金の余白だけではありませんでした。
その選択のあとにも、少し動けるだけの体力が残っていること。
それも、生活の余白でした。
「体力がない」だけでは、消耗する場所が分からない
以前は、自分のことを単純に「体力がない」と考えていました。
外出すると疲れる。
予定が続くと動けなくなる。
人と会った翌日は、何もしたくなくなる。
だから、もっと体力をつけなければならないと思っていました。
ただ、生活を振り返ると、すべての活動で同じように疲れているわけではありませんでした。
体を動かすことに使う体力。
人と関わるための体力。
集中して考えるための体力。
同じ作業を続けるための体力。
予定変更へ対応するための体力。
使っている力は、場面によって違います。
体を動かすと元気になる人もいます。
人と話すことで回復する人もいます。
長く集中することはできても、急な変更が続くと疲れる人もいます。
決まった作業は続けられても、対人対応が重なると動けなくなる人もいます。
どれが優れているという話ではありません。
自分がどこで消耗しやすいかが分かると、生活の負担をもう少し具体的に見られます。
「自分は体力がない」と一つにまとめるのではなく、
何をしたあとに動けなくなるのか。
何の回復に時間がかかるのか。
どの活動なら、それほど負担なく続けられるのか。
と分けてみる。
私には、その方が生活を組み直しやすいものでした。
私は、人と関わる活動のあとに疲れが残りやすい
私の場合、人と関わるための体力があまり多くありません。
少人数でも、誰かと長く一緒にいると疲れます。
楽しい時間でも疲れます。
嫌な相手だから消耗する、ということではありません。
好きな人と会い、楽しく過ごした日でも、帰宅すると何もできなくなることがあります。
そのため、生活の中で人や混雑に合わせる場面を少しずつ減らしてきました。
スーパーは、人の少ない時間に行く。
ネットスーパーや生協を使う。
出社が必要な仕事は選ばない。
フルリモートで進められる仕事を探す。
土日は外出予定を増やしすぎない。
用事は、できるだけ混雑しにくい時間へ移す。
外へ出ないことや、人と会わないこと自体が目的ではありません。
人と関わる場面をすべて避けたいわけでもありません。
必要なことや、大切にしたい時間へ使う体力まで、日常の用事で使い切らないようにしているだけです。
一般的にイメージされる活動的な生活とは違うかもしれません。
それでも私には、この形の方が生活を続けやすくなりました。
安くなっても、そのあと生活が止まるなら軽くない
体力の使い方を意識するようになってから、節約の見え方も変わりました。
以前は、
このくらいは自分でやるものだ。
少し遠くても、安い店へ行った方がよい。
便利なサービスへお金を払うのはもったいない。
と考えることがありました。
けれど、その選択のあとに生活が止まるなら、本当に得だったのか分かりません。
たとえば、買い物です。
価格だけを見れば、複数の店を回った方が安くなることがあります。
特売品を探し、店ごとに買うものを分ければ、合計で千円ほど安くなるかもしれません。
ただ、そこには、
家を出る準備をする。
店まで移動する。
混んだ店内を歩く。
商品を探す。
レジへ並ぶ。
重い荷物を持って帰る。
という動きがあります。
数店舗を回り、千円安くなった。
でも、その日の午後は動けなくなった。
夕食を考える気力がない。
仕事へ戻れない。
子どもの話を聞く余裕が残らない。
翌日まで疲れを持ち越す。
そこまで含めると、私にとっては「千円得をした」とは言い切れません。
一方で、ネットスーパーや生協を使うと、店頭より少し高くなることがあります。
配送料がかかることもあります。
それでも、買い物へ行かずに済めば、体力が残ります。
残った体力で、簡単な食事を整えられる。
少し仕事ができる。
子どもと話せる。
翌日も動ける。
この状態まで含めると、便利なサービスへ払うお金は、ただのぜいたくではありません。
生活を止めないための費用
になることがあります。
金額だけでは、回復に使う時間が見えない
同じ千円の差でも、そのためにどれだけ消耗するかで意味は変わります。
複数の店を回り、千円安く済ませた。
けれど、午後は休まなければならなかった。
ネットスーパーを使い、千円ほど高くなった。
けれど、そのあとも家事や仕事を続けられた。
金額だけを比べれば、前者の方が安いです。
ただ、生活全体では、
疲れて動けなかった時間。
回復に必要だった時間。
後回しになった仕事。
作れなかった食事。
翌日へ持ち越した負担。
も発生しています。
それらは家計簿には出ません。
でも、生活の中では確実に場所を取ります。
体力の視点を加えると、
この選択はいくらか
だけではなく、
この選択をしたあとも、生活を続けられるか
を考えられます。
もちろん、お金に余裕があるわけではありません。
何でも宅配へ変えたり、すべてを外注したりできるわけでもありません。
だからこそ、どこへお金を使うと消耗を大きく減らせるかを考えます。
少しの支出で、繰り返し発生する負担を減らせる場所はどこか。
そこへ使ったお金によって、何を続けられるようになるか。
私にとって節約は、一番安いものを選ぶことだけではなくなりました。
生活全体を止めない範囲へ、支出と体力を配分することに近くなっています。
一度の我慢より、繰り返す消耗を減らしたい
私の場合、一度だけ大きく節約することより、毎週、毎日繰り返している負担を減らす方が生活へ効きます。
毎週の重い買い物。
毎日の献立決め。
混雑する時間の外出。
その都度ゼロから考える家事。
一日に何度も確認する仕事の通知。
一回ごとの負担は、小さく見えるかもしれません。
ただ、繰り返されると体力を削ります。
反対に、仕組みを一つ変えると、その後も負担が減ります。
買い物の一部を宅配へ変える。
よく作る献立を固定する。
使うものをある程度決める。
外出した翌日は予定を増やさない。
連絡を確認する時間を決める。
何か大きな改善をするというより、
毎回使っていた体力を、少し使わずに済む形へ変える。
その積み重ねです。
「少しでも安くする」より、
「同じ負担を何度も繰り返さない」。
私には、その方が生活全体を支えてくれました。
生活で残した体力を、何へ使いたいのか
体力の消耗を減らすことは、何もしないためではありません。
買い物で使わなかった体力を、仕事へ回す。
通勤で使わなかった体力を、子どもとの時間へ残す。
人づきあいを増やさなかった分、家事や休息へ回す。
生活の中で使える体力には限りがあります。
だから、すべてへ同じように使うことはできません。
何を自分で頑張るかだけではなく、
何には使わないか。
何のために残すか。
を決める必要があります。
私の場合は、
家の中が最低限回ること。
子どもと話せること。
少し仕事ができること。
考えたり、調べたりする余白が残ること。
翌日も動けること。
そこへ体力を残したいと思っています。
便利なものを使うことや、予定を減らすことに罪悪感が出る日もあります。
楽をしているのではないか。
もっとできるのではないか。
そう考えることもあります。
でも、すべてを自分でやった結果、大切なことへ使う力がなくなるなら、私にはその方が苦しくなります。
体力を使わない仕組みを選ぶことは、怠けることではありません。
限られた体力の使い道を決めることです。
仕事でも「家でできる」だけでは消耗は分からない
体力の使い方は、仕事選びにも影響します。
私は、人と頻繁に会う仕事や、外へ出る仕事を生活へ入れにくいため、在宅でできる仕事を選んできました。
ただ、在宅ワークなら何でも軽いわけではありません。
連絡が一日中届く。
急な依頼へ対応する。
仕事が始まるか分からないまま待つ。
作業量が見えない。
毎回、新しい案件を探す。
即時の返信を求められる。
外へ出なくても、こうした状態では体力を使います。
私の場合、決まった作業を一つずつ進めることは比較的続けやすいです。
一方で、
頻繁な通話。
予定の読めない即時対応。
毎回ゼロから仕事を探すこと。
返事や指示を待ち続けること。
には消耗しやすいと感じます。
仕事内容ができるかどうかだけではなく、
その仕事では、自分が消耗しやすい力を毎日使うことになるか。
そこも見ています。
ただ、生活の記事の中ですべての仕事条件を整理しようとは思いません。
まずは、
仕事をした日のどこで、一番体力を使っていたか
を一つだけ振り返ります。
作業そのものなのか。
連絡なのか。
待つことなのか。
予定変更なのか。
消耗した場所が分かれば、次に減らしたい条件も少し見えます。
すべて変えられなくても、一番重いところは探せる
生活には、自分だけでは変えられないこともあります。
お金の事情があります。
家族の事情があります。
避けられない用事もあります。
どうしても外へ出なければならない日もあります。
何でも便利な方法へ変えられるわけではありません。
それでも、
ここへ行くと、そのあと動けなくなる。
この家事を毎回考えることが重い。
この予定の翌日は回復が必要になる。
と気づくことはできます。
全部を軽くしなくても、一番重い部分を一つ減らす。
毎週繰り返す負担を一つ、仕組みへ変える。
回復に必要な時間を、最初から予定へ入れる。
それだけでも生活は少し変わります。
たとえば、
重い買い物だけ宅配へ変える。
混雑する用事を平日に移す。
献立の一部だけ固定する。
外出した翌日は、予定を一つ減らす。
どれも、生活を大きく変える方法ではありません。
ただ、一番消耗している場所へ、小さな余白をつくる方法です。
今すぐ収入を大きく増やすことは難しくても、繰り返す消耗を一つ減らすことならできる場合があります。
おわりに|安いかどうかより、そのあとも回るか
節約は大切です。
でも、一番安い方法を選び続けた結果、体力を使い切り、生活が止まるなら、その節約は私には合いません。
自分がどこで消耗しやすいかを知る。
安さだけでなく、回復に必要な時間も含めて考える。
体力を守るために、あえてお金を使う場所を決める。
それだけで、生活が少し回りやすくなることがあります。
次に、
もっと安くできるのに、便利な方法を使ってよいのだろうか
と迷ったら、
その選択のあとも、生活を続けられそうか
と一度だけ考えてみる。
高いか安いかだけではなく、そのあとに何が残るかを見る。
私には、その方が現実に合っていました。
節約の正解は、いつでも一番安い選択ではありません。
今の生活全体で見て、必要な体力が残る選択です。
節約より先に、体力の余白を守る。
その方が、結果として家事も仕事も続けやすくなり、生活が整うことがあります。
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今回の記事では、金額だけで安い選択をするのではなく、その選択に使う体力と、選んだあとにも生活を続けられるかまで含めて考えることについて書きました。
仕事でも同じように、報酬額だけでは負担を測れません。
作業そのものはできても、連絡や待機、確認、修正によって、自分が消耗しやすいところへ負担が集中することがあります。
そのときに迷うのは、
「この金額なら悪くない。でも、この負担まで含めて今の生活へ入れられる?」
というところです。
有料記事では、そうした一つの条件だけでは決めにくい場面で、自分の生活条件へ戻りながら、受けるのか、試すのか、条件を相談するのか、保留するのか、見送るのかを考える流れをまとめています。
「報酬は悪くない。でも、この仕事のあとにも生活を回せる?」で止まったときに使うための記事です。
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