失速したデジタル期以降のスティービーワンダーのベスト盤を作る試み #私のプレイリスト #思い出の曲
黄金期のスティービーは名実ともに“天才の中の天才”だった。
彼の祈りも呼吸も遊び心も、すべてがイメージのまま音になり、世界中の音楽好きの心に届いた。評価も名声も思いのままだった。
だが、デジタルの波が押し寄せてからの彼は明確に世間とズレ始めた。
きっかけはデジタル化だけではない、「Songs In The Key Of Life」のあとの「Journey Through The Secret Life Of Plants」が売れなかった。通称「Secret Life」と呼ばれたアルバムは2枚組の大作で名曲揃いであるが、ポップなアルバムではなかった。ここからキャッチーなボーカル曲だけを抜き出した1枚組であればファンの手はもう少し伸びていたかもしれない。感覚の天才にとって、たった一度の商業的失敗が方向感覚を狂わせた。
その後の『Hotter Than July』を名盤とする声もあるが、自分はそうは思わない。ここから軸はすでにぶれ始めている。
それ以前にあった自然発露のメロディやサウンドの自由度は影を潜め、ポップミュージックという狭い枠の中でもがき始めたように見える。
そして、その後に本格的なデジタル化の波が来る。スタジオミュージシャンを集めてトラックを作る、あるいは自らドラムを叩いてリズムを積み上げる──そうした集団作業の過程が、ほとんど“個人の打ち込み作業”へと置き換わっていった。
デジタル機器は新しいもの好きのスティービーにとって最高のおもちゃだっただろう。しかし同時に、それは彼の音楽的感性を狭めてもいった。
彼の変わらぬ魅力をかき集めたプレイリスト
『In Square Circle』はデジタル時代の名盤であり、"Part Time Lover" のヒットもあった。多少のゲスト参加もあったが、これ以降はより個人作業へ傾き、世間の評価も失速していく。そして、リリースの話題自体が徐々に埋もれていった。
それでも、自分はその後のアルバムをすべて聴いてきた。アルバムに数曲はスティービーらしい曲があるかもしれないという期待と、事実数曲は聴ける曲があったからだ。
その聴ける曲だけを並べると、実はそんなに変わってないスティービーのメロディーがそこにあることがわかる。
むしろ70年代の職業作曲家が提供していた時代のアルバムよりスティービーらしいと思うが、推しを離れ、聴いてこなかった人も多いのではないか。
今回のプレイリストは、その「デジタルで迷子になった後のスティービー」からスティービーらしい曲だけを拾い上げてみた試みである。
ファンであってもタイトルから分かる曲は少ないことと思う。
ぜひ以下リンクからプレビューを聞いてみて欲しい。
ちなみにSpotifyのプレビューのトリミング箇所は正直いまいちだ。サビより歌い始めにスティービーらしさがより強く残っているのに。
1. These Three Words - Music From The Movie "Jungle Fever"
とてもスティービーらしい曲。彼は何も変わってない。
2. With Each Beat Of My Heart - Characters
ベスト盤に入ってもおかしくないくらいの美しいバラード。アルバムが評価されなかったせいで埋もれたままだ。
3. One Of A Kind - Characters
シンセと打ち込みのリズムが寂しいだけだ。歌を聞こう。
4. Whereabouts - In Square Circle
時代を捉えていた頃の一曲。今でも大好きな曲だ。
5. Treat Myself - Conversation Peace
祈りの温度が高い名曲。ポップよりだが歌の芯はまったく揺らいでいない。
6. Overjoyed - In Square Circle
ベスト盤にも入る後期の名曲。アコースティックギターの響きが嬉しい。
7. From The Bottom Of My Heart - A Time To Love
フォーマットは古いが、トータルにめちゃ名曲ではないか?
8. For Your Love - Conversation Peace
歌い出しメロは完璧だが、イントロにサビを持ってくるところが惜しい。
9. Never In Your Sun - In Square Circle
スティービーにしか書けない、完璧なメロディ。
10. My Love Is On Fire - A Time To Love
お得意の内相的なソウル・ミュージック。
11. Galaxy Paradise - Characters
スティービーのメロディーに何の問題もない。
12. I Just Called To Say I Love You - The Woman In Red (OST)
めちゃシンプルながら説明不要の世界的ヒット。
13. Go Home - In Square Circle
デジタル時代のファンクナンバー。これはこのままでかっこよい。
14. Can't Imagine Love Without You - A Time To Love
何かの映画のエンディングに使われたらヒットしたんじゃないか。
15. People - Ultimate Duets
この曲に答がある。アルトゥーロサンドバルのアルバムへのゲスト歌唱。
バックが一流ジャズプレイヤーになるだけで音の手ざわりが変わる。
16. I Go Sailing - Music From The Movie "Jungle Fever"
彼のメロディも歌も健在。これくらいライトで良いんです。
アナログの天才がデジタルで負けた理由
スティービー・ワンダーは、アナログ時代には圧倒的な強さを持っていた。リズム、指先の反応、呼吸の間合い──そうした身体感覚の正しさが、音楽そのものを引っ張っていく時代だったからだ。彼の衝動・祈り・直感は、そのまま作品の生命線になった。
しかしデジタル時代は、まったく別の能力を要求する。
必要なのは、設計し、俯瞰し、細部を編集し、全体をシステム化する力。
“気分”や“ノリ”だけでは押し切れない、冷静な構築力が求められる。
スティービーは本質的に「衝動の人」だ。
アナログではその衝動が奇跡を生んだが、デジタルでは衝動が構造に負ける。若い世代が自然に身につけるデジタル文法を、彼は学びきれなかった。
デジタルは若者の領域であり、時代そのものを学ばない者は容赦なく置いていかれる。
同じソウルの系譜でも、ジャミロクワイ、エリカ・バドゥ、ブルーノ・マーズたちは“ソウル × デジタル”という新しい橋渡しに成功した。
身体性を残しながら、デジタル編集の感覚を飲み込み、時代の音に変換した。
だがスティービーは、その橋を渡らなかった。いや、渡ろうとしても、構造そのものが彼の感性とは噛み合わなかった。
アナログの奇跡を生んだ天才は、デジタルの天才ではなかった。
なぜ迷ったまま戻れなかったのか?
スティービーには、「自分こそがオリジネイターだ」という揺るぎない自負があった。アナログ時代、その自負は正しかった。時代そのものが彼を中心に動いていたし、彼の感性こそが“未来”を切り開いていた。
しかし、時代は音楽の感じ方そのものを変えていく。
80〜90年代に入ると、若い世代はデジタル機材の“フォーマット”を自然に吸収し、音をどう組み立てれば気持ちよく響くかを、身体ではなく編集感覚で覚えていった。
そこで生まれた世代とのギャップ──スティービーはそれを正しく感知できなかった。
彼は「音楽の本質は変わらない」と、アナログの延長で戦おうとしたが、デジタルの現場ではいつのまにか機械に遊ばれる側へ回ってしまっていた。
マイケル・ジャクソンはそこにいち早く気づいていた。
『Bad』以降、クインシー・ジョーンズと袂を分かち、自己プロデュースで新機軸を探りながらも、「このままでは時代に置いていかれる」と判断し、ニュー・ジャック・スウィングの旗手テディ・ライリーを招き入れた。
その結果生まれた『Dangerous』は、マイケル自身のソウル × デジタル時代の最適解として大成功する。
この“気づき”と“修正力”が、スティービーには働かなかった。迷ったまま、戻るための道筋をつかめなかった。
過去の天才性は、そのままデジタル時代の武器にはならなかったからだ。
彼に何が残ったのか?
たしかにデジタル時代、サウンドの響きも、構造としての方法論も、若い世代の文法とは噛み合わなかった。
それでも──彼はスティービー・ワンダーだ。
声の色気は失われていないし、メロディも彼らしさを保っている。歌の奥には祈りが宿り、そしてあの誰にも真似できない跳ね方は消えない。演奏の魔法が揺らぐことはあっても、魂の揺れ方は揺らがない。ただ、サウンドそのものは以前よりこじんまりと収まり、輪郭が小さくなった。
その結果、デジタル以降のアルバムやシングルは、もはや音楽シーンのセンターを射抜くことはなかった。しかし、作品の奥には変わらぬスティービーらしさが存在している。ただ埋もれているだけだ。
AFTER DIGITAL WONDERというセレクションで聴き直すと、その“残り火”がはっきりと感じ取れることと思う。
おわりに
このプレイリストは、記事のために急ごしらえしたものではない。
ずっと前に、自分がスティービーを聴き返すために作った私的な再編集だ。こういう曲だけを抜き出せば、もう一度耳を傾けてもらえるのではないか──そんな仮説から始まっている。
一度、時代の歯車とズレ始めたミュージシャンは、リスナーとの距離も自然と開く。紹介される機会も減り、語られ方も縮小していく。だが、それでも作品の中には“残っているもの”が確かにある。
だから自分は、ときどき「どう聴かせていたら伝わったか?」をシミュレーションする。旬を過ぎたアーティストにどれほど良い曲があっても、アルバム全体の評価や時代の評価に塗りつぶされていくのは惜しい。サウンドが全盛期に比べて劣っていても、何が足りなかったのか、どこが変わらずに残ったのか──そこはもっと丁寧に扱われるべきだ。
このプレイリストは、その埋もれた名曲たちを掘り起こすための一つの方法にすぎない。
