Honda FCの2026-2027を見届ける――過渡期に立つ一ファンの宣言
見届ける者――荒波への船出を前に
2026年、日本サッカー界は大変革へと漕ぎ出した。
百年構想リーグ、秋春制移行。
JFLもまた、船出の準備を始める。
JFL CUP。半期消費型レギュレーション。勝ち点「4」の導入。
それがいかなる戦いを招くかは、まだ揺蕩っている。
そしてHonda FCもまた、過渡期に立つ。
柱石の引退。
不意の移籍。新人の増加。
秋春制は、長年のメソッドさえ揺らしかねない。
都田は、静かなリニューアルを携えて待っている。
だから、俺は言う。
この1年半は、見届けるに値する。
俺は、そのすべてを見る。
見て来た者は、揺らぎすらも
2023年。歓喜を見た。
2024年。挫折を見た。
それでも目を逸らさず、2025の栄光に辿り着いた。
見るとは、勝利だけを見ることではない。
今年の揺らぎも、俺は見る。
揺らぎとはなにか。
制度が揺らぐ。ルールが揺らぐ。
だが、ルールについては既に語った。ここでは省く。
もっと大事なものが、揺らぐからだ。
Honda FC。俺が見届けると誓った相手は今、静かな揺らぎを見せている。
柱石の引退。それは、単なる世代交代ではない。
阿吽の呼吸は、確実に変わる。
積み上げた形は、揺らぎを見せる。
半期大会。そして秋春制。
長年かけて積み上げたメソッドも、揺らぐ。
若手の増加も課題だ。戦術が、同じ温度で引き継がれるのか。
人は、全く同じベクトルにはなれない。
故にそこには、揺らぎが生まれる。
だが。だからこそ。
この時間を、切り取るわけにはいかないのだ。
JFL CUP。2026-2027シーズン。
この1年半は、あまりにも長い。
美しくない時も、あるだろう。
迷い。未完成。誤解。様々な姿を、見せるだろう。
だがそれらを切り捨てた時。この1年半は意味を失う。
だから俺は、そのすべてを見る。
勝利だけでなく、揺らぎさえもだ。
脱皮宣言
そう。俺は、「見届ける」と言った。
見て来た者の一人として、「これから」を見届けていく。そう宣言した。
だがその前に。俺は一人のHonda FCファンだ。
だから、揺れる。切り取ることもある。
それでも記録する。
それすらも、残す。
俺は、見届ける。
