真面目なのに誤解される私の、本音とちょっと笑える葛藤
誤解される私、軽く見せる私(でも本気は隠れてる)
「サボってるんじゃない?」
冗談めかして言われた瞬間、心の中で小さく舌打ち。
…いや、してないけど心の中でしてた。
あーあ、違うのに。またやっちゃった。
私は、誰より忍者のように周囲の動きに目を光らせ、誰よりハヤテのように素早く動き、限られた時間で誰よりもタスクの皿を積み上げて運んでいる。
なのに、それをときどき軽く見せてしまう。
フワッと力を抜く“軽やかビーム”を発射して、世界に「別に本気じゃないし」と見せかける。
心理学者アンナ・フロイトによると、無意識に自分を守る行動は“防衛機制”らしい。
私の軽さも、真剣さを守る鎧の一種。
つまり、周囲から軽く見えるのは、日本海海戦におけるT字戦法ばりの戦略なのだ。
⸻
軽く見せる理由(言い訳みたいだけど事実)
1. 謙遜のクセ
「真面目すぎる人」と思われるのは避けたい。
だから、ちょっとだけ力を抜いて見せる。
…背伸びして「見て見て、私もゆるいでしょ?」アピール。正直、必死。
2. 場を和ませたい
全力でやると、周りがプレッシャーで爆発しそうになる。
だからあえて“ゆる〜い表現”で空気を柔らかくする。
…でも、笑ったのは自分だけ、ってこともしばしば。
3. 本気を見せるのが怖い
真剣すぎて浮いてしまい、恥ずかしい思いをしたことがある。
心理学者リチャード・ニスベットによると、東洋文化では「場の調和を優先する」傾向が強いらしい。
だから私は、自分の本気や努力を抑えてでも、周囲に合わせて“軽い自分”を演じる。
まるで、KYという看板を立てられないように細心の注意を払う女優のように。
…でも内心では、オスカー級の演技で疲弊していたりもする。
⸻
職場への小さな葛藤(心の中でちょっと毒吐き)
正直、今の職場は好きになれない。
なってしまった方が楽だから、ホントは好きになりたい。
でも、妖怪“ぬりかべ”がドーンと前に立ちはだかって、私の気持ちを邪魔する。
何度も挑戦はしている。
だけど効率は悪いし、常識は通じないし、やりがい泥棒に達成感はぜーんぶ掻っさらわれる。
好きになれるわけがないのだ。
だから、軽く振る舞って自分のプライドを守る。
軽くあしらわれるほど、「私はこんな場所で埋もれる人間じゃないぞ」と、内心でグーパンチをかます。
もっと尊敬できる場所なら、きっと全力で本気出すのに。
ここに所属している自分に誇りをもちたいなぁ。
そしたら、自己肯定感をおかずにして、ご飯を茶碗10杯くらい平らげられちゃいそうなのになぁ。
と、何度ため息をついたことか。
ここでは、どれだけ坂道を登っても、頂上に着いた後の爽快感はゼロ。
ご褒美プリンをひと口食べたときの、あの小さな幸福感みたいな気分さえも、微塵も味わえない。
⸻
盲点に潜む小さな強み(隠れたスーパーパワー)
でも、最近気づいた。
この“軽く見せるクセ”は、私の武器でもある。
• 人の気持ちを察して空気を柔らかくできる
• 周囲に安心感を与える“軽やかさ”
• 本気を守りながら、確実に努力を積み重ねている
葛藤しながらも動いている自分に、少しだけ誇りを持てた。
これは、きっと私が繊細だからに他ならない。
まるで、ティッシュ配りの人が街行く全員にティッシュを配り切るように、私は“気配り配り”のプロ。
…本当はもっと大声で自慢したっていいくらい、隠れGJを山ほど重ねているのだ。
⸻
自分の芯をそっと認める
伝わらない日もある。
軽く見られる日もある。
でも、私の中の“ちゃんとやってる私”は、確かに存在する。
そして、たとえ職場が非常識でも、私は埋もれない。
モグラ並みの掻き出し力で、地上の明るい世界に掘り上がってみせる。
他人の目より、自分の努力と価値を認めることのほうが大切。
分かる人はちゃんと分かってくれる。
分からないような鼻ほじりながら文句を言う人は、もう知らんぷりでいい。
軽く見せる私も、真剣な私も、どちらも私。
ちょっとフワッとしているけど、芯はコンクリート級。
今日も戦略的にフワッと生きていこう。
こちらもご一緒に

