モラハラに囚われている人へ〜私が自由を取り戻した体験談〜
モラハラの記憶と囚われ
モラハラされた記憶は、消そうとするほど、かえって輪郭をはっきりさせる。
過去に受けた体験でも、同じだ。
私もそうだった。
私は今、解放されている。
だから、抜け出したいと願っている人に、ひとつ試してみてほしい方法がある。
それは、
その人の何に惹かれたのか、真っ直ぐに向き合ってみることだ。
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夫のモラハラに悩んでいたころ、夫の存在は、いつも私の前に立ちはだかっていた。
どんなに振り払ってもついてくる夏の蚊柱のように。
進撃の巨人で街を囲う、あの高い壁のように。
空は見えているのに、向こう側へは行けない。
そんなジレンマに、ずっと苛まれていた。
私が解放されたのは、たまたまだ。
後から振り返ってみて、あのとき取った行動が、驚くほどドンピシャだったと分かり、
自分の運の良さに胸を撫で下ろした。

雲みたいなフォルムと、レースの和紙に一目惚れ。
昔から和洋折衷が好きだ。
披露宴も東京大神宮、神路の間。
和モダンという言葉に心惹かれる。
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自分の弱さを映す鏡としての相手
なぜ「魅力を感じた要因」を突き詰めるといいのか。
それは、自分が自信を持てない部分が見えてくるからだ。
人は、自分にないものを、恋人で補おうとする。
感性は似ているのに、憧れてしまうほど強烈な特性を持っている相手だと、
成長したくて、同時に安心もしたくて、吸い寄せられてしまう。
私も、夫と出会ったころ、のめり込むように魅了された。
若いひたむきさで、それを「運命」だと感じ、ときめいていたものだ。
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苦しかった感情の嵐
モラハラに抗っていた最中、その頃の感情を思い出すことを、私は自分に許さなかった。
生理的に受け付けなかった。
浮かれていた幼稚な自分が、許せなかったのだと思う。
自信のなさからくる羞恥心。
騙されたような悔しさ。
信頼を悪用された怒りと悲しみ。
もっと賢ければ選ばなかったのでは、という後悔。
自分だけ取り残されたような虚しさ。
さまざまな感情が一度に心を駆け巡り、息ができないほど苦しかった。
早く楽になりたいのに、なれない。
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かつて夫の魅力だったもの
そんな真っ只中で、ふと予感がした。
執着しているから、依存してしまう。
その自分を否定することは、
自分で自分の手首や足首に足枷をつけて、
ゴールへ続く道を塞いでいるのではないか。
根本にあるトラウマを見ないままでは、
たとえ離婚しても、また同じような人に惹かれてしまうかもしれない、と。
私が夫に惹かれた理由は、
決断の速さと、その決断への揺るぎない自信、
そして気持ちの切り替えの早さだった。
私に一番できないことだ。
マックのハッピーセットみたいな鉄壁の布陣。
夫ワールドで言語化されると、妙に納得してしまい、
「この人についていけば大丈夫だ」という安心感があった。
自分で道を切り開くことが苦手な私には、
同じトロッコに乗っていれば楽ができる、その心地よさがあった。

花も良いけど、まん丸の蕾とツンツンの枝のギャップに萌える❤️
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豆腐のような土台と卍固め
けれど、付き合いが長くなるにつれて気づいてしまった。
その自信の土台が、実は豆腐さながらにあやふやで、ちょっと指で押せば潰れそうなくらい脆いということに。
お互いの違和感を埋めるための対話ではなく、目的はいつも論破。
正論で卍固めをかけられ、
わずかに残っていた私の決断力さえ、サラミスライス戦法で削られていった。
何をするにも、許可が必要な空気。
それが、暗黙の了解になっていた。
ダンジョンで、壁が迫ってくるトラップに挟まれたらどうする?
壁を壊すしかない。
私は、少しずつ削ることにした。
こっそり、夫に分からないところで決断する。
まずは離婚。
そのために、安心材料を集めるための勉強を始めた。
世界情勢、語学、経済。
FPの資格を取り、将来のお金の道筋を立て、投資も始めた。
学んでは決断し、決断してはまた学ぶ。
サラミスライス戦法返し。
それを繰り返すうちに、いつのまにか自分に自信が持てるようになっていた。
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壁はただのハードルだった
階段を一段ずつ登り、ふと振り返ると、
そこにあったのは、高い壁ではなかった。
跨げば越えられる、ただのハードルだった。
かつて立ちはだかって見えた夫は、
自分のプライドと家族を守るために、
二本足で立って威嚇する健気なレッサーパンダのように見えた。
感謝の気持ちが芽生え、
小さなプライドを守ってあげなきゃいけないんだな、という幼気な思いに変わった。
私は、トラウマを越えたのだと思う。
だから今、離婚はしていない。
する必要がなくなったからだ。

Switch Botで携帯からいつでもリビングの湿度をチェック。
長女の大学個別試験まで、もう少し。
湿度とiMUSEとR1とみかんで完全武装。
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決断力と弱点の再定義
決断に恐怖を感じること、
気持ちを切り替えられないことを、私は弱点だと思っていた。
けれど、切り捨てが早い人は、
ただ考えるのが面倒なだけで、
間違った道に進むことも多い。
私は、さまざまな立場に思いを巡らせ、
最後まで最善を探したいだけだ。
時間はかかる。
でもそれは、雑に生きていないということ。
優劣の問題ではない。
勝ち負けをつけたがる人の物差しで見れば、
私は劣って見えるのかもしれない。
けれど、そのベクトルで生きる必要はない。
私は、私の足で立つことができていると、実感出来た出来事だった。
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最後に伝えたいこと
初めから、これで抜け出せると分かっていたわけではない。
追い詰められたとき、
窮鼠が猫を噛むように、咄嗟に動いただけだ。
だから、私が能力を兼ね備えたオールラウンダーだから抜け出せたのではない。
忘れようとしなくていい。
自分を責めて、苦しみを増やすだけだから。
惹かれた原因を突き詰めて、自分が弱点だと思っている部分を知る。
それを裏返して自分軸で見たとき、それは強みだと気づく。
その瞬間、
また空を自由に飛べる感覚を、思い出せるはずだ。
もし、まだ囚われていると感じるなら。
自分の魅力探しを、してみてほしい。
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