仕事を減らして気づいた、職場のイライラの正体
職場の人間関係がしんどいのは、
「人が悪いからだ」と思っていた。
要領の悪さ、変わらない仕組み、容赦なく合わせさせられる空気。
「もっとこうすればいいのに」と、今でも思うことはある。
でも、仕事を減らしてみて気づいた。
人間関係そのものが、
すべての原因だったわけじゃないということを。
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正体その1|心に余白がないこと
仕事を減らした分、余った時間を趣味や副収入探しに費やすようになった。
時間が無くて手を出せずにいた分野に、じっくりと向き合う。
そんな時間は、まるでプレミアムモルツのように贅沢で、心が満たされる。
楽しいことや、希望があると、頭の中のイライラがシェアを奪えなくなる。
職場で起きることを、俯瞰して見る感覚ーー
気分はオフィスの上に漂う観察用ドローンのよう。
無駄だなと思える業務も、「稼がせてもらっている」という感謝の気持ち。
目がルーレットのようにグルグル回り、「チーン」と¥マークが光る瞬間には、なぜか真面目に取り組める自分がいる。
職場が新鮮な空気を吸いに行く場所になった。
人間関係が良くなったわけじゃない。
でも、支配されなくなった。
それが、仕事を減らして、いちばん驚いた変化だった。

勝間和代さんによると象印がおすすめらしいけど、
スタイリッシュさと貯水タンク取り外し可能な便利さに、
アイリスオーヤマに軍配が上がった。
ルンバ横に設置して、我が家のなくてはならない家電ゾーンが充実した。
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正体その2|自己嫌悪の心労
週数回出勤のパートさんたちが、久しぶりの出勤に活気付いている光景にモヤついた。
私は毎日来てるから新鮮味もない。
その温度差が癪に障る自分にも不快感。
「しょうもないことで、性格悪い」という自己嫌悪。
無理して笑顔でいることの心の負担が、地味に水溶き片栗粉みたいに底に溜まっていた。
青島みかんさんの記事を読んで、同じ悩みにホッとした。
自分ばかり不遇って思っちゃうのって、人間あるあるなのかもって言う気づきに救われた。
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正体その3|体のしんどさ
次に驚いたことは、「よく眠れる」ようになったこと。
0.93秒ののび太の記録を更新するんじゃないかというくらい、
気が付いたら寝ている。
毎日出勤していた頃、どれだけ精神を張り詰めていたのか。
更年期も重なって、疲弊しきっていた。
眠れなかった次の日は、体がまるで鉛のよう。
地球の重力制御装置が故障して、下方向への引力が暴走してるみたい。
それでもやることは山ほどあって、帰宅後も体を引きずりながら家事をこなしていた。
けれど、よく眠れると気持ちが前向きになる。
職場への憤りは、体の悲鳴だったのかもしれない。

今日はOKの冷凍塩サバ、卵焼き、ブロッコリーの塩昆布と胡麻和え。
変わり映えのしない、私の盛り付け。
しそを挟んだら色鮮やかになりそうだけど、
娘たちのブーイングが酷そうなのでできない。
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正体その4|お金と将来の不安
雇用されている間に、予定貯金額まで到達させなければ、
老後に余裕のある生活はできない――
そんな不安が、頭を占領していた。
さらに時間ができると、記憶力の良い(?)私は過去の嫌な記憶も反芻する癖がある。
夫のモラハラ経験も、まるでヤギが草を噛むように思い出してしまう。
「稼いでいる自分」で、ギリギリバランスを取っていたプライドも、
崩れたらまた自己嫌悪の底無し沼にドボン、になりかねない。
でも、副収入の畑を少しずつ開墾しておけば、退職後もちまちまと稼ぐ手段が生まれる。
「後10年ちょっとで溜め込まなきゃ!」なんて息巻かなくても、
もっとゆるく、長く、川のせせらぎのように稼ぎながら生きていけば良い。

長女の共テも無事終わり、いよいよ個別試験。
ただ、とにかく早く終わりますようにと祈るばかり。
明日起きたら終わってたら良いのに。
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小さな変化が、日常を変える
「イライラ反芻問題」も意外なほど起きなかった。
夫も時間を掛けて少しずつ変わってきてくれた。
今ではLINEのメッセージの後に、逐一「ありがとう」という言葉を添えてくる。
時々わざとらしくて、プッと吹き出してしまうけど、
千手観音のような静寂さと包容力で、好意を受け取る。
そういうちょっとしたやりとりで、苦労も報われ、
感謝へと気持ちが切り替わって、前に進めるようになった。
なーんだ。
今までの不安なんて、取り越し苦労だったのかもしれないな。
いかにも、私らしいせっかちな空回りだった。
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最後に
仕事を減らしてわかったのは、
思っていた以上に、限界まで頑張っていたことと、
心の奥に、老後への不安を溜め込んでいたことだった。
歳を重ねれば、経験が増えて、不安は自然と消えていくものだと思っていた。
でも実際は、その年齢ごとに置かれる状況が変わり、
不安の形も姿を変えて現れてくる。
人はたぶん、一生なにかしらの不安を抱えながら生きていくんだな。
それ自体は悪いわけじゃない。
不安があるからこそ、情報収集して知識をアップデートできる。
学びの起動スイッチがないと、老化のアクセルを踏んでしまう。
問題なのは、不安に気づかないふりをして、体と心を酷使してしまうこと。
だからこそ、私は今、何かを手放して、自分を労る選択をしている。
理想と現実を比べながら、
「今の私は無理をしていないか」と立ち止まって確認する。
もし無理をしていると感じたら、別のやり方を考えればいい。
少しだけ力を抜きながら、これから先の時間と付き合っていくーー
そう思える自分が、ちょっと誇らしい。
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