隠して、整えて、それでも服が好き
ずっと悩んできた、体型の悩み。
上半身は、やたらと細いし、薄い。
もう少し、前後に厚みがあったらセクシーなのにと思う。
そのくせ、下半身はこれでもかと主張してくる安産型。
バランスって、うまくいかない。
下半身にあまり肉がつかない人を見ると、羨ましすぎて目が釘付けになる。
仏様でも見たかのように、眩しい。
きっとその人にはその人の悩みがあるんだろうけど。
こちとら、下半身の重量で地球と一体化する恐怖と戦ってきたのだ。
私の不倶戴天の敵〜スキニー
スキニーなんて、絶対履けない。
履いた瞬間、私の下半身情報が、4K画質並みの鮮明さで公開される。
足のムチムチが剥き出しで、もう誤魔化す余地がない。
鏡に映るのは、正にボンレスハム、そのものだ。
太ももの前張りと、ふくらはぎの横張り。
四方八方に突き出した私の肉たちは、前から見ても後ろから見ても、しっかり、どっしり、太ましい。
だから私は、細い上半身を盾にして、下半身を隠蔽工作する。
目の錯覚を利用して、いかにスタイルよく見せるかを、日々地道に研究してきた。

昨年からチェックが流行ってるらしいから、柄とプリーツで、下半身にモザイクを掛ける。
肩のクロシェ編みストールで視線も逸らす。
隠して、整形する
パンツは、太いか、テーパード。
体のラインを拾いすぎない、程よい余裕のある形と素材。
ロングスカートは、もう「聖域(サンクチュアリ)」だ。
だから、ここ数年の「ワイドパンツ&ロングスカート」の大流行は、私にとって神から授かりしボーナスタイム。
心の中で、「もっと太く!もっと長く!!」と唱え、気持ち的には毎日、護摩を焚きまくっていた。
ありがたいことに、トレンドは年々太く、長くなり、ZOZOや楽天のランキングは、ツータック、バルーン、バレルレック…。
「隠したい」私にとって、世界はどこまでも優しく、全肯定されている気分だった。
ところがだ。
昨年あたりから、不穏な空気が漂い始めた。
忍び寄るスキニーの気配
ロングブーツが流行り出したのだ。
これは、ファッション界からの宣戦布告である。
ブーツが長くなると言うことは、つまり、スカートは短くなり、パンツは細くなる。
…なんと、これからスキニーパンツがまた流行るらしい。
もう涙しか出ない。
若い頃は勢いで肉をねじ伏せたけど、今の私にはもうそんな気力も体力もない。
多様性が叫ばれる昨今。
「痩せていればいい」という時代は終わったはずなのに。
骨格ウェーブの民に、このまま安住の地を与えてはくれないだろうか。

お尻をオシャレに、隠すにはうってつけ。
センタープレスで、フレアなデニムなら、足細、足長効果抜群。
そして、必殺技の鎖骨見せ❣️
経験を血に肉に変える
思春期の頃、「意外と足太いよね」と、無邪気な男子に言われたあの日。
あの一言は、今も私のふくらはぎに呪いのようにこびりついている。
人の目が足に向いているのに気づくと、「あ、今ししゃも足だと思われてるな」と被害妄想が加速し、胸がぎゅっと締め付けられる。
でも、コンプレックスのおかげで、私は詐欺師並みのカバー能力を手に入れた気がする。
思い通りにならない体を、どうやって擬装して見せるか。
そんなことばかり、考えて生きてきた。
スタイリストさんや、アパレル店員さんを見ていると、決して「完璧な体型」じゃなくても、驚くほどスタイリッシュに見える人がいる。
彼らは自分の「ウィークポイント」を、逆に「チャームポイント」として逆手に取っているのだ。
完璧な体型であれば、きっと私はこれほどまでに服のことを考えなかっただろう。
上半身の薄さを「華奢さ」という武器に変え、下半身の重みを「エレガントな重心」として手なずける。
そうやって自分の凹凸と向き合い、試行錯誤して辿り着いた着こなしには、ただ流行を追うだけでは決して手に入らない「その人だけの物語」が宿る。

脚のラインは1ミリも拾わない。
裾を折って軽めに見せると、低重心感が緩和する。
ゴールドのロゴで目線を上に。
スカーフもロゴって、どんだけロゴ好きか?
スキニーにだって、ケ・セラ・セラ
お洒落とは、欠点を消し去ることではない。
自分の不完全さを面白がり、どう美しく編集するかのプロセスそのものなのだと思う。
スキニー再来のニュースには、今でも少し震えてしまうけれど。
それでも、これまで培った「カバーする力」があれば、きっとまた新しい自分に出会えるはず。
さて、次はこのアンバランスさを、どう遊んでみようか。
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