社員戦隊ホウセキ V 第2部/第133話;理想は潰えた。それでも…。
前回
八月十七日の火曜日。
制圧された暑宜の大国の軍隊の基地にて、その悲劇は起こった。
ホウセキブラック・ラグジュアリーは、渾身の力で【憎しみの刃】を振るった。金剛石で創られた斧状の無色透明の刃は、リヨモの胸を深々と斬り裂いた。
そして…。
必死に救命しようとした社員戦隊の努力の甲斐なく、リヨモは散った。
その夜、十縷は無事、新杜宝飾の男子寮に帰還できた。リヨモが駆けつけてくれたお蔭だった。
十縷はベッドに横たわり、眠る訳でもなく、ただ天井を眺めていた。何も考えないようにしようと努めていたが、それでも脳裏には辛い光景が勝手に再生される。
「迷惑しましちゃ」
光里の故郷・多妻木島の方言が、リヨモの発した最後の言葉となった。
この光景は十縷の網膜に焼き付いてしまったのか、なかなか消えない。見えていないハズの光景を映す十縷の目からは、小川のように涙が流れ続けていた。
(これは夢だ。リヨモ姫は生きてる)
十縷は自分に言い聞かせた。そう信じたかった。
こんな調子で、彼はずっと空虚な時間を過ごしていた。
時刻は何時何分だっただろう? ベッドの隣のちゃぶ台の上に置かれていたホウセキブレスが、赤く発光した。十縷は横目でそれを確認したが、ブレスを手に取って真剣に応対する気にはなれなかった。
十縷が動かないでいると、ブレスは勝手に声を流し始めた。
『俺だ。新杜愛作だ。みんな、傷心のところ申し訳ない』
声の主は愛作だった。第一声を聞いて、十縷は思った。
(社長だって、解放されたばっかじゃないですか。それまで、三週間も捕まってたじゃないですか。それなのに、もう頑張ってるなんて…)
愛作の精神が如何に強靭かを十縷は実感した。そして、脳はこんな連想をした。
(社長を救出したのも、隊長の大学の先生や祐徳先生のお師匠さんだもんな。僕たち、本当に何もできなかったな…)
十縷は、自分たち社員戦隊が無力としか思えなくなっていた。おそらく、光里たちも似たような状況だろうと、十縷は推測していた。
十縷が悲嘆に暮れている一方、愛作は本題を切り出した。
『ザイガから連絡があった』
普段の十縷なら飛び起きるところだが、今日はそんな気力が無かった。十縷は寝そべったまま、愛作の話を聞くことにした。
ザイガはこんな提案をしたらしい。
社員戦隊をザイガの部下として差し出し、国会を解散して自分に統治権を与えるなら、もう破壊活動は行わない。この国を、自分が統治する理想の平和な国にすると。そして、社員戦隊の五人は、自分の部下として引き入れたいと。
十縷は話をしっかり聞いていたし、頭も意外に疲れていないのか、話の内容は理解できた。
(ふざけんな。お前はリヨモ姫を殺した。お前の仲間になんか、誰がなるか)
十縷がそんなことを思っている間も、愛作は伝達を続けた。
『明後日の正午までに、お前らの回答次第で行動を決めると、ザイガは言っていた』
降伏するか抵抗を続けるか、明日までに答を決めろ。そういう意味だと、十縷は解釈した。
社員戦隊の回答が、この国の命運を決めてしまう。凄い決断を迫られたのだが、十縷は意外に重圧を感じなかった。
(そういう連絡なら、社長だけじゃなくて、また電波ジャックでもして全国民に伝えろよ。いや…ゲジョーが居なくなったから、無理なのか? そりゃそうだな)
十縷はいろいろ考えた末に、苦笑いした。その直後、ブレスから真面目な言葉が聞こえて来た。
『ザイガに統治権を与えるなんて、駄目に決まってるでしょう。俺は戦います。姫に命を救われたんです。姫を裏切るような真似はできません』
声の主は和都だった。十縷は確かに、その言葉を聞き取った。
(やっぱり、ワットさんはそう言いますよね。体も心も、めちゃくちゃ強い)
十縷は和都の精神性を見上げたが、触発はされなかった。何処か、他人事のように受け取っていた。だから、却って冷静に考えられた。他の意見を否定することもなく。
『それって、本当にリヨモちゃんが願ってたことですか?』
次にブレスから聞こえたのは、光里の声だった。『どういう意味だ?』と訊ねた和都に、光里は答えた。
『あの子、私たちに死んで欲しくなかったから、あそこまでしたと思うんです。だから、私たちが死んだら、それこそリヨモちゃんを裏切ることのような気がして…』
光里の声には最初から嗚咽が混ざっていたが、やがて号泣に変わって喋れなくなった。十縷は光里の言葉も、確かに聞き取った。
(そうだよな。ザイガは強かった。次こそ、誰か…下手したら五人とも死ぬかもしれない。そんなの、リヨモ姫が望んでた訳ないよな…)
リヨモに最も接した光里の発言には説得力がある。十縷は深く頷いた。そして、光里は話を続けた。
『ジュエルメンの最終回みたいに、誰も死なずに終われたら良いって思ってましたけど…。もう、無理なんですよ…! だったらせめて、少しでも死者を減らせたら…』
泣きながら、光里は何とか言い切った。その言葉は十縷の心にしっかりと響いた。
(そう。ジュエルメンの最終回はもう無理だ。リヨモ姫だけじゃない。マダム・モンスターも死んだ。ゲジョーだって、どうなったのか解らない。スケイリーは…ゾウオは生き物じゃないって聞いたけど、あんだけ喋れるのに生き物じゃないって、無理があるよな…。僕たちはスケイリーを殺して、ジュエルメンの最終回を自分たちの手で潰した)
現状は理想と程遠いものになってしまった。今の十縷の胸を独特な空虚感が占める。
光里が話を終えると、次は伊禰が発言した。
『今までのザイガの所業を考えると、国の舵取りを委ねて良い人物とは思えません。ですから、私も最初はワット君と同じように考えていたのですけど…。光里ちゃんのお話は的を射ていますわ。降伏すれば、これ以上の戦死者は出ませんから』
伊禰の声には、迷いが感じられた。十縷は聞きながら頷いた。
(僕も祐徳先生と同じ意見かな? ザイガは信用できない。だけど、抵抗しても殺されるなら、抵抗しない方が良い。だけど、どっちが正解なんだ?)
簡単に答が出る問ではない。十縷は寝ころんだまま唸った。ブレスからは、声が聞こえなくなった。他のメンバーも、答が出せずに悩んでいるのだろう。
この沈黙を破ったのは、時雨だった。
『ザイガは明後日の正午まで待つんだよな。それなら明日じっくり考えよう。ザイガに抵抗するという者は、明後日の朝八時までに、寿得神社の杜…定例訓練の場所に来てくれ。判断は各位に任せる。全体で答を統一する必要は無い』
これで通信は終わった。ブレスからは、誰の声も聞こえなくなった。
十縷は依然として寝ころんだまま天井をぼんやりと見上げているが、頭はしっかり動いていた。
(答は五人バラバラでOKか。社員戦隊らしいかもな…)
時雨の最後の一言を思い出し、十縷は思わず鼻で笑った。
(明日、一日考えられるんだよな。一日あれば、インスピの一つや二つも湧いて来るか?)
最悪な状況の筈なのに、十縷は楽観的な考えに落ち着いた。そして、これ以上は考えても仕方ないと腹を括り、今日はもう思い切って眠ることにした。自分の心理状態を、十縷は自分でも意外に思えて仕方がなかった。
八月十八日の水曜日。午前五時に部屋のチャイムが鳴り、十縷は起こされた。チャイムを鳴らしたのは和都だった。
「今から朝の自主トレに行くけど…。お前はどうする?」
普段と違って、和都は十縷を強制連行しなかった。強制でなくても朝のトレーニングは日課になっているので、十縷は同行することにした。
空は朝焼けで、ピンクと紫のグラデーションになっていた。まだ日の出前なので、気温も上がり過ぎていなかった。
寿得神社の杜へと歩く途中、ふと十縷は和都に訊ねた。
「ワットさんは明日どうするんですか?」
言葉不足の質問だったが、和都に意図は伝わったらしく、期待した答が返って来た。
「ザイガのことか? 抵抗する。俺一人でも、絶対に」
昨夜に述べた決意を、和都は変えていなかった。そして、十縷に質問もしなかった。
(周囲の考えに関係なく、自分の信念を貫くか…。流石はワットさん)
和都の固い決意を改めて実感し、十縷は深く頷きながら思った。
(それに引き換え、僕は…。どうするべきか、まだ答えが出ないよ…)
その後、二人は寿得神社の杜で、いつもの自主トレに励んだ。木刀の素振りなどをしながら、十縷は考えていた。
(ザイガには勝てないよな。武術のレベルに差があり過ぎるし、イマージュエルやダークネストーンの力の使い方もレベルが高い)
昨日の戦闘を思い返す。
全ての面で、ザイガは社員戦隊を圧倒していた。元々強い上に、今は新しい武器を手にして、黒のイマージュエルとニクシム神の力を同時に高出力で引き出せるようになっている。レッド・ゴージャスでも、ブラック・ラグジュアリーには遠く及ばない。
そんなザイガに、もし勝てるのだとしたら? その答は、意外に早く出せた。
(厄介なのは、【憎しみの刃】っていう武器だ。あれでザイガは、ニクシム神の力を引き出してる。あれを封じるか、大元のニクシム神を叩くか…。ピジョンブラッドの水をニクシム神に掛けることができたら、ザイガはラグジュアリーにはなれなくなるよな?)
ピジョンブラッドの水でニクシム神の力を弱める。結局、考えはそこに行きついた。
やがて太陽が地平線の上に昇って来て、周囲が明るくなると共に、気温も上がって来た。
六時半を少し過ぎた頃に十縷と和都はトレーニングを切り上げ、二人は男子寮に戻って一階の食堂で朝食を摂った。食堂は二人だけで、静かだった。
ここでも、ふと十縷は和都に訊ねた。
「僕、ずっと気になってることがあるんですよ。ワットさんはどう思いますか?」
いきなり問われて和都は首を傾げる。十縷は話を続けた。
「ピジョンブラッドの水が憎心力やダークネストーンの力を消せるのは、誰のお蔭だと思いますか?」
直球過ぎる質問に、和都は目を丸くした。だから、十縷は言葉を追加した。
「ニクシムの小惑星に乗り込んだ時、僕と社長だけの時はニクシム神にピジョンブラッドの水が効かなかったんです。あれで判ったんですよ。ピジョンブラッドの水の力は僕の力じゃないって。五色のイマージュエルのリンクで、他の人の力が作用したものだって」
ようやく和都は話の内容を理解して、頷いた。
「その話、前に姫が話してたな。だけど…。琴名たちが水鉄砲に入れたピジョンブラッドの水は、効果があったみたいだな。俺たち五人とは、かなり距離が離れてたけど」
和都が別の疑問を述べた。これで話は膨らんだのだが、少し十縷が期待していたものとは、方向が違った。
「うーん。ピジョンブラッドの水の力、かなり複雑みたいですね」
堪らず唸る十縷に、和都は言った。
「簡単には解明できねえし、もう調べる時間も無いから、あんまり悩むな」
和都の指摘は的確で、十縷もこの話題を打ち切らざるを得なかった。しかし、十縷は頭の中で考えていた。
(確かに簡単には解明できないけど…。どうなんだろう? もう、これに賭けたい気もするんだよな…)
「インスピが湧いた」と声高に唱える気にはなれない。その程度に説得力を欠く案が、十縷の中には芽生えていた。
これを人に話すべきか否か。今日を丸々使ってその答を出そうと、十縷は目論んでいた。
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