【clum! '96 #15】殴り込み
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1996年、夏の湿気が廊下に立ち込める放課後。
ついに立夏の堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。
「樹くん! ちょっと面貸しなさいよ!!」
理科室の重い引き戸を叩きつけるように開け、立夏が怒鳴り込んだ。フラスコを振っていた樹が、眼鏡を指で押し上げながら冷淡に振り返る。
「……騒々しいな、佐野くん。僕の実験は今、デリケートな化学平衡の状態にあるんだ。質量保存の法則を無視したような声量で叫ばないでくれるか」

「そんなの知るか! あんた、玲ちゃんが今どんな目で見られてるか知ってて言ってんの!?」
立夏は樹の机をバンと叩いた。その勢いに、後ろから追いかけてきた一頼が「立夏さん、落ち着いて……!」と慌てて割って入る。
「二股だの乗り換えだの、あまつさえ『魔性の女』だの……! 玲ちゃん、さっきトイレで陰口言われて泣きそうになってたんだよ! 全部、あんたが変な『虫除け』なんて嘘ついたせいじゃない!」
樹は一瞬、フラスコを握る手を止めた。
「……それは僕の計算外だ。僕が玲の『恋人』として君臨することで、他の不確定要素(害虫)を排除したはずだ。折館にその座を譲った後も、僕が背後に控えることで牽制になるはず……」
「なるわけないでしょ! 中学生の噂話を科学で測ろうなんて100年早いわよ! 1期生しかいないこの狭い学校で、一番の有名人2人を侍らせてる女子なんて、嫉みの対象にしかならないの!」
立夏は一歩踏み込み、樹の胸ぐらを掴みかねない勢いで詰め寄った。

「いい? 今すぐ全校生徒の前で、玲ちゃんと双子だって公表しなさい! そうすれば全部『過保護な兄貴の暴走』で済むんだから!」
「……それはできない」
樹の声が、低く沈んだ。
「僕たちが双子だと公表すれば、次は『小説家の岡本』の娘だと特定される。プライバシーが霧散し、玲の平穏は別の意味で脅かされることになる。僕は、彼女をこの不浄な外界の視線から完全に隔離したいんだ」
「それは『守ってる』んじゃなくて、『閉じ込めてる』だけでしょ!」
立夏の叫びが響いた時、科学室の入り口に迅が現れた。
「……樹。佐野の言う通りだ」
迅の碧い瞳は、親友である樹に冷たく向けられていました。

「俺たちが玲を守るための壁になればなるほど、その壁が玲を押し潰している。……俺も、お前の策を放っておいた責任がある。だが、玲を『泣きそうに』させてまで守るプライドなんて、俺にはないぞ」
樹は黙り込み、視線を落としました。
白衣のポケットの中で、彼の手が硬く握りしめられます。
「……フン。僕の完璧な論理に、感情論という不純物が混入したか」
樹は自嘲気味に呟くと、眼鏡を外し、玲とそっくりの端正な顔を露出させた。

「わかったよ。公表すればいいんだろう。……ただし、全校生徒の前で『僕たちが双子だ』なんて野蛮な発表はしない。僕のスタイルで、周知させてやる」
「……樹くん?」
立夏が毒気を抜かれたように首を傾げると、樹は一頼を指差した。
「早坂くん。稲城くんに伝えろ。明日の昼休み、放送室を僕に明け渡せと」
【今回のおまけ】
野瀬「ここんところの玲先輩の周囲のゴタゴタの元凶は全部樹先輩のような気がする」
稲城「とはいえ、いじめや嫌がらせはする人間自身の問題だよ。妬みや嫉みを抱くのは自由だけど、それを表に出すのはその人の心の弱さなんだから」
野瀬「正論だな」

野瀬「はい、今回はNGシーンでーす。ってわかりにくいやね」
稲城「間違い探しの域だね。ちなみに二箇所です」

野瀬「新規絵ー。同じポーズとアングルなのに全然違う雰囲気ですね」
稲城「白衣とメガネが無くなると、ただの穏やかな美少年っぽくなるから、玲先輩と双子って認識しやすくなるね」
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