【clum! '96 #33】男子戦ティップオフ
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うだるような熱気に包まれた佐賀の体育館で、3年生にとっては負ければ引退となる、中体連の地区大会が幕を開けた。
午後。女子バスケ部が応援席から見守る中、男子バスケ部のコートには、相反する「二つの愛の形」と、それを冷静に見つめる「観察者」の目が交錯していた。
「いいかお前ら! 最初のワンプレーで流れを持ってこい。折館、お前は今日も『燃料』満タンなんだろ?」
センターサークルに立つ3年生キャプテン・コガケンこと古賀賢治が、向かいの相手選手を睨みつけながら、隣の折館迅にニヤリと笑いかけた。
迅は短く「……ああ」とだけ答え、応援席のギャラリーを鋭く一瞥する。そこには、両手を握り合わせて祈るように自分を見つめる玲の姿があった。
(……早く終わらせて、玲の頭を撫でに行く)
ピーッ! という笛の音とともにボールが高く舞い上がる。

コガケンがチップしたボールを、ポイントガードとしてスタメン出場していた2年生の野瀬が空中で拾い上げた。
「迅先輩、今日のオーラ、露出オーバー気味っすよ!」
野瀬がカメラのレンズを覗くような鋭い視線でコート全体を俯瞰し、ドンピシャのタイミングで前線の迅へ鋭いパスを放つ。
パスを受けた迅は、そのまま相手ディフェンスをなぎ倒すような勢いでゴールへ突進し、強烈な先制ゴールを叩き込んだ。

玲との密かな「触れ合い」によって限界突破した100%の『煩悩』を、『闘志』に変換した一撃だった。
「よっしゃ! さすが俺たちのエースだ!」
コガケンが手を叩いてチームを鼓舞し、試合は最高の立ち上がりを見せた。
しかし、チームの士気が上がる中、同じく2年生としてコートに立つ一頼だけが、完全に浮いていた。
「……僕が、壁になるんだ……!」
一頼は、自分の持ち味である広い視野を完全に捨て、無理な体勢でゴール下に突っ込んでは、相手の巨漢センターにフィジカルで弾き飛ばされていた。
「ピピッ! オフェンスファウル、緑9番!」
審判の無情な笛が鳴り、一頼が床に倒れ込む。
「……一頼、お前ピントが手前に合いすぎ! もっとコート全体見ろって!」
野瀬が顔をしかめながら駆け寄るが、一頼の耳には届かない。
「……っ!」
痛む肩を押さえて立ち上がろうとする一頼の腕を、コガケンがガシッと力強く掴んで引き起こした。

「おい早坂! お前、俺が前に言ったこと忘れたのか!? お前は盾じゃねえ、周りを見ろ!」
「す、すみませんキャプテン! でも、僕が身体を張らないと……」
「張る場所を間違えてんだよ! お前がひとりでぶっ壊れて、ギャラリーの佐野が喜ぶとでも思ってんのか!」
第2クォーター以降、試合の形はさらに歪になっていった。
無理なプレーを連発して消耗する一頼をカバーするように、迅がコートを支配し始める。
「早坂、下がれ。お前は俺たちにボールを回すだけでいい」
迅が一頼から強引にボールを受け取ると、三人のマークを引きずりながら、圧倒的な力でシュートをねじ込んだ。一切の妥協も隙もない、まさに「孤高の壁」。
その背中を見つめながら、一頼は唇を噛み締めた。
(……やっぱり、迅先輩は特別なんだ。僕なんかじゃ、あの人の代わりには……)
「……早坂、落ち込んでる暇はねえぞ」
リバウンドを取ったコガケンが、一頼に鋭いパスを飛ばした。
「折館が『壁』なら、お前はあいつを活かす『影』になれ! お前にしか出せないパスがあるだろ。今は自分の弱さを認めて、チームのために走れ!」
「キャプテンの言う通りだ!」
野瀬も横から並走しながら叫ぶ。

「一頼が止まったら、チームの『構図』が崩れるんだよ! 俺が撮りたいのは、お前が一人で潰れる泥臭い写真じゃない!」
陽の強者であるコガケンの激と、観察者である野瀬の言葉が、迷子になっていた一頼の足を、なんとかコートの上に繋ぎ止めていた。
試合終了のブザーが鳴り響き、碧翔学園は初戦を大差で突破した。
「よーし、お前らよくやった!!」
コガケンの歓喜の声が響く中、野瀬はベンチに戻るなり、タオルで汗を拭くよりも早くスポーツバッグから「写ルンです」を取り出した。
彼がファインダー越しに捉えたのは、華麗なシュートを決める選手たちの姿だけではなかった。

相手のラフプレーを無表情で弾き返し、ゴールを量産した迅。
チームを力強く統率したキャプテン、コガケン。
そして、ボールを追って必死に床に飛び込みながらも、自分の不甲斐なさに肩を震わせて俯く一頼の泥だらけの背中。
カシャッ、と乾いたシャッター音が、残酷なほど対照的な彼らの「現在地」をフィルムに焼き付けた。
夕暮れの体育館裏。
試合を終えた部員たちが、応援に来ていた女子たちと合流する。
迅は一直線に玲の元へ向かった。
「……迅くん、お疲れ様。すごくかっこよかったよ」
「……ああ。玲が見ていたから」
迅は周囲の目も憚らず、玲の細い肩に額を預け、猛獣が飼い主に撫でられるように深く息を吐いた。

少し離れた場所では、コガケンが一頼の背中をバンッと叩いていた。
「……早坂。今日の俺はお前に怒ってばっかだったが、最後まで逃げずに走り抜いた根性だけは褒めてやる。……ほら、お前の一番の『観客』が待ってんぞ。ちゃんと顔上げて行ってこい」
コガケンが気を利かせて立ち去り、野瀬も「一頼、いい顔しろよ。後で俺が最高のツーショット撮ってやるから」と肩を小突いて離れた。
一人残された一頼の前に、スポーツドリンクを手にした立夏が歩み寄る。
「……一頼」
立夏は、一頼の擦り切れた膝と、無理な接触で赤く腫れた腕を見て、痛ましそうに顔を歪めた。

「……なんであんな、自分から怪我しにいくようなプレーしたの。あんたらしくないじゃない」
「……ごめん、立夏。僕、全然ダメだった」
一頼は、立夏の顔をまともに見ることができなかった。
夏の勝利の裏で、コガケンと野瀬という存在が浮き彫りにした、一頼の痛々しいほどの「背伸び」。
この日の体育館裏の邂逅は、後戻りできない長い坂道の始まりだった。
ため息をついた立夏が、一頼に向かって照れながら囁いた。
「次の試合ではあんな危ないことしないで。ちゃんと約束守れたら……えーっ……と、あたしから『ご褒美』あげるから」
「……えっ!?」
一頼の顔が沸騰したように赤くなる。

中体連はまだ始まったばかりだが、彼らの「恋の試合」もまた、怒涛の延長戦に突入しようとしていた。
【今回のおまけ】
野瀬「……疲れた」
稲城「野瀬ってスタメンじゃないと思ってた。美術部と今は調理部とも兼部だし」
野瀬「うちはねー、三年生が3人しかいないの! コガケン先輩と折館先輩と江頭先輩だけ。選手層が薄いんだわ」
稲城「でも、出てるわけだし。……強いの?」
野瀬「まぁ、中2にしては体も大きい方なんで何とかやってます」

野瀬「早坂、怪我してないじゃんねっていう。怪我の程度を指示するのが難しかったみたいっすね。あんまりすると流血沙汰になるし」
稲城「今回はGeminiさんが調子良くてたすかったそうだよ」
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