【clum! '96 #28】報告と焦燥
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1996年、中体連直前の最終調整を終えた体育館の帰り道。
湿り気を帯びた夜風が田んぼの苗を揺らす中、迅と一頼は二人きりで自転車を押していた。

しばらくの沈黙の後、迅が前を見据えたまま、ボソリと呟いた。
「……早坂。例の件だが」
「え? あ、はい、何でしょう。練習の反省点ですか?」
「違う。……玲と、その……ちゃんと、上書きしてきた」
一頼は一瞬、言葉の意味が理解できずフリーズしたが、迅の耳の端が夕焼けで赤く透けているのを見て、すべてを察した。

「……っ!! そ、そうなんですか!? あの、例の……」
実は野瀬と影から見ていたとは言えず、一頼の声は裏返った。が、迅は気付かないようだった。
「ああ。……お前が言う通り、焦らずに向き合ったら、玲の方が……俺を、受け入れてくれた」
迅の声には、かつての刺々しさはなく、どこか憑き物が落ちたような穏やかさが宿っていた。
しかし、直後に彼は「……だが、その後の玲の発言の意図については、現在も解析中だ」と付け加え、また少し険しい顔(煩悩との戦い)に戻った。
「おめでとうございます……!」
一頼は祝福の言葉を口にしましたが、その胸の奥では、野瀬に吹き込まれた「3ヶ月のジンクス」が再び猛烈な勢いで警報を鳴らし始めていた。
(迅先輩たちが……ついに。それに比べて、僕と立夏は……いや、でもこの前あんなことがあったばっかりで、むしろ前の自転車置き場でのことも未遂で済んで良かったのかも)
一頼の脳裏に、部活中に凛々しく指示を飛ばす立夏の姿と、この前の怯えた立夏の姿が交互に浮かぶ。

自分たちは「お試し」から始まり、立夏の過去を尊重して「程よい距離感」を大切にしてきたはず。
それは立夏が望んだことであり、自分も納得していたはずだった。
しかし、いざ迅が「その先」へ進んだと聞くと、自分が立夏を「一人の女性」として満足させられていないのではないか、という根源的な不安も頭をもたげる。
帰り道の分かれ道。一頼は思い切って尋ねた。

「……折館先輩。立夏は、その、僕といて……本当に楽しいんでしょうか。僕は、折館先輩みたいにドラマチックなことは何もできないし、この前も怖がらせてしまったし、ただ、隣にいることしか……」
迅は足を止め、一頼をじろりと一瞥した。
「早坂。お前は立夏の何を見てるんだ。
……あいつが、お前の隣にいる時だけ、どんな顔で笑ってるか。
俺や稲城には絶対に見せない、『ただの女の子』の顔をしてることに、お前だけが気づいてないのか」

「……えっ」
「距離なんてのは、定規で測るもんじゃない。あいつが、お前の前でだけ『弱さ』を見せられるようになったなら、それが何よりの進展だろ」
迅と別れ、一人になった一頼は、バッグの中の立夏からもらったネイビーのブックカバーをそっと指先でなぞった。
自分たちは自分たちのペースでいい。
そう言い聞かせつつも、次に立夏に会った時、彼女の手を握る自分の指先に、今まで以上の「熱」がこもってしまうのを、一頼は抑えられそうになかった。
「3ヶ月目のジンクス」は、少年たちを少しだけ大人にし、そして少しだけ欲張りにさせていく。
【今回のおまけ】



野瀬「うおっと、何だこれ」
稲城「ちょうど昨日、作者が、長男さんのフェンシングの試合を見に行ったみたいでね。バスケじゃなくてフェンシングも良かったかもって絵だけ作ってた」
野瀬「なるほどね。折館先輩は似合うだろうね」
稲城「フランス発祥のスポーツだし、ヨーロッパではポピュラーな競技だからね」
野瀬「折館先輩は父方のおばあちゃんがドイツの方なんだっけ」
稲城「そう。小さい頃……低学年くらいまではよくからかわれたよ。目立つから」
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