【clum! '95 #11】6月の雨と図書室

梅雨入りした6月中旬。
放課後の図書室は、窓を叩く激しい雨音と、湿った紙の匂いに包まれていた。
「……すごい雨ですね」
新入図書委員の早坂一頼くんが、心配そうに窓を見上げています。
一緒に返却本を棚に戻しているのは、わたし、岡本玲です。

「そうだね。帰りまでに弱まるといいんだけど……」
「あの、岡本先輩。折館先輩は……?」
早坂くんと一緒に視線を巡らせると、背の高い折館迅くんは、脚立に乗って高い棚の整理をしていました。
黙々と作業するその背中は、バスケ部の時とは違う、静かで落ち着いた雰囲気を纏っています。

「折館先輩って、バスケ部だし見た目も……その、ワイルドですけど、図書委員の仕事はすごく丁寧ですよね」
早坂くんの素朴な疑問に、わたしは懐かしいことを思い出しました。
「ふふ、そうでしょ? 実はね、折館くんとは去年も一緒の図書委員だったの」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。去年もこの時期、雨がすごくて……私が重い本を運んでたら、無言で全部持ってくれたことがあって」
わたしの頭の中に、1年生の頃の記憶が蘇ります。
当時、男子が苦手でオドオドしていたわたしを、折館くんは何も聞かずに助けてくれたのです。

彼が今年も図書委員を続けていると知ったとき、わたしは心の中でガッツポーズをしたのだけど……それは誰にも秘密です。
「……おい。仕事」
不意に低い声がして、早坂くんと二人でビクッと肩を震わせました。
いつの間にか脚立から降りた折館くんが、整理し終えた本の束を抱えて立っていたのです。
「ひゃっ! す、すみません、折館先輩!」
「あ、違うの、折館くんが凄く頼りになるっていう話を早坂くんにしていて……!」
わたしが慌ててフォローすると、折館くんは「……ふん」と小さく鼻を鳴らし、カウンターに本を置きました。
無表情だけど、怒っているわけじゃないんだよね。
「……岡本、これ修復行き」
「あ、背表紙が破れてるんだね。ありがとう」
折館くんから本を受け取る際、指先が少し触れる。
少しだけ、どきっとする。
折館くんは何も言わずに自分の席に戻って、文庫本を読み始めた。けど、その耳が、心なしか少し赤いことに気付いてしまいました。
ガララッ!!
不意に図書室の扉が開きました。
「うっわー、降ってきたー! 最悪! 渡り廊下通っただけで割と濡れちゃったわ」
制服が濡れちゃった佐野立夏さんが、バタバタと図書室に入ってきた。
手には大きな模造紙の筒を持っている。

「佐野先輩! お疲れ様です」
「あ、早坂くん達も委員会の仕事? 真面目だねえ」
「立夏、図書室では静かに」
折館くんが本から目を離さずに注意すると、佐野さんは「はいはい」と舌を出して、わたしのいるカウンターへ向かってきました。
本当だ、すごく濡れてる。
「佐野さん、わたしのでよければタオルあるけど要る?」
「えー? いいわよ別にこんくらい。……あー、いや、まずいか。透けちゃうか。ありがと、借りとくわ」
早坂くんが慌てて目を逸らした。けど、佐野さんはそれには気付かず、次の話を始めた。
「岡本さん、これこれ! 広報委員の仕事で『球技大会のお知らせ』貼りに来たの! 一番目立つとこにお願い!」
「ふふ、了解。佐野さんが作ったの?」
「そ! 『優勝賞品は学食券!』っておっきく書いといたから!」
佐野さんはニカッと笑うと、窓の外を見てげんなりした顔をした。
「はぁ……それにしてもこの雨、止まないかなあ。あたし傘とかカッパとか忘れてきちゃったよ」
「えっ、傘ないんですか?」
早坂くんが食いつく。これはチャンスだね。
「じゃ、じゃあ佐野先輩! よかったら僕の……」
「おっ、早坂くん、傘持ってるの? サンキュ! じゃあ途中まででいいから入れてってよ!」

「えっ……い、いいんですか!? 相合い傘ですよ!?」
「何意識してんのよ。背に腹は代えられないでしょ! ほら、行くよ! あたしんちは近いからそこまで迷惑かかんないわよ。自転車は仕方ないから置いてくかな」
佐野さんは用事が済むと、まだ仕事中の早坂くんの腕を引っぱる勢いで急かした。
「ちょ、先輩! まだ当番が……!」
「早坂、もう上がっていいぞ。あとは俺たちがやる」
折館くんが助け舟を出すと、早坂くんは「すみません! お先に失礼します!」と、うれしそうな顔で佐野さんに連れて行かれました。
しばらくして、窓の外に見えた二人を見て、
「……早坂くん、よかったね」
と、わたしはつぶやいた。
佐野さんは大きく傘を振り回しながら笑っていて、早坂くんは、その隣で真っ赤になっている。
初恋って、きっとああいう顔をするんだろうな。
わたしは少しだけ笑って、そして振り返る。
「……岡本」
「あ、はい?」
「本、続き」
「……うん」
雨音はまだ止みそうになかった。


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