【clum! '95 #12】昇降口の二人

数十分後。
閉館作業を終えた、わたし、岡本玲と折館迅くんは、生徒がまばらになった昇降口に立っていました。

雨脚は弱まるどころか、アスファルトを叩きつけるように強くなっています。
「……すごい雨」
「……だな」
わたしは自分の傘袋を見つめた。
持ってはいる。でも、この暴風雨の中、この華奢な折りたたみ傘は折れてしまうかもしれない。
どうしよう……濡れるの覚悟でダッシュかな。
わたしが意を決して傘を広げようとしたとき、隣で折館くんが長い傘をバサッと広げた。
大きく頑丈そうな、黒のジャンプ傘だ。
「……岡本」
「え?」
「入れよ」
折館くんは傘を少しわたしの方に傾けてくれた。
「えっ、でも……わたし、自分の持ってるし……」
「その小さいので行ったら、風で壊れるぞ」
「う……」
図星だった。
戸惑っていると、折館くんは視線を雨空に向けたまま、ボソッと言った。
「……去年」
「え?」
「去年の6月。俺が傘なくて困ってた時、岡本が貸してくれたろ」
わたしの心臓が、大きく跳ねた。
1年生のときのこと。部活帰りの折館くんが昇降口で立ち尽くしていたとき、わたしは勇気を振り絞って予備の置き傘を「使ってください」と押し付け、逃げるように帰ったことがあったのでした。

覚えていて、くれたんだ。
「……あの時は、助かった。だから今日は俺の番」
「折館くん……」
折館くんの不器用な優しさに、わたしの顔が熱くなる。
これ以上断るのはかえって失礼かもしれない。わたしは折りたたみ傘を鞄にしまって、一歩、近づいた。
「……じゃあ、バス停まで。お願いします」
「ん」
二人は雨の中へ歩き出した。
折館くんの傘は大きくて、二人で並んでも全く濡れない。
ただ、折館くんが気を使って傘をわたしの方に傾けているせいで、彼の右肩が少し濡れていることに、わたしは気付いた。
「折館くん、濡れてるよ。もっと寄って」
「……平気だ。俺はデカいから」
「ふふ、何それ」
雨音が激しいおかげで、二人の会話は誰にも聞こえない。

早坂くんと佐野さんのような賑やかさはないけれど、雨の匂いに混じって、折館くんの制服から香る微かな石鹸の匂いが、わたしの胸をいっぱいに満たした。
一年前は「貸すだけ」だった関係が、今は「一つの傘に入る」関係になった。
来年の6月はどうなっているのかな。
わたしはそんなことを願いながら、バス停までの短い道のりを、ゆっくりと一緒に歩き出した。


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