【clum! '96 #26】本当のファーストキス
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※今回はキスシーンが出てきます。苦手な方はご注意を。
1996年、夏の湿り気を帯びた夕暮れ。
人目につかないようにと移動した体育館裏は、遠くで響くバスケ部の練習試合の片付けをする音だけが、現実との細い糸のように繋がっていた。
逃げるように背を向ける迅の背中に、玲の静かな、けれど凛とした声が届く。

「……迅くん。わたしのこと、嫌いになった?」
「……そんなわけないだろ」
迅は振り返らずに答えた。その声は、自分自身の衝動を押し殺すようにひどく硬いものだった。
「じゃあ、どうして避けるの? さっきも、今も。
……迅くんがわたしのことを何か怖がってるのは、わかるよ。
でも、わたしが一番怖いのは、迅くんが一人でどこか遠くに行っちゃうことだよ」
玲が、一歩、迅の背中に歩み寄る。
1996年の、まだ何者でもない15歳の少女の、精一杯の勇気だった。勇気と一緒に涙が少しだけ流れる。

「去年、迅くんが強引に私を抱きしめて……キスをしたとき。……わたし、きっと、怖いだけじゃなかった」
迅の肩が、目に見えて大きく震えた。
「……嘘だ。あんなの、俺の勝手な独占欲で……。玲を怖がらせて、傷つけた……」
「傷ついてない。……びっくりはしたけど、迅くんがわたしを、そこまで必要としてくれてるんだって知って、本当は嬉しかったの。
だから、あの日を
悪かったことになんて
しないで」
玲は、迅の大きな背中に、そっと自分の額を預けた。

微かに伝わる迅の体温と、運動の後の汗の匂い。
「お願い。……あの時の、苦しいだけの記憶を、今上書きして。今の、わたしたちが『お付き合い』をしてる、今の気持ちで」
迅がゆっくりと、呪縛が解けるように振り返った。碧い瞳が、零れそうな涙を溜めた玲の瞳を真っ直ぐに捉える。

「……玲。俺は、お前を奪われるのが怖いんだ。一頼や野瀬や、他の誰かがお前に触れる想像をするだけで、頭が狂いそうになる。……こんな醜い感情を持ったまま、お前に触れていいのかわからないんだ」
「いいよ。……だって、わたしも同じだもの。迅くんが弘道館に行って、わたしの知らないところで誰かと仲良くなるのを想像すると、胸がギュッてなるの。……わたしたちは、同じだよ」
玲が、迅の大きな、震える手を両手で包み込んだ。

「私は迅くんのそばにいたい。迅くんの手が、どんなに強くても、私は逃げたりしないから」
その言葉が、
迅の心の中に渦巻いていた悪夢を、
一瞬で真っ白な光に変えた。
迅は、
壊れ物を扱うような慎重さで、
玲の頬を包み込んだ。
「……玲。……好きだ」
夕闇の中、
二人の影がゆっくりと重なった。

去年の11月の、
あの凍えるような日の記憶を溶かす、
温かくて、穏やかで、
けれど確かな熱を持った、
二度目の、本当の「ファーストキス」。
1996年、夏。
「孤高の壁」は、少女の真っ直ぐな想いによって、ただ一人の少女を守るための「安らぎの場所」へと変わった。

離れた後、迅は玲を強く、けれど大切に抱きしめた。玲が迅の首に腕をそっとかける。
「……もう、迷わない。中体連も、その先も……ずっと、お前の隣にいる。いさせてくれ」

さらに強く抱きしめる。互いの鼓動が聞こえるくらい。互いに強く。強く。

【今回のおまけ】はお休みです。
外野を入れると騒がしくなりそうなので……。
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