【clum! '96 #12】調理部の脅威
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1996年、5月。
立夏の誕生日のお祝いムードも一段落し、碧翔学園が初夏の風に包まれ始めた頃。
新入生として調理部に入部したばかりの、一年生田口雅は、部室の片隅でボウルを抱えたまま、ガタガタと震えていた。

憧れの「女神」こと、3年生の岡本玲先輩に惹かれて入った、甘い匂いのする平和な調理部。
それなのに、今日の部室は完全に「異常事態」だった。
「……玲先輩。あ、あの……警察、呼びましょうか?」
雅が涙目でボウルをかき混ぜながら、隣でマドレーヌの型を準備している玲の耳元で囁きました。

雅の視線の先。
部室の窓際には、175cmを超える長身に、鋭い碧い瞳、そして色素の抜けたような金髪の「いかにもヤンキー」な男子生徒が、腕を組んで無言で鎮座していた。
さらにその隣には、なぜか調理室に似つかわしくない「白衣」を着た、眼鏡の男子生徒が、温度計を片手にブツブツと呟きながらオーブンを睨みつけている。

「……現在庫の薄力粉のグルテン含有量と、この室温24度の条件を鑑みると、生地の休ませ時間はあと4分12秒延長するのが論理的だ」
「……樹、静かにしろ。玲の気が散る」
金髪のヤンキーが、低く凄みのある声で白衣を制する。
(ひぃぃっ! ヤンキーがキレた! もうダメだ、調理部が占拠されてるぅぅ!)
雅の脳内は、完全にパニック状態だった。
「ふふっ、雅ちゃん。震えすぎだよ。ボウル落としちゃう」
玲はクスクスと笑いながら、雅の肩を優しく撫でました。
「説明が遅くなってごめんね。あのね、心配しないで。あそこの白衣を着てるのは、岡本樹。……私の、双子のお兄ちゃんなの」
「ふ、双子!? ええっ、似てない……じゃなくて、なんで白衣なんですか!?」
「科学部なんだけど、私の様子を見に来る時はいつもあんな感じなの。……で、窓際に座ってる金髪の人は、折館迅くん」
玲は少しだけ頬を赤く染め、オーブンの予熱を確認しながら、恥ずかしそうに続けた。
「……私の、彼氏なの。雅ちゃん、迅くんの見た目が怖いからって、いつも怯えてたでしょ?」
「か、彼氏ぃぃぃ!?」
雅の素っ頓狂な声が、調理室に響き渡った。
その悲鳴を聞いて、窓際の迅がゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
長身の迅が見下ろしてくる威圧感に、雅は「ひっ」と息を呑んで硬直する。

(殴られる! カツアゲされる!!)
しかし。
迅は雅の前に立つと、スッとしゃがんで頭を下げ、驚くほど静かで、丁寧な口調で口を開いた。
「……驚かせて申し訳ない。俺がここにいると、1年生にはプレッシャーだったな。邪魔ならすぐに出る」
「……えっ?」
雅はポカンと口を開けた。
言葉数は少ないものの、その声色はとても穏やかで、言葉遣いには一切の乱暴さがない。
「……玲から聞いている。田口はとても筋が良くて、いつも助けられていると。……玲のサポートをしてくれて、感謝している」
迅はそう言って、少し不器用そうに、しかし真摯な表情で雅にお礼を言った。

「ちょっ、えっ? ヤンキー……じゃないんですか?」

「……彼はメラニン色素の欠乏と顔面筋の強張りのせいで威圧的に見えるが、中身はただの『玲への執着心の塊』だ。むしろ危険なのは僕の妹に近づく有象無象の男子の方であり、僕はその防波堤として――」
「お兄ちゃん、オーブンのタイマー鳴ってるから早く開けて」
「了解した」
樹が白衣の裾を翻してオーブンへ向かうのを見て、雅の中で何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
(……なんだ。ただの、玲先輩を溺愛してる彼氏と、玲先輩を溺愛してるお兄ちゃんじゃないですか……!)
焼き上がった甘いマドレーヌの香りが部室に広がる。
玲が試食用に一番形の良いものを迅に渡すと、迅はそれを大切そうに両手で受け取り、「……美味しい。玲、また腕を上げたな」と、金髪のヤンキーとは思えないほど穏やかに目を細めた。
「ふふ、雅ちゃんが生地を丁寧に混ぜてくれたおかげだよ」
「……そうか。田口、ごちそうになった」
ペコリと頭を下げる迅を見て、雅は「な、なんだかとってもお行儀がいい人たちですね……!」と、ようやく心からの笑顔を見せた。

新入生の雅から見た「恐ろしい調理部」の誤解が解け、彼女がこの少し変わった、けれど温かい先輩たちの輪に、マスコットとして正式に馴染んでいった瞬間だった。
【今回のおまけ】
野瀬「調理部の勧誘回でもチラッとでてたけど、やっと女子の新キャラだー!」
稲城「新キャラ自体が珍しいんだけどね」

野瀬「玲先輩も嬉しそうだし、いいねいいね!」
稲城「……しかし、確かに、この子、事情を知るまでは怖かったろうな……かわいそうに」
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