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【clum! '96 #07】日常のひび割れ

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1996年、4月中旬。

新緑がまぶしくなり少し汗ばむ季節。
碧翔学園の「自主性を重んじる」自由な空気の裏側で、立夏りっかは親友の抱える「違和感」に気づいてしまう。

それは、放課後の部活へ向かう前の、何気ない移動の時だった。

れいちゃん、ちょっとだけうちの部寄ってって! 今日の練習、牟田むた先生が新しいメニュー見せてくれるって……玲ちゃん?」

昇降口の自分の靴箱の前で、玲が立ち尽くしていた。

彼女のローファーは、本来の場所ではなく、掃除用具入れの影に隠されるように押し込まれていた。

「……まただわ」


玲が小さく、消え入りそうな声で呟いた。

「……また? 玲ちゃん、これどういうこと?」

「ううん、時々あるの。場所が変わってたり、片方だけ無くなってたり。去年から……たまにだから、誰かのいたずらだと思って、気にしないようにしてたんだけど」

玲は慣れた手つきでローファーを拾い、汚れをそっと払う。その手は、わずかに震えていた。

「去年から!? なんで言わなかったのよ! これ、完全に嫌がらせじゃない!」

立夏の怒鳴り声に近い叫びに、通りかかった生徒たちが足を止める。

「いいの、立夏ちゃん。大事おおごとにしたくないの……。樹にバレたら大変なことになるし、迅くんにだって心配かけたくない。私が気をつけていればいいだけだから」

玲は無理に微笑むが、その瞳には深い怯えが混じっていた。

姿の見えない悪意は、ただ静かに、執拗に、物理的な「嫌がらせ」として玲を蝕んでいた。


立夏は黙っていられなかった。部活の後、一頼かずより稲城いなぎ、そして野瀬のせを非常階段に呼び出した。

「玲ちゃんが去年から靴を隠されてる。相手はわからないけど、クラスが一緒になったからには、あたしは絶対に見つけ出すわ」

「……玲先輩が? あんなに優しい先輩を狙うなんて、許せませんね」

稲城の声から、いつもの軽やかさが消え、空手家としての鋭い殺気が漏れた。

「野瀬、あんた人間観察が得意でしょ。何か気づいたことはないの?」

立夏の問いに、野瀬は珍しくカメラを構えず、難しい顔で顎をさすった。

「……直接的な現場は見てません。でも、玲先輩が靴箱にいる時、二階の廊下からじっと見下ろしている視線には、何度か心当たりがあります」

「誰だ?」と一頼が身を乗り出す。

「それが……一人じゃないんです。玲先輩を羨む『空気』みたいなものが、この学園にはある。……特に、折館先輩と付き合い始めてから、その空気は濃くなってますね」

立夏の悩みは、これを「迅」と「樹」に話すべきかどうかだった。

折館おりたちじんは、もし知れば、犯人を容赦なく突き止めるだろう。しかし、彼が動けば事態は「金髪のクォーターが暴れた」と歪曲され、彼の受験に響くかもしれない。

岡本おかもとたちきは、最愛の妹の危機に、「科学的」とは言い難い、狂気じみた報復を仕掛ける可能性がある。学園中をパニックに陥れかねない。

「……でも、このままじゃ玲ちゃんが、壊れちゃう」

立夏は、近付いてきた自分の誕生日のことすら忘れ、親友を守るための決意を固めた。

1996年の佐賀、田んぼの中の平和な学園に、暗い影が忍び寄っていた。



【今回のおまけ】

稲城「……泣いても不思議じゃない事件ですからね」

野瀬「されてること自体は大したことなくても、悪意を向けられるってことのがしんどいもんな」

稲城「正直、前回の甘い空気から、急転直下過ぎるよな」

野瀬「中学生だし、そんなもんでしょ」

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