【clum '96 #08】玲の宣言
平和な新設校の放課後は、一転して凍りつくような緊張感に包まれた。
調理室の隅、後で変な形で知られるよりはと立夏から事の次第を聞かされた迅と樹。その反応は、対照的ながらも「最悪」と言えるほどに静かで激しいものだった。
「……去年から、だと?」

折館迅の声は、地を這うような低さだった。碧い瞳がかつてないほど鋭く冷たく、まるで冬の風のようだ。彼は無言で拳を握りしめ、その体からは隠しきれない威圧感があふれ出していた。
「ちょっと、迅。落ち着い……」
立夏が慌てて制止しようとした瞬間、隣からガタンと大きな音が響いた。
岡本樹が、テーブルを強く叩いた音だった。
「……効率が悪すぎる。犯人を特定し、その社会的・学園的地位を根底から抹消するのに、なぜこれほど時間をかけている、佐野立夏。玲の精神状態を、お前たちは何だと思っている」
眼鏡の奥の瞳は、怒りで完全に据わってる。樹は白衣のポケットから手帳を取り出し、恐ろしい速度で何かを書きなぐり始めた。

「指紋の採取、靴箱周辺の導線の監視、全クラスメイトの心理プロファイリング……。折館、協力しろ。僕がこの学園から『悪意』という不純物を完全に濾過してやる」
「……ああ、喜んで協力する」
迅が応じ、二人が「最凶の共犯者」として調理室を出ようとしたそのとき。
「待って!!」
調理室の奥から、玲が叫んだ。
「二人とも、止まって。……お願い」

玲は二人の前に立ちはだかった。迅の威圧感にも、樹の狂気にも怯まず、まっすぐに二人を見つめる。
「……玲、どいてくれ。これは俺の問題でもある」
「違うわ、迅くん。これは、わたしの、わたしの学校生活の問題なの」
玲は一呼吸置き、凛とした声で続けた。

「迅くんや樹に助けてもらったら、わたしは一生、誰かの後ろに隠れてなきゃいけなくなる。わたしへの悪意は、わたし自身が向き合わなきゃ消えないの。……わたし、二人に守られるだけの人にはなりたくない」
「しかし、玲! 相手は陰湿な犯罪者と変わらないんだぞ!」
樹が声を荒らげるが、玲は首を振った。
「樹、自慢の妹なんでしょう? なら、信じて。……立夏ちゃんが気づいてくれた。早坂くんや稲城くん、野瀬くんも協力してくれる。だから、二人は手を出さないで。その代わり……」
玲は、少しだけ声を震わせながら微笑んだ。
「どうしても私が一人で立てなくなった時は、一番に二人のところへ行くね。……だから、今は私を信じて見守っていてほしいの」
迅は、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。
樹は、書きなぐっていた手帳を力任せに閉じた。
「……わかった。ただし、少しでも玲に実害が出れば、僕は手段を選ばない」
「……俺もだ。玲、約束だぞ。無理だけはするな」
二人が渋々と引き下がった後、玲はへなへなとその場に座り込んだ。
「……玲、かっこよかったよ」
立夏がその肩を抱く。

「……怖かった。でも、言わなきゃいけない気がしたの。……さあ、作戦を練りましょう。1996年の碧翔学園で、一番『正義』が勝つ方法を」
【今回のおまけ】

野瀬「ノ、ノーコメントで」
稲城「もう、誰だよ! 玲先輩に手を出したの!」
早坂「あの二人を止められる玲先輩も十分すごいです」
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