【clum! '95 #24】告白の告白

1995年、9月1日。
まだ残暑が厳しい佐賀の朝。
碧翔学園2年A組の教室は、夏休み明けの喧騒に包まれていた。
そこに入ってきたあたし、佐野立夏は、心がソワソワして落ち着かなかった。
あたしは教室に入るなり、自分の席にカバンを置こうとして、うっかり叩きつけてしまった。
「おはよーっ!! ……あー、暑い! 夏休み終わるの早すぎでしょ! 宿題? んなもん、終わるわけないじゃん、あははは!」
その笑い声のトーンが、いつもより高くなってる気がする。ダメだ。浮かれてる。
窓際の席で、ドイツ製の黒い多機能ペンを回していた迅が、鋭い視線を向けてくる。
「……立夏。朝からうるさい」
迅は椅子を引いて立ち上がると、あたしの目の前で立ち止まった。
クォーターゆえの整った顔立ちに、隠しきれない「不信感」が浮かんでいる。ヤバい。
「何よ折館くん! 朝からガン飛ばさないでよ!」
「……お前、なんか隠してんだろ。さっきから一歩も動かずに、廊下の方ばっかり気にして。あと、そのポニーテールの結び目……いつもより高いぞ。気合入りすぎだ」
「なっ、どこ見てんのよ! 気のせいでしょ、気のせい!」
あたしがポニーテールを押さえて叫んだ瞬間、教卓でノートを広げていた樹くんが、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「佐野さん、無駄だ。折館の観察眼を否定する前に、自分のバイタルを確認しろ。顔面への血流が異常に増加し、発汗量も通常の登校時より15%ほど多い。……そして、その手紙(手折り)は何だ? 2年A組の生徒が、1年生のフロアを気にする合理的理由は一つしかない」
樹くんの視線の先には、あたしのポケットから半分はみ出した、複雑な形に折られた手紙(1995年当時、女子の間で大流行した「手紙の折り方」)があった。

「あ、これ、これは……!」
「早坂か」
迅の声が、一段と低くなった。
「……っ、もう! 分かったわよ! 言えばいいんでしょ!」
あたしは、教室中の視線が集まるのも構わず、机を叩いて宣言した。
「あたしと早坂くん……昨日から『お試し』で付き合うことになったの! 文句ある!?」

一瞬の沈黙。その後、教室の空気が二つの反応に分かれた。
「…………は? ……マジか」
迅は呆れたように大きな溜息をついた。でも、その口元には、どこかホッとしたような、ごくわずかな笑みが浮かんでいるのをあたしは見逃さなかった。
「……立夏、早坂はおもちゃじゃないんだぞ」
「なんてこというのっ!? おもちゃになんかしてないもん! ちゃんと彼氏だもん!」
「早坂に『相談にはいつでものる』って伝えといてくれ」
「なんでそっち? あたしは!?」
「興味深いな。佐野さんの『男性嫌悪』という心理的障壁に対し、早坂の『無害性』が有効に作用したか。……だが、『お試し』という概念は定義が曖昧だ。期間設定、接触の許容範囲……玲に悪影響が及ばないよう、僕がガイドラインを作成してやろうか?」
「樹くんは黙ってて! 全然ロマンチックじゃないんだから!」

昼休み。
1年B組では、僕、早坂一頼が、ちらりと隣の席の野瀬隆文と、前の席の稲城芳彦に目をやっていた。
……言わなきゃ。言わないと、きっと野瀬がニヤニヤしながら嗅ぎ回る。
意を決した僕は、弁当を食べる二人に向かって切り出した。
「あ、あのさ……野瀬、稲城」
「ん? なに早坂、顔赤くして。ついに立夏先輩に告白して玉砕した、とか?」
野瀬が意地悪くニヤリと笑う。
「違う!……そうじゃないんだけど……」
僕の顔は赤くなっていることだろう。声をひそめて話を続けた。
「あのさ、僕……佐野先輩と、付き合うことになったんだ」

稲城は食べていたからあげを箸から落とし、野瀬は飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
二人の驚きの声が、教室中に響き渡る。
周りの生徒が何事かと一斉に振り返った。
「ばっ、声デカいよ!」
僕が慌てて二人の口を塞ごうとする。
「いやいや早坂! なにが『付き合うことになったんだ』だよ! お前、夏休み中に何があったんだよ!?」
野瀬が興奮して身を乗り出す。
稲城も、からあげを拾うのも忘れて、目を丸くして僕を見つめていた。
「まさか早坂、その……あの立夏ちゃ……先輩のハートを射止めたのか!?」
僕は、昨日の夕方、佐野先輩の申し出の流れで付き合うことになったという、一部始終を話して聞かせた。
語り終えた僕は、俯きながらポツリと付け加えた。
「……なんか、まだ夢みたいで、信じられないんだけど」
野瀬は顎に手を当て、じっと僕の話を聞いていた。
そして、フッと小さく笑った。
「へえ。やるじゃん、早坂。まさか、あの立夏先輩を落とすとはね」
その声には、からかいだけでなく、どこか感心した響きがあった。
稲城は満面の笑みで僕の背中をバシバシ叩いた。
「やったな早坂! 俺たちの早坂が、ついに碧翔学園の大物とカップルに! これは1年B組の快挙だ!」
「いてて! 稲城、痛いって!」
二人の祝福に、僕は照れくさくなって、笑った。
誰かに話すことで、ようやく現実味を帯びてきたような気がした。
昼休みが終わり、授業の合間の休み時間。
僕は心を落ち着かせ、図書室へ向かった。
岡本玲先輩は、この時間、よく図書委員の仕事をしているのだ。
予想通り、書架整理をしている岡本先輩を見つけた。
「岡本先輩」
「あ、早坂くん」
岡本先輩は静かに振り返り、いつもと変わらない優しい笑顔を向けてくれた。
僕は緊張しながらも、正直に話した。
「あの……佐野先輩のことなんですけど」
僕がそう切り出すと、岡本先輩は少しだけ目を丸くした。
「……うん」
「僕、佐野先輩と……付き合うことになったんです」
僕は、もしかしたら驚かれて引かれるんじゃないかと、不安でたまらなかった。
でも次の瞬間、岡本先輩はふわりと笑った。
「そう、なんだ……」
岡本先輩はそっと本を閉じ、僕のほうへ向き直った。
「……すごく、嬉しい。早坂くん、ずっと立夏ちゃんのこと、一途に想ってたものね」
岡本先輩の言葉は、まるで僕の心を透かして見えているようだった。
「僕、てっきり岡本先輩には引かれるんじゃないかと思って……」
「まさか。立夏ちゃんも、早坂くんも、わたしにとっては大切な友達だもの。二人が幸せになるのは、わたしにとってもうれしいことだよ」

岡本先輩が心の底から祝福してくれているのが分かった。
その温かい眼差しに、僕は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます、岡本先輩」
「ううん。おめでとう、早坂くん。……立夏ちゃんは、素直じゃないから、早坂くんがしっかりリードしてあげてね」
岡本先輩はクスクスと笑った。
そして、そっと本棚から一冊の本を取り出した。
「これ、読んでみたらどうかな? わたしのおすすめの恋愛小説」
「え、おすすめとかあるんですか!?」
岡本先輩はいたずらっぽく微笑んだ。
その笑顔は、どこか、親友の恋を応援する「お姉さん」のようだった。
僕の新しい恋は、友人たちの温かい祝福に見守られながら、ゆっくりと育っていくのだった。


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