見出し画像

【clum! '96 #38】ご褒美といろんなこと

←   前の話へ

中体連の全日程が終了した直後の夕暮れ。

佐賀県立体育館の外、茜色に染まった駐輪場で、みんなは心地よい疲労感と高揚感の中にいた。

自分の試合を終えて駆けつけた稲城とともに記念写真を撮ったあと、一番に口を開いたのは立夏だった。

「……よし、決まりね! あたしたちの打ち上げは今週末、『栄の国まつり』の『佐賀城下花火大会』。野瀬くん、場所取りお願いね」

立夏がパンと手を叩いて仕切る。中体連の結果を祝うとともに、彼らにとっての本当の「夏休み」がここから始まる合図だった。

「了解っす。写ルンですのストックも、箱買いしておきますよ」

野瀬がニヤリと笑い、一頼の肩を叩いた。

「……で、一頼。さっきの『何でも言うこと聞く』ってやつ、忘れてないわよね?」

立夏が少し意地悪そうに、一頼の顔を覗き込んだ。

一頼は心臓が飛び出しそうになりながらも、呼び捨てに慣れたはずの彼女の名前を、もう一度噛み締めるように呼んだ。

「……立夏。本当に、何でもいいの?」

「うん、言ったじゃない。……あ、でも、変なこと言ったらポニーテールでビンタするからね」

一頼は赤くなりながら、昨夜からずっと考えていた「何でも」の内容を、絞り出すように伝えた。

「……じゃあ、今度の日曜日。花火の前に、二人だけで……二人だけで、映画館に行きたい。そこで……ずっと、手を繋いでてほしい。……それから、呼び方も……『先輩』って付けそうになったら、その都度、立夏から叱ってほしいんだ」

立夏は一瞬、拍子抜けしたように目を丸くしましたが、すぐに顔を真っ赤にして、一頼のTシャツの裾をギュッと掴んだ。

「……なによそれ。……そんなの、『何でも』なんて言わなくても、いつでもしてあげるのに」

一頼の「何でも」は、決して欲望に任せたものではなく、彼女との「対等な距離」を確実なものにしたいという、切実な願いだった。


一方、少し離れた街灯の下。迅と玲は、二人だけの世界にいた。

「……迅くん。中体連、本当に頑張ったね。……約束、覚えてる? 『いろんなこと』しようね、って」

玲の言う「いろんなこと」は、彼女の中では極めて純粋なリストだった。

「自転車で海まで行くこと」「樹に内緒で少しだけ遅くまで一緒にいること」「お揃いのキーホルダーを買うこと」。

しかし、迅は昨日からの妄想を一度リセットし、玲の手を優しく、しかし離さないという意思を込めて握りしめた。

「……玲。俺からも、いいか」

「……うん。迅くんのしたいこと、教えて」

「……海へ行ったら、そこで、玲をずっと抱きしめていたい。……誰の目も気にせずに、お前がもういいって言うまで。……それから、この前のキスの……続きを、もっと落ち着いた場所で、何度でもしたい」

迅の、隠さない独占欲が混じった「要求」。

玲は驚いて瞬きをしましたが、逃げるどころか、自分からも迅の腕の中に一歩踏み込んだ。

「……いいよ。迅くんの『いろんなこと』の中に、私も入れて。……何度でも、上書きしてほしいな」


「……あーあ。あっちもこっちも、現像するのが怖いくらい熱いっすね。樹先輩、これ科学的に見てどうなんすか」

「……非効率極まりないエネルギーの浪費だ。だが、佐野くんの要求に一頼くんが『手繋ぎ』で応えるのは、心理学的な安全基地の構築としては妥当と言える。……迅に関しては、もはや去勢が必要なレベルだがな」



樹は不機嫌そうに言い放ったが、その手には、玲のために買った冷たいスポーツドリンクが握られていた。

それぞれの「ご褒美」と「約束」を抱えて。

彼らの夏休みは、熱い体育館を飛び出し、『佐賀城下花火大会』の甘酸っぱい火花の匂いの中へと溶け込んでいくのだった。


【今回のおまけ】

野瀬「わー、通常営業って感じー」

稲城「野瀬、目が笑ってない」

野瀬「なぜかこの二人、テキトーに放り込むと濃ゆくなって出てくるんだけど」

稲城「で、アニメ調にしてって言うと」

野瀬「こうなって」

稲城「水彩画にしてって言うと」

野瀬「こうなる。長いな」


次の話へ →


↓  マガジンはこちら ↓

↓ 「アカリウム」に参加中 ↓

↓ みんなとミナトのAIイラスト展示場 ↓

↓ ChatGPT Creative Club参加中 ↓

↓ サブスタック始めました ↓

↓  制作裏話系マガジンはこちら ↓
(一部有料ですが制作者はぜひ!)

いいなと思ったら応援しよう!

ゆりしま みつき|青春群像の庭師|『clum! 』連載中 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。