【clum! '95 #66】桜を見上げながら、玲

雨の日が多くて、なかなか日取りが決められなかったお花見デートに、奇跡的に晴れた今日、行けることになりました。

たくさん作ってたお弁当も迅くんの胃の中にすぐ消えちゃって、いつもびっくりしちゃう。
お弁当を食べて、ひと心地。
お弁当箱を片付けようとしたら、スカートの裾を踏んでしまって、迅くんの上に転んでしまいました。

迅くんの身体は大きくて硬くて、しっかりしてて、わたしが上に乗っかっちゃっても全然平気そう。
そのまま迅くんの胸に耳を当てたら、心臓がどくどくいってて、すごくあったかい。

体温が気持ち良過ぎて、このまま眠ってしまいそうな心地よさなのでした。
「……大丈夫なら、早く降りてくれ……いろいろと、まずい」
「重い? ごめんね?」
「……そういう意味じゃなくて……ああ、もう!」
ごろんと横に降ろされて、2人で桜を見上げる。下から見る桜もきれい。視界いっぱいが淡いピンクの世界になる。
横を見ると、春のお日様に照らされて、迅くんの髪もキラキラきれい。

最近はよく笑ってくれるようになったなって思う。図書委員会で見かけるだけの去年の1年間なんかは、笑った顔なんて想像できないくらいだった。
もちろんいつもの、何を考えてるのかわからない静かな顔も好きだけど、普通に笑うようになった今の顔も好き。
手を繋ぐ。最近は指を絡めて繋いでくれる。「恋人繋ぎ」っていうんだって、迅くんが前に教えてくれた。
迅くんはわたしの知らないことを一つずつこうして教えてくれる。
こうやって一つひとつを一緒に積み重ねて、ちゃんと恋人らしくなっていくのかな。


迅くんは、覚えていないんだろうなぁ。初めてわたしがあなたを知ったときのこと。一年生のとき、図書委員会で初めて一緒になったときのこと。

特別に何かがあったわけじゃないの。たまたま隣に座っただけ。
最初に思ったのは、金髪に染めてて(染めてたわけじゃないことは後で知ったんだ。ごめんね)なんか怖そうだなって。でも、春の温かくて明るいお日様が照らす金の髪が、日に透けてとてもキラキラきれいで。
そう、ただ、そう思っただけで。一目惚れとかそんなのでもなくて。
きっと、隣に座ったことすら覚えてないんだろうな。一言も視線も何も交わしていないんだから。
でも、ただ、わたしだけが覚えているの。

家に帰ると、リビングで樹が本を読んでた。
「おかえり、玲。……桜はもう満開だった?」
興味ないような顔をしてるけど、本当はもっと詳しく聞きたいのかな?
「うん、すっごくきれいだったよ。樹も来たらよかったのに」
「…………」
何か言いたそうな呆れたような目線を向けられる。そんなに変なこと言ったかな?
「玲ちゃん、おかえり。今日はお母さんがご飯作ってるから心配しないで、ゆっくり過ごしてね」
「いつもありがとな、玲」
お父さんとお母さんが久しぶりにキッチンに立ってる。2人とも締め切りに追われていないみたい。よかった。

「さっきから観測している限り、父さんは料理してないだろう? いい加減母さんから離れたらどう?」
「樹、お父さんはお母さんの疲れを取ってあげてるんだよ。そしてお父さんもこうして日頃の疲れを癒しているんだ。効率的だろう?」
「頼むから、思春期の子どもが目の前にいるという自覚を持って、行動を改めていただきたいものだね……」
「いいじゃない。いつものお父さんとお母さんだよ、樹。……寂しいの? わたし達もくっつく?」
そう提案して近くに寄ると、樹が真っ赤になってソファから逃げ出す。

「もう、そういうことはしないって、きちんと話をしたじゃないか! やめなさい! 玲!」
「……? お口同士のキスじゃなければ、いいんでしょう?」
「……く……あ……っ! あれはっ! 僕が悪かったけどっ!……そういう問題じゃない……っ!」

「? なんだ、樹、玲にキスしちゃったのか〜? 久しぶりだなぁ。小さい頃はそれはもう2人とも毎日のように……」
「……っ! お父さん! そういう年頃の話と一緒にしないでくれるかなぁ!?」
「玲は僕のお嫁さんにするって言ってたのはいつまでだったっけ? 結構最近まで本気で言ってたわよねぇ?」
「お母さんも! やめて!!」

こんな日々がずっと続いて、少しずつ先に進んでいけばいいのにと、最近よく思う。
何かを少しずつ壊して、崩しながらでも。新しいものを作って、築いて。
伸ばした手を、樹に握り返してもらうことはできなくなったけど、今は迅くんが握り返してくれる。それが、わたしの今のしあわせ。


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