【clum! '96 #45】母への報告、賑やかに
1996年8月中旬、お盆。
折館家が静寂と誓いの墓参りを終えた頃、同じ霊園の別の区画からは、蝉時雨を掻き消すほどの賑やかな笑い声が響いてた。
早坂家の墓参りは、毎年恒例でとにかくお祭り騒ぎ。
仕事一筋で穏やかな父親を筆頭に、碧翔学園バスケ部顧問でもある優しい長兄・牟田むた一成いっせい先生(※妻の姓を継いでいる)、いつもお調子者で明るい次兄・一弥いちや、そして全てを見透かしているような冷静な三兄・一志ひとし。
男だらけの早坂家の野郎どもが全員揃えば、墓前であっても静寂など訪れるはずがなかった。
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「ほら、一頼かずより! バケツの水が死んでるぞ、もっと冷たいの汲んでこい!」
「もう、一弥兄さん、さっき汲んできたばかりだよ。……父さんも、線香に火をつけすぎです、煙で母さんが見えなくなっちゃう」
一頼が苦笑しながら立ち回る中、長兄の牟田先生が一頼の首を腕で巻き込んできた。
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「おいおい一頼、母さんの前でそんなにケチケチすんなよ。それよりお前、先日の夏合宿、お前の作ったカレーが美味かったって、コガケンたちが絶賛してたぞ。母さんの料理の才能はお前に一番遺伝したな!」
「本当か、一成。一頼のやつ、家でも最近やたらと料理の腕を上げてると思ったら、合宿で披露したのか」
父親が嬉しそうに目を細めると、すかさず三兄がニヤリと冷ややかな、けれど楽しげな笑みを浮かべて話した。
「父さんも一成兄さんも、鈍いね。一頼が料理を頑張ったり、最近やたらと『星占い』の雑誌を読み込んでる理由なんて、一つしかないでしょ」
「……えっ」
一頼の動きがピタリと止まり、耳の先が一瞬で真っ赤になった。
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「おい、どういうことだ一志!」
次兄がここぞとばかりに食いつく。
「一頼のやつ、昨年の冬あたりから、急に男磨きに精を出し始めてただろ? 先月の7月の中体連だってさ、一成兄さんの情報によると、女子部のキャプテンの試合の時だけ、こいつ応援の声が2オクターブくらい高かったらしい」
「ちょっと、二人とも、母さんの前で変な邪推はやめてよ……っ」
一頼はタジタジになりながら、バケツと柄杓を抱えて顔を背けた。
「ハハハ! いいじゃないか!」
父親がドスンと一頼の背中を叩いた。
「佐野さんだろう? 一成から聞いてるぞ。お前がその子の『ヒーローになりたい』って背伸びしてるってな。母さん、一頼にもようやく春が来たぞ!」
墓石に向かって大声で報告する父親に、一頼は「もう、父さんまで……!」と両手で顔を覆ってしまった。
優しい長兄の牟田先生だけが、「まあまあ、一頼も色々頑張ってるんだから、そこまでにしといてやれ」とポンポンと肩を叩いて宥めてくれた。
賑やかな冷やかしが一段落し、全員で静かに墓前に手を合わせる時間。
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一頼は、胸の中で、温かい微笑みを浮かべているであろう直接は知らない母の顔を思い浮かべ、そっと語りかけた。
(母さん。……毎日、男ばっかりで相変わらずうるさい家だけど、みんな元気にやってます)
目を閉じると、この夏の情景が鮮やかに蘇る。
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中体連での、自分のキレのあるプレイ。そして何より、6月に自分の「男の身体」で立夏を怯えさせてしまってから、必死に模索し続けた「心の距離感」のこと。
(今年の夏……僕、少しだけ、なりたい自分に近づけた気がする。ただ格好つけるだけじゃなくて、彼女の傷に寄り添って、本当の意味で安心してもらえるような男になりたい。個別練習のとき、彼女、僕を怖がらずに、自分から笑って近づいてきてくれたんだ。それに映画館でだってずっと手を繋いでくれた!)
それは、ただ遠くから彼女を眩しそうに見つめていた頃の一頼からは、想像もつかないほどの大きな、確かな一歩だった。
(これからも、僕が誰よりもデカい声で彼女を応援します。そして、コートの上では、誰よりも頼れる男になってみせます。……だから母さん、僕がちゃんと彼女の隣を歩けるように、空から応援していてくださいね)
「よし! 墓参りも済んだし、今夜は一頼の特製カレーで美味い酒を飲むぞ!」
父親の号令に、一弥が「賛成!」と拳を挙げる。
「一頼、今日の隠し味は何にするんだ? また星占いで決めるのか?」
「一志兄さん、もうからかうのはやめてください。今日はちゃんと、夏合宿で好評だったスパイスの配合で作りますから」
一頼は呆れたように笑いながらも、その足取りはとても軽やかだった。
家族にどれだけ冷やかされても、自分の胸の中にある「立夏を真っ直ぐに想う気持ち」は、何一つ揺らぐことはない。
1996年、お盆。
賑やかで、愛に溢れた早坂家の男たちに囲まれながら、一頼は己の未熟さを少しずつ脱ぎ捨て、一歩ずつ、けれど確実に「大切な人を守り抜く大人の男」へと、その逞しい背中を成長させていくのだった。
【今回のおまけ】
野瀬「お盆なので墓参りが続きます。前回とはちょっと対照的な賑やかさっすね」

稲城「早坂家が全員お揃いに……!」
野瀬「まぁ、似た服装になるのはよくあることだけど、ここまで行くとシュールよね」
稲城「しかし……ほんと、男だらけのご家庭だな」
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