【clum! '95 #68】多布施川沿いラン、一頼

「神野公園に集合ね! 動ける格好で来なさいよ!」
立夏からのお誘いで、お花見をすることになった。動ける格好……服装を難しく考えないで済むのはありがたいなと、スポーツウェアを着た僕は自転車に跨った。
神野公園の入り口には、既に自転車を押した立夏がいた。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
「えー? 別に時間に遅れてないよ。早く自転車停めに行こ」

「……あ」
「あれ? 似たような色合いのジャージになっちゃったね。春だからこういう色着たくなっちゃうもんね」
ミントグリーンのジャージが奇跡的に被った。お揃いみたいだ。ちょっと嬉しい。こんなことで一喜一憂してしまう。
出来るだけの下調べをしてきたから、ちゃんとエスコートしたい。この辺りは僕の家も近いから、多分、立夏より詳しく知っているし。

「どの辺りから回ります? たくさん桜が咲いてそうなのは、子ども遊園地横の桜並木のとこかな。……隔林亭の付近の景色もいいですし……あ、最近はトンボ池周辺がきれいに整備されてて」
「走るよ」
「……え?」
「走るよ。動ける格好でおいでって言ったじゃん」
「それはそうですけど」
「多布施川沿いを、桜を観ながら、行けるところまで走って北へと上ってくわよ!」
「……え、ちょ、それってどこまでですか!?」
「行くよー!」

「……ま、まってください! え、ぶ、部活の続きですか!? 自主トレ!?」
「んーん、はしりたいだけーーー!」
これが、僕の愛しの彼女、ひと学年上の有名人、佐野立夏先輩だ。こうなるともう僕の声は聞こえない。
彼女と付き合い続けたいなら、文句も言わず、ただひたすら追いかけるしかないのだ。
そんな3ヶ月間だった。いや、お試し期間を含めるともう半年以上かな。
僕は既に覚悟はできてる、つもりだ。
同学年の立夏を詳しく知らない友達からは「あんな美人と付き合えていいよな」と羨まれ、
立夏を詳しく知る友達や先輩からは「お前はよくやってるよ」と労われる。
そういう人なのだ。

「いや〜、暑過ぎず寒過ぎずでちょうどいいくらいだわ。よかった。今日で」
必死で追いつくと、立夏の笑顔が待っていた。最高のご褒美だ。
「一頼も、この一年でだいぶスタミナついてきたよね」
「背だってこーんなに小さかったのに大きくなったし」
「あはは、もう息上がってる。早いよ〜」
「ちゃんとついてきてね!」
走りながらも、余裕で話し掛けてくるのが立夏だ。スラッとしたこの身体のどこにそんな体力があるのか。スパッツ越しでもわかるしなやかな強い脚がうらやましい。
「玲先輩はグラマラスだけど、立夏先輩はスポーツで鍛えられた美脚と、全体のスタイルが良いよね」
この前の男子会で野瀬が話してたことが脳裏をよぎる。何でこのタイミングで。
途中で僕の息が切れて、やっと休憩を挟んでもらえることになった。
「一頼《かずより》見てみて。この橋、新しいよね。『蛍観橋』だって、もう少ししたらホタル観られるのかな」

「ほらほらこっち来てきて。こっちの桜もすごくきれい!」
「ほんとだ」
青く澄み渡った空には雲ひとつなく、飛行機雲が一筋すうっと伸びていった。
「桜は花の色そのものもきれいだけど、きっと枝が黒めだから、さらに花の色が映えるんだろうな」
何気なく、そう呟くと、立夏が
「!! そうね! ……そういう風に見たことなかったな。一頼の目にはわたしには気付かないものが見えるのね」

「……! 別にそんな特別なことじゃないよ。何となく今気付いただけで」
「ううん。一頼はいつも本読んでるし、あたしよりいろんなこと知ってるじゃん。そういうとこすごいなって思う」

サラッとそういうことを言ってくれる方が、もっとすごいと思う。
僕は、本当は彼氏としてこういうところで何か気の利いたことを言えるといいのにと、そこまでは気付けるのに、その先の言葉が紡げない。
桜のことはきれいだって言えるのに、立夏のことをきれいだって、なかなか口にはできない。
今だってどうしようもないほど、君に焦がれているのに。
「あ、ここ、わたしの一番好きなとこ」

軽く走り出した立夏が上を見上げる。桜のトンネルだ。枝垂れ桜が川面に波紋を落としている。圧巻だ。
「ねぇ、このまま大和町の石井樋ってとこまで走ってみようよ。確か神野公園からだと5kmくらいで着くはずよ」
え。ということは、往復で10km……2時間くらい走りっぱなし!?
彼女と付き合い続けるには、かっこいいことを言えるとかそういうことじゃなく、シンプルに体力が必要らしい。

僕はどこまで立夏について行けるんだろう。と、ちょっと不安になるお花見ランニングだった。
もちろんまだまだ続く。さて、僕は何時に帰してもらえるのだろう。


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