【clum! '96 #47】連帯意識と責任転嫁
バタン、と台所のドアが閉まる音が響き、居間には再びテレビの音声だけが虚しく流れていた。
顔から火を噴きそうになっていた折館迅と、敗北感に沈んでいた岡本樹。
玲という最強のヒロインが不在になった空間で、二人の男の間には、先ほどの殺伐とした空気とは全く違う、ひどく奇妙で「共犯者」めいた沈黙が降りていた。
「……」
「……」
ソファにうずくまっていた迅は、ゆっくりと座り直した。
ソファに座る樹も、深くため息をつきながら眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

「……冷静に分析してみよう、折館」
先に口を開いたのは、樹だった。
「僕たちは先ほどまで互いを非難し合っていたが、客観的事実に基づけば、僕も君も『玲の許可なく勝手に唇を奪った者同士』という点において、完全に同罪だ」
「……ああ。そうだな」
迅は、普段ならさっきのように即座に胸ぐらを掴み返すところだが、玲の「上書き」発言の余韻で毒気を抜かれているためか、素直に頷いた。
「そもそもだ」
樹は、真剣な顔つきで腕を組みました。
「僕たちが理性を失い、同意のない物理的接触という非論理的な暴挙に出た原因はどこにある? 僕たちの自制心が欠如しているからか? ……いや、違う」
「……あいつが、悪い」
迅が低く呟くと、樹は「その通りだ」と強く頷きました。

「玲は、危機管理能力が圧倒的に欠如している。寝顔があまりにも無防備すぎるんだ。あの、一切の疑いを持たずにスヤスヤと眠る顔を見せられたら、兄として、あるいはオスとして、保護と独占の衝動に駆られるのは不可避の生理現象だ」
「……全くだ。それに、あいつは自分がどれだけ可愛いか、ミリも自覚してない」
迅は、図書室で無理やり玲を抱きしめてしまった時のことを思い出し、大きな手で自分の顔を覆いました。
「ちょっとからかっただけで、すぐ真っ赤になって、上目遣いでこっちを見る。……あんなの、我慢できる男がいるわけがない。したくなるくらい可愛い、あいつが全部悪いんだ」
「完全に同意する」
樹は、かつてないほど力強く迅の意見を肯定した。
科学部の天才とバスケ部のエース。水と油のように交わらないはずの二人が、「玲の可愛さによる不可抗力」という一点において、完全に意気投合してしまったのだ。

「特に……あの唇は、非常に厄介な代物だ」
樹が学術的な見解を述べるように真面目なトーンで言うと、迅もゴクリと喉を鳴らして同意した。

「小さくて……その、桜色で。視覚的に非常に柔らかい印象を与える形状をしている。あれは、男の庇護欲と支配欲を同時に刺激する、極めて危険なトラップだ」
「……ああ。柔らかすぎるんだよ、あいつは。……少し触れただけで、全部溶けちまいそうなくらい」
迅の碧い瞳に、重く暗い執着の色が滲む。
「俺以外の男が、あいつのあの顔を見て、あの唇の引力に気づいたら……と思うと、正気じゃいられない。全員の目を抉りたくなる」
「論理的ではないが、感情のベクトルとしては僕も同意見だ。あの危険な物体を無防備に外へ放り出すわけにはいかない。僕と君による、二重の防壁が必要だ」
「……ちがいない」
二人の男は、互いの「玲に対する重すぎる執着と理不尽な責任転嫁」を完全に肯定し合い、静かに、そして固く頷き合った。

「お待たせー! スイカまた切ってきたよー!」
しばらくして、玲が真っ赤なスイカが乗った大きなお皿を持って、台所から戻ってきた。

しかし、居間に足を踏み入れた瞬間、玲はピタリと動きを止めた。
「……えっ?」
つい先ほどまで殺し合いの喧嘩をしていたはずの兄と恋人が。
なぜか並んで座り、二人して玲の顔(特に口元)を、穴が開くほどの真剣で、かつ獲物を狙うようなギラギラした重い眼差しで見つめていたのです。
「な、なに……? 二人とも、なんか変な空気なんだけど……」
玲が少し怯えながらスイカをテーブルに置くと、樹と迅は同時に口を開きました。
「玲。お前はもう少し、自分の顔面の危険性を自覚しろ」
「玲。君のその唇は、男を狂わせる凶器だということを論理的に理解しなさい」
「……えぇ!?」

「自分のしでかした罪」を棚に上げ、すべての責任を玲の可愛さに転嫁することで奇妙な連帯感を生んだ男たちの、さらに重くて理不尽な愛の包囲網が出来上がっていたのだった。
【今回のおまけ】
野瀬「……内容には触らない」
稲城「……わかってるが、玲先輩の代わりにお二人を一発殴りたい」
野瀬「まぁ、気持ちは分からんでもない(全員のね)」

野瀬「色鉛筆画のタッチも好きだとのことで、今回の絵に適用してみたところ、ちょっと合わなかった感じっすね」
稲城「シーンによりそうだね。明るい場所なら似合うのかも」
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