【clum! '95 #63】深夜の男子会

1996年、3月の春休み。場所は折館迅の邸宅。
広い和室には、布団が敷き詰められ、1.5リットルのコーラ数本とポテトチップスの大袋、そして最新号の『週刊少年ジャンプ』が散らばっている。
受験生になる迅と樹を励ます(という名目の)男子5人お泊まり会。

話題は、夜が深まるにつれて「本題」へと移っていった。
火をつけたのは、ポテトチップスを指でつまんだ野瀬だった。

「で、ぶっちゃけ迅先輩。玲先輩とはどこまで進んだんですか? ほら、クリスマスからもう3ヶ月近く経つわけですし」
「……野瀬、死にたいのか」

白衣を脱いでパジャマ姿になっても、眼鏡の奥の眼光が鋭い樹が即座に反応する。
「僕達はまだ中学生だ。不潔な想像をするな。僕の許可なく玲の指一本触れさせないのが本来の――」
「落ち着けよ、樹。……野瀬も」
迅は天井を見上げたまま、淡々と答えた。

「どこまで、なんて言えるようなことはない。……ただ、並んで歩く時に、向こうから袖を掴んでくるようにはなった」
「ひゃー! 玲先輩、奥ゆかしい! 絵になるなぁ」
野瀬が悶絶する横で、芳彦が落ち着いた美声で深く頷いた。
「いいですね。玲さんのその、控えめな一歩。迅先輩、大切にしてあげてください。僕はファンとして、その距離感を支持します」

話題はそのまま、おずおずとコーラを飲んでいた一頼へ。
「早坂。お前の方はどうなんだ? 立夏ちゃんは……あの、元気すぎるだろ」
芳彦が少し気遣うように尋ねる。幼馴染だからこそ、立夏の「勢い」に一頼が圧倒されていないか心配なのだ。
「あ、うん。立夏は、最近バスケ部での練習でもすごく張り切ってて。……でも、去年の誕生日にプレゼントしたリストバンド、練習中もよくつけてくれてるんだ。ホワイトデーにあげたクローバーのネックレスも、デートのときにつけててくれる」
一頼は照れくさそうに笑う。

「僕たちは……なんていうか、一緒にアイス食べて帰るだけで、すごく楽しいから。立夏さんが笑っててくれれば、それでいいっていうか」
その言葉に、迅が少しだけ目を細めた。
立夏の持つ「過去の傷」と、それゆえの「男性への苦手意識」。それを一頼が、本人の望む速度で優しく守っていることを、迅は無言で評価していた。
「で、野瀬くんと稲城くんはどうなんだい。稲城くんは、君のお昼の放送の隠れファンも多いらしいじゃないか。告白されたことはないのかな?」
樹が、少し意地悪そうに話を振る。
「僕はまだ、玲さんと立夏さんの『公式ファン』で忙しいですから」
芳彦が真顔で答える。
「空手の稽古もありますし。誰か一人のものになるより、今は放送室から全校生徒にいい声を届けるのが使命だと思ってます」
「俺は、観察対象としては迅先輩たちが最高すぎて、他を見る余裕がないっすね」
野瀬がニヤリと笑います。
「あ、でもこの前、美術部の後輩から『絵のモデルになってください』って言われたかな。俺の性格知ったら、一瞬でフラれるでしょうけど」
夜がさらに深まり、話題は少し哲学的な方向へ。
「そもそもさ、フツーの中学生って、どれくらい恋愛してるものなんだろう」

一頼の素朴な疑問に、樹が待ってましたと言わんばかりに身を起こした。
「一頼くん、いい質問だ。論理的に言えば、中学生の恋愛などホルモンのいたずらに過ぎない。だが」
樹は眼鏡を光らせます。
「『普通』を定義するのは難しい。ただ、僕が思うに。今の僕たちに必要なのは、相手を縛ることじゃない。迅が『外』を目指し、僕が『距離』を置こうとしているように、自立した個としてどう相手を想えるかだ」

「……珍しく、樹と意見が合ったな」
迅が起き上がり、窓を開けた。少し湿った夜風が入り込む。
「受験も、それ以外も、結局は自分がどうありたいかの問題だ。今年が終わる頃に、俺たちが胸を張って『やりきった』と言えるかどうか。それだけじゃないか?」

「……迅先輩、今のセリフ、超かっこいいっす。録音して放送で流しましょうか?」
「芳彦、やめろ」
「……写真撮ってもいいすか? あ、カメラリビングに置いてきたわ。取ってくる」
「野瀬、お前もやめろ」
「あはは、でも本当に。僕も、頑張らなきゃな」
カエルの声が響く佐賀の夜。
5人の少年たちは、ポテトチップスを分け合いながら、夜明けまでとりとめもない話を続けた。


↓ マガジンはこちら ↓
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。