K-42【第9話】「まね」
翌日、第7区画の図書室。
古びた蛍光灯の下、2つの小さな影が静かに並んでいた。
K-42は、一冊の本を真剣な顔で読んでいた。
正確には、“真剣な顔をしてみようとしていた”。
向かいに座るL-13が首を傾げる。
「……なにしてるの?」
「人間っぽい顔です」
「?」
K-42は本を閉じ、少し眉を寄せる。
「人間って、考えてる時こういう顔しますよね」
L-13は数秒見つめたあと、吹き出した。
「変」
「えっ」
「すごく変」
K-42は耳をしゅんと下げる。
「失敗しました……」
「でもちょっと面白い」
L-13はくすくす笑う。
その笑い方が珍しくて、K-42は少し驚いた。
今までのL-13は、どこか静かで、
止まった時間の中にいるみたいだったから。
「L-13って、笑うんですね」
「失礼」
「すみません」
K-42は慌てて会釈する。
その動きを見て、L-13はまた笑った。
「K-42、本当に人間の真似好きだね」
「だめですか?」
「だめじゃない」
L-13は椅子の上で足を揺らした。
「でも、人間になる必要はないと思う」
K-42は黙る。
その言葉は、少し難しかった。
「……でも、人間みたいになれたら、ちゃんとできる気がして」
「ちゃんと?」
「仕事とか、会話とか、歩き方とか」
K-42は自分の小さな手を見る。
「ぼく、まだ分からないこと多いので」
L-13はしばらく考えてから言った。
「人間も、分からないこと多いよ」
「そうなんですか?」
「うん」
「でも人間は、いつもちゃんとして見えます」
「見せてるだけかも」
K-42は目をぱちぱちさせた。
“見せてる”。
それは、演技とは違うんだろうか。
その時。
図書室の外から、低い音が響いた。
ゴウン……
古い設備の振動。
照明が少しちらつく。
K-42は顔を上げる。
「停電……?」
直後、
ブツッ
と音を立てて、
図書室の明かりが消えた。
「きゃっ」
真っ暗。
第7区画は一瞬で闇に沈む。
K-42の耳がぴくりと動いた。
暗闇の中でも、小さな音は聞こえる。
換気設備。
遠くの金属音。
そして。
――ぺた。
廊下の奥で、誰かが歩く音。
K-42は息を止めた。
L-13も動かない。
研究員が小さな声を出す。
「……誰かいるの?」
返事はない。
だが足音だけが、ゆっくり近づいてくる。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
K-42は暗闇を見つめる。
すると。
廊下の向こうに、小さな赤い光が浮かんだ。
一つ。
……二つ。
……三つ。
違う。
もっと。
暗闇の中で、たくさんの赤い目がこちらを見ていた。
