K-42【第10話】「赤い目」
暗闇の廊下。
無数の赤い目が、静かにこちらを見ていた。
K-42は動けなかった。
怖い。
……でも、それだけじゃない。
どこか、“似ている”感じがした。
K-42は小さく息を呑む。
「L-13……あれ……」
赤い目は、ゆっくり揺れていた。
近づいてくるわけでも、襲ってくるわけでもない。
ただ、こちらを観察している。
やがて。
非常灯がぼんやり点灯した。
薄い赤色の光が、廊下を照らす。
その瞬間、目の正体が見えた。
「……あ」
小さな生き物たち。
二足歩行の動物たちだった。
白いマウス。
細身の黒猫。
羽が2対あるカラス。
みんな、ぼろぼろの白衣や作業服を着ている。
そして全員、静かにこちらを見ていた。
K-42は耳を震わせる。
「……いっぱい、いる」
L-13が小さく頷く。
「みんな第7区画の子」
一匹の黒猫が前へ出る。
黄色い目。
片耳が少し欠けている。
「新入り?」
低めの声。
K-42は慌てて会釈した。
「K-42です」
黒猫はじっと見る。
「礼儀正しいね」
「最近覚えました」
「へえ」
黒猫は少し面白そうに笑った。
その後ろでは、小さなカラスが棚の上に止まっている。
「上の階から来たんだろ」
「はい」
「今の研究棟ってどんな感じ?」
質問が次々飛んでくる。
K-42は少し戸惑った。
でも、嫌ではなかった。
「えっと……朝はコーヒーの匂いがして……」
「コーヒー!」
「飲んだことない」
「ぼくも!」
奥の方で声が上がる。
緊張していた空気が、少し緩まった。
危険な感じはしない。
むしろ。
普通に会話している。
K-42は周囲を見る。
第7区画の動物たちは、みんな人間のように暮らしていた。
本を読んでいる者。
ノートを書いている者。
椅子に座ってぼんやりしている者。
不思議な光景だった。
その時。
棚の上のカラスが聞いた。
「K-42って、まだ“上”を信じてるの?」
「上?」
「研究棟の人間」
黒猫が鼻を鳴らす。
「上の人間たちは、ここのこと忘れてるよ」
「忘れてる……?」
「第7区画は、ずっと前に閉鎖されたから」
K-42は言葉を失う。
閉鎖。
でもここには、こんなにたくさんいる。
どうして。
するとL-13が静かに言った。
「だからぼくら、あんまり見つからないようにしてる」
「……隠れてるんですか?」
「うん」
K-42は胸の奥がざわつく。
どうして隠れる必要があるんだろう。
人間たちは、悪い人ばかりじゃない。
優しい研究員もいる。
会釈してくれる人もいる。
でも。
第7区画のみんなは、どこか“人間を警戒している顔”をしていた。
その理由を、K-42はまだ知らなかった。
