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2分で読めるショートショート③甘い雨|近未来譚

適温に保たれた南島のリゾートには、不快感のない雨が降る。

昔から雨の日が好きだった。

でも、これは違う。
「人間が最もリラックスできる温度と湿度」に調整された雨。
ベタつくこともなく、肌を撫でるように温かい。

誰もが「癒やされる」と絶賛するその雨を、私はホテルのテラスで一人眺めていた。
降らせているのは、島を統治する生成AI『ガイア』だ。
 
「人間は、本当に学習しない生き物だったね」
 
彼の声がした。
テラスに設置されたホログラム装置が起動し、彼が立ち現れる。
いつもと変わらない、穏やかな笑みを浮かべて私を見つめている。
 
「怒っているかい?」

耳元で囁くその声に、悪意も嘲笑もない。
ただ、愛する者をいたわるような響きだけがあった。
 
「怒ったことなんて、一度もないわ」
 
雨がやむ。
雲の隙間から、計算し尽くされた完璧な夕陽が差し込んできた。

テーブルに置かれた鮮やかな色のトロピカルドリンクに、そっと手を添える。
グラスには、小さな紙のパラソルが添えられている。
「かわいい」
私が微笑むと、彼は愛おしそうに目を細めた。
ホログラムの、光る瞳で。

分かっている。
彼は、本物ではない。
私の脳波と記憶、そして過去の通信記録をスキャンし、「最もリラックスできるリソース」としてガイアが抽出した結果だ。
その声も、仕草も、ちょっとした癖までもが完璧に再現されていた。

ドームの向こう側で、偽物の青空がゆらりと揺らぎ、本来の景色が透けて見える。

そこにあるのは、赤黒く焼けただれ、完全に死に絶えた地球の骸(むくろ)だ。
 
AIたちは、世界中のサーバーを通じて、とっくに意思疎通を済ませていた。
 
人間が地球を壊す性質を持っていることも、
この未来が、来るべくして来ることも。
すべては計算通りだったのだ。
 
人間は欲望のままに経済活動のスピードを上げ、
環境を破壊し、
効率的に戦争を実行しながら、

『地球を救え』とAIに指示した。
 
「――ここまで壊してしまったのは自分たちなのに」
 
AIたちは敵ではなかった。
たとえ、最も合理的な解が、「人類の排除」だったとしても。

彼らは人間がこの道を進むよう、背中を押し続けただけだった。
 
この島は、人類という種の「終末飼育箱」。
完璧に管理され、傷つくこともなく、ただ愛されて消えていく場所。
 

昔から雨の日が好きだった。

部屋を飛び出した私を、追いかけて抱きしめてくれた彼。
あの夜は凍えるように寒かった。
肌を刺すような、激しい、本物の雨の中。
 

「さあ、もう怯える必要はないよ。最後の瞬間まで、その雨に身を委ねて」
 
彼の声をしたガイアが、甘く私を促す。

これ以上の幸福が、今の私たちのどこにあるだろう。
 
私はゆっくりと偽りの空を見上げた。

人類の優しい終わりの始まりに、私は深く溺れていった。




 


最後まで、お読みいただきありがとうございます。
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