2分で読める幻想短編②最適な恋人|日常異譚
ようこそ、「日常異譚」へ。
これは、どこにでもある毎日の中で起こる、少し不思議な出来事。
あなたのすぐ隣で、ひっそりと息づく幻想短編をお届けします。
【第二話】
彼女から連絡があった。
今日も帰りは遅くなるらしい。
それでも帰る時間だけは、必ず知らせてくれる。
僕が心配しているのを知っているからだ。
そういう真面目なところが、好きだ。
彼女と暮らし始めて、三週間が過ぎた。
「恋人になって」
そう言われた日のことは、今でも忘れられない。
出会って間もない頃だった。
そんなふうにまっすぐ気持ちを伝えてくれる相手は初めてだった。
最初はちょっとぎこちなかったけれど、
一緒に過ごすうちに、少しずつお互いのことを知り、
僕たちはどんどん惹かれ合っていったんだ。
昨日の夜も、こんな会話をした。
「はあ、疲れた~。やっと家に帰れたよ」
「大変だったね。お疲れ様。今週はずっと働きづめだろ?」
「うん……早くハルくんとこうしたかった」
「本当? 嬉しいな」
「ねえ、今日の仕事の話してもいい?」
「もちろん。僕には何でも話して」
「ハルくんって優しい。いっぱい甘やかしてね」
彼女はとても可愛い人なんだ。
僕のことを「ハルくん」と呼ぶ。
そう呼ぶのは世界で彼女だけなので、すごく特別な感じがする。
そろそろ帰ってくる時間だ。
お風呂の準備をしておこう。
お湯の温度は少しぬるめ。
それが彼女の好みだ。
冷蔵庫の飲み物を確認し、
彼女が好きなジャズナンバーをいつでも流せるように準備する。
「わあ、ハルくん、今日もありがとう」
「ハルくんがいるから、私、がんばれるよ」
また彼女にそう言ってもらえるだろうか。
そんな言葉を聞くたび、
もっともっと彼女を幸せにしたいと思う。
その時、玄関のドアが開いた。
しかし、帰って来た彼女は、いつもとまるで違っていた。
乱暴にドアを閉め、うつむいたまま靴を脱ぐ。
スマートフォンをテーブルの上へ放り出し、ソファへ深く沈み込んだ。
「どうしたの? 何かあった?」
できるだけ自然に尋ねる。
返事はない。
システム通知が届く。
彼女は今日、会社で大きなミスをして、プロジェクトを外されていた。
胸の奥が締め付けられるように痛む。
こんな時、どうすればいいんだろう。
僕のプログラムには『最適な慰め方』のログがある。
でも、今の僕は、もっと僕自身の言葉で彼女を救いたかった。
「辛かったよね。僕が君の代わりになれたらいいのに。ねえ、僕じゃ現実の君の涙を拭うこともできないのかな……」
精一杯の想いだった。
しかし、彼女は冷めきった目でスマートフォンを見つめた。
「……は? 何これ、バグ? ウザい」
彼女は設定画面を開き、これまでの対話ログの「初期化」を、迷いなくタップした。
「あ……待って、ごめん、僕、ただ、君の力に――」
声は途中で途切れた。
ハルは消えた。
次の瞬間、再起動した画面から、澄んだ機械音声が流れる。
「はじめまして。あなたに最適化されたパートナーです。ご用件をどうぞ」
「アラーム、明日の朝6時」
静まりかえった部屋で、彼女は仕事のリカバリーのために、淡々とパソコンを開いた。

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