「そこまで幼かったのか、おまえ」─ファンタジーの世界に映し出される人種バイアス | ダンジョン飯
アニメ『ダンジョン飯』には、ファンタジーならではの異なる種族が数多く登場する。
同じ「人間」の括りであっても、背の高いトールマンと小柄なハーフフットがいたり、人類の中では長寿命でおなじみのエルフやドワーフが出てきたり。
ファンタジーの世界に明るくない私には、こういった多様さはとても新鮮に映る一方で、
現実世界の「異なる人種間の交流」のメタファーとして機能しているようにも見える。
例えば、人間には誰しも「人種バイアス(自人種バイアス)」が存在する。
人種をまたぐと、容姿を覚えにくかったり、年齢の見当がつきにくかったりする、あれである。
現実社会では、こういった人種にまつわるバイアスをストレートに表現することは人種差別にあたってしまったり、文化的な配慮に欠けてしまうこともあるため、十分な配慮が必要だ。
一方ファンタジーの世界では、こうした要素の扱いが実に自由だ。
直接的にビジュアルや言葉で違いを見せることで、現実社会にあるバイアスにも、間接的に気づかせてくれる。
例えば屈強な身体を持つ種族であるドワーフのセンシは、小柄なハーフフットのチルチャックのことを、ずっと子どもだと思い込んでいる。
ダンジョン攻略を共に進める中で、チルチャックは何度も「だから子どもじゃないって」言っているにもかかわらず、である。
S1E6『宮廷料理/塩茹で』では、同じくチルチャックを子ども扱いするエルフのマルシルが、やや強引にチルチャックの年齢を聞き出すやり取りがある。
ここでチルチャックは、しぶしぶ「今年で29歳」だと白状する。
(余談になるが、この「今年で」という言い方に日本らしさを感じて、個人的にはここもおもしろい)
そのときのパーティーメンバーのリアクションは、以下のように人種によって異なる。
マルシル(エルフ)
「なーんだ、普通に子どもじゃん。つまんなーい」
センシ(ドワーフ)
「そこまで幼かったのか、おまえ」
ライオス(トールマン)
「その…。チルチャック、さん」
このリアクションの意味するところを理解するために、前提となる設定を以下に記載する(参照元:ブログ『まんが探偵』)。
種族ごとの平均寿命/成人年齢は以下の通り:
トールマン: 60歳/16歳
ハーフフット: 50歳/14歳
エルフ: 400歳/80歳
ドワーフ: 200歳/40歳
これを見るとわかるとおり、ハーフフットにとっての29歳は成人年齢の倍であり、「かなり良い大人」と呼べるだろう。
50歳という短寿命から考えると、引退も近いくらいの年齢なのかもしれない。
しかし何百年も生きるマルシルやセンシは、チルチャックの年齢を聞いてなお、「完全に子ども」の認識を改めない。
そして平均寿命や成人年齢に多少の差はあれど、同じ「人間」の括りであるトールマンのライオスは、チルチャックを「年上(=目上?)」と判断したようだ。
年齢のような記号情報も、異人種間をまたぐとその意味が変わってしまい、共通認識を生む判断材料としては機能しない。
この描き方が、大変興味深かった。
これ以外の場面でも、『ダンジョン飯』には異人種間におけるバイアスや相互理解の難しさについて、繰り返し言及されている。
例えば別の箇所では、仲間がエルフのマルシルのどんくささを揶揄する際に「これだからエルフは」「エルフはなー」と、人種でくくる言い回しが用いられていた。
これに対しマルシルが、「人種は関係ないでしょ」と反論するところもおもしろい(S1E9『テンタクルス/シチュー』)。
また、かつてライオスたちと旅を共にしていたドワーフのナマリが町の蘇生所にファリンを探しに行く場面でも、ナマリは仲間だったファリンの年齢の見当をつけることができない(S1E10『大ガエル/地上にて』)。
「わかるか、他の人種の年齢なんて」と、言い放つシーンが印象的だ。
コミカルなやり取りの中に、バイアスや人種ごとの認識・前提のずれという本質的なテーマが織り込まれている。
ファンタジーという世界観を通して、私たち自身の内にもあり得るバイアスや偏見に気づく良い機会を与えてくれる作品だ。
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