「俺には、あんたがいいやつに見えるよ」|葬送のフリーレン
アニメ『葬送のフリーレン』第1期に出てきた一級魔法使いのゲナウは、冷たく、おごった人物のように見えた。
一級魔法使いの選別試験では、試験官を務めた彼のおごりと油断を象徴するようなエピソードもあり、私はそれについても記事を書いた(「ありえないことだ。天地がひっくり返っても」)。
しかし第2期で、私のこの印象はあっさり覆された。
S2E34『討伐要請』 の冒頭、魔族討伐の任務のために自らの故郷の村を訪れたゲナウは、教会にいる。
そこに横たわる村人たちの死体を見つめている。
彼らは全員、魔族に殺された。
そしてゲナウは、相棒のメトーデに向かって、このように言う。
なんで私たちではなく、こいつらなんだろうな。
この村のやつらは私たちと違って、戦いの道を選んだわけじゃない。
死ぬのなら、一級魔法使いという戦いの道を選んだ、私たちであるべきだ。
この言葉だ。
これを聞いて、私はようやく気がついた。
ゲナウは、冷たくおごった人間ではなかった。
役割を背負うことを決め、腹を括った人間だった。
そして彼は目的のために、自分の中にある優しさや感情を、自己抑制しているように見えた。
この「抑制している」という私の印象は、次のS2E35『神技のレヴォルテ』以降のエピソードで、その一部が回収される。
冒頭、相棒として魔族討伐の任務にあたることになったメトーデとゲナウは、2人で話をしている。
そこでゲナウは、以下のようなことを話す。
戦死した自分の元相棒が、「いいやつ」だったこと。
「いいやつ」は、自分とは正反対の資質だと思っていること。
元相棒は見ず知らずの人のために命を懸けるような人物で、実際に、知らない子どもをかばって亡くなったこと。
そのおかげで魔族を仕留め損ねたこと。
自分だったら、そんなバカな真似は絶対にしない、と思っていること。
今までだって、見捨ててきた。
そう、ゲナウはつぶやいた。
戦時下に「いいやつ」であることは、早死に直結する。
死んでしまったら、戦うことができない。
だからゲナウは自分の中の「いいやつ」を抑え込み、戦いを選んだ。
そう言っているように聞こえた。
またこのエピソードの中盤では、ゲナウは今度はシュタルクに、こう語りかけている。
シュタルク。
おまえは、いいやつだな。
俺はおまえのようなやつを知っている。
きっと、長生きできない。
この言葉を聞いたシュタルクは、廃墟と化してしまったゲナウの故郷の村を見渡す。
そして、こう返す。
俺には、あんたがいいやつに見えるよ。
こんなになっちまった村を、まだ守ろうとしている。
俺にはできなかったことだ。
シュタルクは、ゲナウの言葉は聞かずに、行動だけを見ている。
ゲナウは自分の中の「いいやつ」と、整理がつかない思いを封じ込めて、戦うために生きている。
いいやつは、早死にしてしまうから。
いいやつに、死んでほしくないから。
冒頭のゲナウの言葉が、また私の頭に浮かぶ。
死ぬのなら、一級魔法使いという戦いの道を選んだ、私たちであるべきだ。
やはり、役割を背負い、腹を括った人間の言葉だと思った。
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