「優しさのカケラもない。ずっとそのままでいろ」|葬送のフリーレン
アニメ『葬送のフリーレン』の第2期では、「優しくあること」の大切さと難しさが、密接に関係しながら描かれている。
S2E36『立派な最期』の冒頭に、ゲナウの元相棒が埋葬されるときの回想シーンが流れる。
元相棒は、知らない子どもをかばって魔族に殺された。
彼の遺体は、花が敷き詰められた棺桶の中に横たわっている。
その棺の脇にはゼーリエが座り、亡くなった自分の弟子を顔を眺めている。
彼女の背後には、ゲナウが立っている。
棺に敷き詰められた花も、またゼーリエが魔法で出したのだろうか。
私は、彼女の気持ちに思いを馳せてしまう。
ゼーリエは手に花を一輪持ち、虚ろな目でその花を見ながらこう言う。
この子はすこし、優しすぎたのかもしれない。
いつの時代もそうだ。
優しい魔法使いは、長生きできん。
一級魔法使いの多くは、人類を守るため、戦うために魔法使いになっている。
死闘を繰り広げながら、同時に優しくありつづけることは難しい。
棺の横に座り込んでいるゼーリエに、ゲナウは「立派な最後でした」と言う。
ゼーリエは、一輪の花を棺の中に挿しながら「心にもないことを言うんだな」と返す。
そして、以下のように続ける。
ゲナウ。おまえは、いやなやつだ。
優しさのカケラもない。
ずっとそのままでいろ。
不器用なゼーリエは、「おまえは長生きしろ」とは言わない。
「いいやつ」でいると長生きできない世の中なのだから、「いやなやつ」のままでいろ、と言う。
この言葉を残して立ち去るゼーリエは俯いていて、表情は見えない。
その背中に向かってゲナウは「仰せのままに」と返し、目を伏せる。
* * *
ほんの数十秒のこの回想シーンは、ゲナウがシュタルクと共に、強敵「神技のレヴォルテ」と戦っている場面で流れる。
この戦いで、ゲナウは魔族の子どもを人間の子どもと見誤って庇い、その隙に魔族の子どもに刺されて重傷を負う。
それでもシュタルクと共に死闘を続け、ついにレヴォルテを倒した後、シュタルクもゲナウも、力尽きて意識を失う。
翌日、ゲナウはメトーデの回復魔法によって意識を取り戻す。
目覚めたときのゲナウの最初の言葉は、「私はまた、死にぞこなったのか」だった。
ここで私は、想像せずにいられない。
こんなことを、彼らは何回、繰り返してきたんだろう。
ゲナウは、死んだ相棒のことを「見ず知らずのガキを庇って死んだバカ」だと評していた。
それでも彼は、かつての相棒と同じ行動を取った。
見ず知らずの人間の子どもを守ろうと、反射的に体が動いた。
そして優しさを見せた瞬間にゲナウを待ち受けていたのは、その隙をつかれて刺されるという残酷な現実だった。
人間の子どもは、魔族が見せた幻影だった。
戦場での優しさは、早死にに直結する。
戦いつづけることを選んだゲナウはやはり、自分の中の優しさを強く抑制している。
自分の故郷がある北側諸国を守るために戦い、戦うために優しさを封印するという矛盾を生きている。
しかしそれでも、ゲナウの故郷の村を守ることはできなかった。
魔族に襲われ、故郷は廃墟と化した。
そこに住んでいた村人たちは全員、死んだ。
S2E35『神技のレヴォルテ』で、教会の床に並んだ村人たちの遺体を眺めながら言ったゲナウの言葉がまた、私の頭の中に戻ってくる。
「死ぬのなら、一級魔法使いという戦いの道を選んだ、私たちであるべきだ。」
こうやってゲナウは、「やなやつ」として生きることを選び、そして死ぬことを待っている。
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