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永徳の娘と金泥の図(第二章)

#創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

第二章 二通の遺言

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★前章のあらすじ<初めて読まれる方へ>
【第一章 あらすじ:宿命の香りと金泥の図】    
 時は一六五八年・万治年間。かつて幕府の奥絵師を務めた凛(りん)は、齢八十を前にして江戸の端で「安寧画塾」を開き、門下生を育てていた。その一年前の明暦の大火(振袖火事)により、娘と十年かけて描き上げた「金泥(こんでい)の図」の屏風を焼失するという悲劇に見舞われながらも、凛と養子の娘は再びその再現に執念を燃やしていた。
 凛の記憶は、戦国の荒波へと遡る。彼女は御館の乱で自害した上杉景虎の側室を母に持ち、幼き日に命からがら越後へ逃れた。一行を阿賀北の地で匿ったのは、上杉謙信の妹であり加地城に嫁いでいた鳴海院(なるみいん)であった。この逃避行を共にしたのが、許嫁の道満丸と狩野永徳の娘・愛香(あいか)である。彼女は、永徳が信長と謙信の同盟の証として描いた二つの屏風の下図を命懸けで守り抜いた。一つは「安土山之図」、もう一つは金箔を使わず黄金色の光沢を放つ、柘榴(ざくろ)と茉莉花(まつりか)の香りを封じ込めた秘作・春日山の「金泥の図」である。お雪の持っていた匂い袋は死後永徳に、そして愛香に渡った。それが、凛とガラシャにも受け継がれる。
 この「金泥の図」誕生の裏には、美しくも哀しい確執があった。永徳の想い人であり愛香の母であるお雪は、実は小野小町の一族の血を引く、明智光秀の義妹であった。永徳には西施の沈魚を彷彿させる、その類まれなる美貌は織田信長をも虜にし、信長はお雪を側室にしようと執拗に迫った。しかし、お雪は死を覚悟した小町の歌を詠んで永徳への愛を貫き、信長の誘いを拒絶する。この一件により、永徳と信長の間には深い軋轢が生じた。永徳は信長に面従腹背を貫き、あえて安土城の図を弟に任せる一方で、自らの魂と、お雪・愛香・ガラシャへと受け継がれる「宿命の香り」を「金泥の図」に結晶させたのである。
 ある日、凛の画塾にお玉という十六歳の娘が現れる。彼女はガラシャの血を引く気高く逞しい美貌の持ち主であり、その身からは「金泥の図」と同じ芳香が漂っていた。凛はお玉の筆致に、当代随一の絵師・狩野探幽をも驚愕させるほどの非凡な才能を見出す。探幽からの書状によれば、お玉の父は、娘を凛の養子として預けたいと願っているという。
 お玉は、自らの祖先が小野小町の一族であることを示唆する母の遺言の真偽と、香りに秘められた「金泥の図」の謎を解き明かすため、幼馴染の絵師・菱川師宣に相談へと向かう。再建された画塾で一人待つ凛。宿命の香りに導かれた老婆と少女の出会いが、失われた黄金の屏風を巡る新たな物語の幕を開ける。
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(お玉が菱川師宣の下絵工房を訪ねる)
「菱川の師兄さん、今日も町の子供達の写生ですか?」
「お玉ちゃんではないか。どうしたんじゃ」
「なんでもありませぬ。元気かどうか伺いに来ただけですよ」
「それにしても、お玉ちゃんにはお付きの侍が何人かいつもついておるな」
「しかたありませぬ。父上の命ですから。でもいつも悪いと思うておりますが。そなたたち、今日はもう良い。守り刀は持っておるゆえ。あちらで待っていなさい・・・」
「流石、旗本の娘さんじゃな。様になるのぅ」
「何を呑気な・・・」
「して拙者に何の用じゃ。用がなくてもそなたはよく遊びにくるがの・・・」
「父がわたくしを元奥絵師の凛様の養子にと話を進めていると聞きました。師兄さん、何か知ってるかなと思って・・・」
「養子にか・・・。お玉ちゃんの母上は産んでからしばらくして亡くなったと叶様からは聞いておるぞ。それ以来そなたは父上様が一人で育てた。新たな御新造も迎えずにな。なにか解せぬと思うてはいたが」
「どうしたらよいか迷っておりますゆえ、師兄さんの意見を聞きたくて」
「ただ・・・・」
「父と初めて叶様に呼ばれていったときのことじゃ」
「それがなにか・・・」
「拙者がまだ齢十四のときじゃが、お玉ちゃんが産まれておっての。部屋の奥で人知れず何かに向かって手を合わせておった。その横顔は天女のようであった。拙者はすぐさまその光景を描いておった。襖絵の修行をしながら拙者はお松さまが、五郎左衛門様と険しい顔つきで話していたことはよく覚えてはいるが。詳しくはわからぬ。そこのごちゃごちゃした置き場においてある。見てみるか?お玉ちゃんによく似ておるぞ・・・」
「見せてくださいますか・・・」
「他のも好きに見ていきな・・・」
「これは何を祈っているのでしょうか」
「拙者にもわからぬ」
「深刻なお顔なれどと満ち足りた眼差しですね・・・」
「拙者はお玉ちゃんの身内ではない故、軽々しく言えないが、父上と面と向かって真意をただすのが一番じゃ。養子に出す理由がわかるかもしれぬ」
「たしかにそうですね。気持ちがスッキリするまでは何もできませぬゆえ」
「善は急げじゃ。その絵はお玉ちゃんに。大事に持ってろよ・・・」

(叶家の奥座敷で)

「父上、只今帰りましてございます」
「お玉か、どうであった?凛殿は?修行は出来そうか?」
「はい、良きお師匠様でございます」
「しばらく行ってみるか」
「画塾は良きところとは思うておりまするが・・・」
「なんじゃ。不服でもありそうではないか」
「そうではありませぬ・・・」
「はて、わからぬな・・・」
「父上、わたくしになにか隠しておいででしょうか・・・」
「何を申す。隠し事などあるものか」
「一つお伺いしてもようございまするか?」
「これまでご新造様をお迎えしなかったのは何故でございましょうや」
「そなたの母が亡くなり、乳母が全て取り仕切ってくれておったからじゃ」
「母が恋しく思うていたと・・・」
「そうじゃ・・・」
「それともうひとつお伺いしたいことが・・・」
「この絵に見覚えがございますか」
「師宣が描いたものじゃ。知っておる。お松がそなたを産んだ頃のものじゃろう」
「この寂しげな顔と明るい眼差しの絵にはなにやら深い理由があるのでしょうか・・・。娘子としては気になりましたゆえ・・・」
「それは・・・つまり・・・」
「なんでございましょう」
「もう良いではないか。深く考えることではない」
「やはり、口にこもりがございますゆえ、隠してございます・・・」
「そなたはいつも一度決めたらテコでも動かぬ。えぇい、仕方がない。お玉は今年六月には齢どのくらいじゃ」
「十六になりまする」
「もうすぐじゃな。その日が来たら、そなたに話そうと思うていたのじゃ」
「何をでございまするか」
「お松との約束じゃ」
「母上の?」
「そなたが産まれて一月後に亡くなったのじゃ。お松がそなたに遺言めいたものを書き残しておる。二通ある。十六になるまでは一切誰にも話さないという約束もした」
「そうでございましたか」
「そなたの香り袋は麗しい香りが漂っておった。文は拙者が厳重に隠しておいた。そなたにはガラシャ様が曽祖母で金泥の図のことしか伝えてなかったな。はじめてじゃが、読んでみるか・・・」
「これが母上の直筆でございますか。長き書状でございます」

(お松の遺言、二通書かれていた)

『お玉へ。この文を読むとき、そなたは齢十六を迎えていることでしょう。 叶の家で何不自由なく育てられたそなたに、今さら戦国の古き因縁を語るのは、母のわがままかもしれません。けれど、そなたの体に流れる血と、その身から漂う香りの正体だけは、伝えておかねばなりません。わたくしたちの先祖は、遥か昔、小野小町という美しき才女の血を引く一族です。その血は明智の家に繋がり、そなたの曾祖母にあたるガラシャ様へと受け継がれました。しかし、そなたが知るべきは、もう一人の女性の存在です。 名はお雪様といいます。明智様の正室・煕子様の妹でした。ガラシャ様はその従姉妹であり、そなたが手にするだろうという匂い袋はお雪様からいただいたそうです。狩野永徳殿がその生涯をかけて愛し抜いた、まことの想い人です。狩野様は信長様から臣下の娘を正室にと、政略結婚を強いられる前から、お雪様とは相思相愛でありました。お雪様は信長様から側室へと強要されそうになったとき、小町の歌を読み上げ信長様は、お雪様の永徳様へのその一途な愛に屈したそうです。お雪様は中国の西施という、沈魚の伝説が目に浮かぶほどの美しい方で、永徳様は信長様の理不尽な横恋慕からお雪様を守り抜くため、彼女の面影を一つの屏風に封じ込めました。それが、柘榴と茉莉花の香りを放つ「金泥(こんでい)の図」です。 お玉、そなたが大切にしているその匂い袋には、その屏風と同じ秘伝の香料が納められているのですよ。そなたの筆先に宿る「光」と、その身を包む「香り」は、かつて多くの命がけの逃避行を経て、この安寧の世まで届けられた宝物なのです。もしも、自分の運命に迷うことがあったなら、江戸の端に住まう「凛(りん)」という老絵師を訪ねなさい。彼女は、わたくしたち一族と共に雪の山を越えた、ただ一人の生き証人です。幼い頃、永徳様に仕えた方と聞いております。あと一つ、わたしはあなたを産んだあと、受洗し、あろうことかそなたまで受洗させてしまったことです。布教の弾圧が厳しい中でのことだったので、幕閣の一員でもある五郎左衛門様も苦しんだことでしょう、それでもわたくしを守ろうと必死でした。そなたには、身勝手な母と思うかもしれませんが、何かにすがりたいわたくしにはそうするしかなかったのです。目に見えない祖母、母の糸が纏っていたのでしょう。でも、お玉、そなたには自由に生きてほしい。そして描きなさい。 そなたの描く色が、戦国の灰の中から、真の安寧を呼び覚ますことを信じています。母、松。』

(お玉が二通目に目を通す)

『追伸。この書状は一通目にも申してあるように、そなたが齢十六の頃になってから読むように殿にいっております。公になればそなたはもちろんの事、叶家の存続に関わりますゆえ、この書状のことは後世誰にも伝えてはなりませぬ。良いですね。わたしは祖母ガラシャの長女お蝶の子です。関ヶ原の戦い年、合戦前に産まれました。不憫に思った母はわたしを叶家に養子として遣わしました。齢十二のときに五郎左衛門様と祝言をあげ、その後子を諦めようかと思ったときに、三十路でお玉が授かりました。そなたには正直に申します。わたしは齢十のときに受洗しています。そして、お玉が生まれた月にそなたを勝手に受洗させてしまったのです。ガラシャの母と妹お雪殿のご先祖は遠き昔の歌人・小野小町にたどり着くのだそうです。その従姉妹ガラシャとその長女お蝶、次女多羅様も受洗していました。戦国の世の繰り返される殺戮への抵抗と安寧への祈りに向かわざるを得なかったのでしょう。そしてわたしも、あろうことかお玉にもその道を歩ませようとしました。あなたは大きくなったら何も知らずに受洗させられたことに、さぞ不条理を感じることもあるでしょう。そなた自身がその後受洗をするのか認めるのかはそなた次第です。お雪様と永徳様の子が愛香様でした。愛香様は道満丸様が春日マイケルとして遣欧使節を終え帰国したときは、国内では伴天連禁止令がでており、道満丸様は急ぎ越後阿賀北の愛香様の元へ行きました。そこで、隠密でともに受洗されたのです。二人の愛の証としての「金泥の図」のありかは定まっていません。ここで初めて申しますが、実父である五郎左衛門様の父は佐々木小次郎といっておりました。生前はガラシャ様の夫・細川忠興様に仕えた剣術指南役だったそうです。そなたの曾祖母にあたるガラシャとは一つ違いで、三人の子がおりましたが、三男の五郎左衛門なるものが、三年遅れて養子として叶家に迎え入れられました。ガラシャと小次郎様の血があなたの体にあります。細川家とはこれもなにかの縁でございましょう。将来武芸の道に行くにも良いでしょう、絵の道に行くのも良いでしょう。あなたの思うがままに生きなさい。今一度申します。それは祖母のガラシャ様が従姉妹である愛香様から譲り受けた匂い袋のことです。その柘榴と茉莉花の香りがお蝶に、そして私に引き継がれました。持っていても受洗したことには誰にも気づかれぬでしょう。願わくば、そなたが「金泥の図」に関わり、それが人々の目に触れ安寧を感じさせる日が来ることを天国で見守っています。お玉へ。母松より』
(お松の二通の遺言終わり)

「母上・・・・・」
「・・・お玉、そういうことじゃ」
「承りましてございます。今は言葉にはいい表せませぬ」
「わかっておる」
「父上、佐々木小次郎様とは如何に・・・」
「細川家の小倉藩で剣術の指南役をしておった父佐々木小次郎は、後に士官してきた宮本武蔵殿から果し合いの話が来ての、双方の弟子たちからどちらが強いかということになった。藩主は物は試しといい、評定役を設けて巌流島で決闘したのじゃ」
「それでどちらが勝ったのでございまするか」
「噂では宮本武蔵が数人の弟子を連れて待ち伏せと焦らす作戦をたてて、小次郎が焦って隙を突かれて一度は倒れた。しかし、小次郎は反撃に出て武蔵は負傷して逃げていきおった。小次郎のほうが優勢だったのじゃ。しかし決闘で疲弊したところに評定の目を盗んで、武蔵の手勢が後ろから小次郎を殺めた。武蔵の弟子たちは評定に正当性を誇示し、そのまま武蔵殿の勝ちとなった。これでは小次郎(父は)は藩の指南役から除かれたということじゃ」
「小次郎殿は不憫でございましたなぁ」
「巌流の燕返しの剣はそなたの体に宿っておるのじゃ・・・」
「お戯れを・・・」
「その証拠にそなたの立ち振舞は父によく似ておる」
「柳生巌流でございますね・・・」
「ははは、よく言うのう・・・」
「さすれば、わたくしの養子のことでございますが・・・」
「養子?」
「そうでございます。凛様に探幽様からの書状が届いたとお聞きしておりますれば・・・」
「・・・・・・」
「凛殿への養子の件良しなにお願いいたしまする」
「あまり無理をするでないぞ。強制などワシにはできぬ」
「幕閣である父上が身内に受洗者がいたとなれば、上様も庇いきれぬでしょう。知らぬ間に受洗のわたくしがこの家に居られるのは無理難題・・・」
「そなたを離しとうはないが・・・」
「凛様は上様には覚え目出度いと聞いております。わたくしが養子になれば叶家は疑われますまい・・・」
「そうは申してもな・・・」
「そうされませ。凛様がわたくしを受け入れてくれなければ、剣の道を極めまするゆえ・・・」

(涙を流す五郎左衛門)

「そこまでとはな・・・」
「大丈夫でございますよ。お玉には大勢の江戸のお仲間が多ございますから・・・」
「お玉はたくましいのう」
「そこで、父上に娘として最後のお願いの儀があります」
「一度だけでも大阪の崇禅寺に曽祖母の供養に行きとうございます」
「大阪・・・。誰ぞに聞いた?」
「師兄様でございます。お噂で耳にしたとか・・・」
「あの挿絵師か・・・」
「幕閣の方々に根回しをしていただき、早馬と二人の手勢をお借りできればと・・・。十日いただければお戻りできますれば」
「あいわかった。早駕籠では十日では戻れぬな。よし、任せておけ」

(十日後、与助の荒い声。安寧画塾)

「先生、叶様のお屋敷に早馬が三頭到着したとのことでございます」
「それがどうしたというのじゃ。お玉殿のことはもう諦めておる」
「そうではございませぬ。お玉殿が・・・」
「与助や、そんなに声を荒らげてではよくわからぬではないか」
「お玉殿が家来を連れて大阪から帰ったとのことでございますれば・・・」
「はて、大阪とな・・・」
「四日も早馬で、合わせて十日にございますな・・・」
「お玉殿が江戸と大阪を行き来したというのか。なぜなのじゃ」
「よくはわかりませぬが、町人の言うには崇禅寺までという噂で・・・」
「なぜそこまでして・・・」
(菱川師宣が訪ねてきた)
「こちらにお凛さんはいらっしゃいますかね」
「どちら様で・・・」
「お玉殿の義兄でござる」
「はて。そう申しますと・・・」
「凛殿に刺繍の下絵職人といえばわかるでしょう」
「菱川殿か・・・」
「凛殿でござるか。いつもお玉殿がお世話になっておりまする」
「お世話になったではござらぬのか。もうここには戻っては参らぬ」
「はて、そのように申されても。お玉殿から火急の書状を預かりました故・・・」
「書状とは?」
「この十日間のことや自身の身の振り方についてでございましょう。拙者にも十日前に相談に来られたゆえ大体はわかりますが」
「お玉殿は息災であられたのか」
「はい、あいも変わらずお転婆で明るい女人でございます」
「それだけでも良い。息災であればな・・・」
「お玉殿どうされた?」
「なに、お玉殿と初めてあったとき、なんか気持ちが騒いでな、元気になりよるのが嬉しく思ったものじゃが、ガラシャ様や祖母様や母上のことでよけなことで口を滑らしてしもうてな。気が動転したのじゃろう。おまけに分けのわからぬ養子話では余計に混乱したじゃろう・・・」
「本人もようわかっておいででしょう。思い立ったらとことん突き進むお転婆ですからなぁ・・・ははは」
「菱川殿、笑っている場合ではない・・・」
「番長狩野凛様、もっと気を楽にしなさいませ。拙者は街中の年頃の娘の見返り姿をいつも写生しておるゆえ、気も安らぎまする。絵というのはそういうものでござる」
「そなたは下絵職人とはいえ、人物画が得意と思われるが・・・」
「まだ三十路を迎えたばかり。まだまだでございますよ。庶民が喜ぶ絵を書きたいだけでございますよ・・・」
「今は流浪の絵師でも、そなたは大成するやもしれぬな・・・」
「先のことはわかりませぬ。修身は怠れませぬが・・・」

(凛がお玉の書状を読む)
「わかり申した。わざわざ書状を、痛み入りまする・・・」
「それでは確かに届けましたぞ。いずれまた。失礼つかまつる」
「これがお玉殿の書状か。なんのことじゃろうな。
(お玉の書状)
番長狩野凛様。叶玉より。此度は十日間もご無沙汰になり失礼いたしました。実は父上が幕府の早馬を出して、突如わたくしを江戸と大阪に遣わしたのでございます。仔細は今は言えませぬが、また安寧にもどりましたらお話しとうございます』
「お玉殿が戻ってくるのじゃな」
「よろしゅうございましたなぁ」
「鴨居をもうすこし高くせねばいかぬな」
「いつまでもおでこ姫ではいけませぬからなぁ・・・」

(数日後、お玉が安寧画塾に戻り、事の詳細を凛に告げた)
「お玉殿か・・・。よう戻ってきよったな」
「お凛様・・・」
「また仲良うやってくれるのか・・・」
「よろしいのでございますか・・・」
「そなたがおらぬと生きる心地がしないでな。また一緒にしばらくいてはくれぬか・・・」
「しばらくでございますか・・・」
「そなた仔細は存じて申しておるのか・・・」
「さようでございます。その前に母上の遺言書をお読みいただけませぬか。そしてこの匂い袋も。なにか意味がござりますのか・・・」
「遺言とな・・・。匂い袋?」
「生まれて以来、この匂いが体から離れませぬ。振り袖にも染み込んでおりまする・・・」

(しばらく凛は言葉をなくしている・・・)
「凛様、如何されました?ご迷惑でござりましたか・」
「そうではない。昔のことを思い出したまでじゃ」
(凛は乱の後、阿賀北の城に逃げのび、しばらくして五歳のときに永徳様へ弟子入りしたおり、同じ匂い袋を身に着けていた)
「これは・・・」
「そなたが持っている匂い袋と同じじゃ。永徳様はその当時、愛香様を嫁がせて以来憔悴しきっておいでじゃった。そこに愛香様からいただいた匂い袋を嗅いだ途端、元気になりおってな、幼心でも驚いたものじゃ」
「それでは曾祖母様のものと同じでござりますのか・・・」
「そういうことじゃな・・・」
「だとしても、凛様はわたくしがキリシタンだと申したら上様は黙っておられますまい・・・。凛様にもご迷惑を・・・」
「そなたは知らぬ間に受洗させられたのじゃ。子を思う母の気持ちもわからぬではないが・・・」
「そうではございまするが。でも・・・」
「心配には及ばぬ。そなたが絵師の道に突き進めば問題なかろう。何を信じようが自由ななずじゃ。治世の移り変わりで右往左往する暇はないぞ・・・」
「それでは・・・」
「この凛からも頼み申す。我が娘になってくれぬか。そしてこの画塾を継いではくれぬか・・・」
「お凛様・・・」
「おでこ姫には涙は似合わぬぞ。よろしくたのむ・・・」
「こちらこそでございます」
「しかし、この老婆では先が思いやられるぞ。得るものは何も無いやもしれぬ。それでも好ぃと・・・。積もる話はこのさき幾らでもできようぞ」
「はい・・・」
「そなたの養母ではなく養婆なのじゃぞ」
「それではお婆様とお呼びいたしますれば・・・」
「それでは響きが悪い。やはりお凛ではいかがじゃろうか・・・」
「お凛様」
「お玉」
「そうですよ。呼び捨てでお願い致しますれば」
「しばらくなれぬがな、ほほほ」
「おほほほ・・」
(こうしてお玉はお凛の養子になった。お凛はお玉に在りし日の柘榴様から聞いた母の話を語り始めた)
「金泥の図の前にふと母の話をおもうだしてのぅ。聞きたいか?」
「聞きとうございます」
「この凛はまだ生まれておらぬ時のことじゃが・・・」

(1559年、高野山、清浄心院の宿坊、上杉輝虎・越後府中御新造様お泊り)

「椿、よく眠れたかの。昨日は久しぶりの義輝様と歓談して気持ちがスッとしおったぞ。名も輝虎を頂戴された・・・」
「殿、此度は戦国一の絵師にもお会いになられてようございましたなぁ」
「そなたがワシのそばに居てくれよったから、何事も良き運びとなったのじゃ。礼をいうぞ」
「痛み入りまする。そのようなこと・・・」
「そなたの父は軒猿の棟梁だ。くノ一として小さきころから育った立ち回りで、ワシの身辺を守ってくれるのはありがたいが、そろそろワシの子をもうけてくれぬか。齢も二十を半分は越しておる」
「殿、それは・・・」
「わかっておる。そなたは長き間ワシの御前であるが、家臣にはわけあって知らせずにいたのじゃ。御前でないときは柘榴というくノ一は難儀であろう。子を産めば城で大威張りで過ごせるというもの。どうじゃ」
「殿・・・・・」
「どうした椿。具合でも悪いのか・・・」
「殿、わたくしに変わって若い御前様をお迎えくださいまし」
「なぜなのじゃ、わけがわからぬぞ」
「それは・・・・」
「早く申せ・・・」
「大医に診てもらいましたところ子を産めぬ体になっておりまする」
「椿、どうして黙っておったのじゃ」
「すみませぬ」
「子のことは許せ。いなくてもよいのじゃ。養子は五人もおる。そなたがいればワシはなんとか生きてゆける。そばにいてくれ・・・」
(回想終わり)

(安寧画塾)

「凛様、わたくしめはこう見えても、涙もろいおなごにございますゆえ、椿様には心が痛みまする・・・」
「お玉殿とやら。女剣士の涙じゃな。しかし、これで話は終わらぬぞ。おなごとおとこの心の移り変わりは剣の道や絵師の道にも通ずるのじゃ。この老婆の話をもう少し聞いてみぬか・・・」
「良きお話になればいいものを。どうなるのでしょうか・・・」

(1559年、高野山、清浄心院の宿坊)

「殿は越後や日の本をお治めなされようとされる方。いつまでもくノ一のおなごを相手にしてはいけませぬ。正式なご新造様をお迎えなされませ」
「椿、それはできぬぞ。そなたはどうするつもりなのじゃ」
「父の下で殿をお支えいたしとうございます」
「また柘榴というくノ一に戻るのか・・・」
「はい・・・」
「許せぬが致し方あるまいな。それならばワシの願いを聞いてくれ」
「どのような」
「このところ、軒猿のなかに間者が入っておると聞く。そなたの父は棟梁ではあるが、軒猿には直江景綱を慕うものが半数はおる。それを監視する部隊が必要なのじゃ。直江だけではない。反旗を翻す者もいないとも限らぬ。新たに部隊を作りたい。ワシの秘密の精鋭じゃ。名を軒龍(のきりゅう)と申す。他言は無用じゃ。女棟梁としてやっていけるか」
「殿・・・・・。お任せくださいませ。この命差し上げまする・・・」
「さすれば隠密ならば顔を合わせられるではないか。難儀な仕事じゃが」
「殿・・・・・」
「もう何も言うな。これで気持ちは楽になったであろう。わしも齢三十となる。どこまで行けるかの・・・」
「どこまでも次いていきまする・・・」
「さ、固めの盃じゃ。今日は一晩飲み明かそうぞ・・・」
(回想終わり)

(安寧画塾)

「凛様、話が違いまするぞ。悲しき出来事ではありませぬぞ・・・」
「お玉殿、人の情は奥が深きこと肝に命じるのじゃ・・・」
「そういう殿方なら、このお玉のりまするぞ」
「それが玉の輿じゃて・・・」
「凛様は面白きことを・・・。さ、お茶をもういっぱい・・・」
「その前に、お玉殿に申しておくことがあるのじゃが」
「なんでござりましょう」
「そなたの父上から書状が来ておってな。ここ安寧画塾でしばらく修行をせよと仰せじゃった。そなたの曾祖母様はガラシャ様で、その長女お蝶様じゃが、秀次殿の騒動で前野殿から離縁させられたのじゃ。お蝶が離縁する前に産まれた子は叶殿の養子となり、そのお松殿がそなたの母上じゃったな・・・。この話はいたさねばよかったのかのう」
「そのお話は、先に聞き及んでおりますれば」
「そうであったな。そろそろこの凛にもお迎えがきておるようじゃ」
「お戯れを・・・」
「養子の件じゃが・・・。無理をせずともよいぞ。修行だけでもよい。しばらく寝起きをともにせぬか。気晴らしにはなろうて」
「さすれば。わたくしとしては凛様に教えを請いたいと存じてはおりまするが。もし、絵筆の才がなくば遠慮のういってくださいませぬか。養子のことはそれからでも。値踏みは慣れておりますゆえ・・・。色々とお話を賜りたく思いますゆえ・・・」
「齢十六とは思えぬな。そなたも苦労したのであろうが、顔には微塵も表さぬ気立ての良さと思い切りの良さは、絵師にはなくてはならぬものぞ。それにおもしろき貴人じゃ。ガラシャ様譲りじゃな。それだけでは太刀打ちはできぬがな。与助というものは身の回りの世話をしてくれておるが、よろしいか・・・」
「そこまでしていただけるとは・・・。痛み入りまする・・・」
「さ、お茶を。うまい笹団子があるでな」
「次は愛香様と道満丸様じゃ。話が長くなるぞ・・・。母から聞いたものだが、薄っすらとした記憶を辿ってな・・・」
「許嫁の仲ときいておりまするが」
「わたしが生まれて間もないころかのぅ。道満丸様は歳が四つ上じゃから」
「元亀二年(1571)足すことの四でございますから天正三年(1575)が凛様が誕生」
「元亀二年から四つ引いたらどうじゃ」
「永禄十年(1567)でございまする」
「それが愛香様の生まれ年じゃ。道満丸様は元亀二年じゃからな、愛香様は四つ年上じゃな。しかもガラシャ様とは従姉妹にあたるゆえな」
「椿御前様は其の折には軒龍にて暗躍でしょうか」
「そなたは鋭いお転婆じゃのうぅ。母が申すに、柘榴と茉莉花の香りで謙信様は柘榴に名を変えた椿御前様の気配を感じたのだそうじゃ。永徳殿と愛香殿が見えられたときは臣下に扮装しておったようじゃ」
「愛香様はガラシャ様のお従姉妹でおられたのですね。どういう方だったのでしょうか・・・」
「母からの聞き覚えじゃが・・・」

(回想)
 この記憶は母からの文を元にしていますが、時は一五七六年に遡ります。冷たくて清浄な春日山の空気が漂うある春の日。永徳の娘・愛香と道満丸の許嫁がきまり、永徳はそのお祝いとして屏風を携えてまいりました。信長様からの安土山之図は下図がすでに出来ており、永徳様は二つの屏風を春日山に運んで来たのです。両方とも下図でありましたが、二十四枚もの下地も出来上がっており、構図の線画と着色指示書も用意していたそうです。金箔の絵の具はなく柘榴の皮から煮出しして、自然に金色の光沢を現す術を永徳様は見出していたのです。
 凛は一五八〇年齢五つの時に謙信様の妹である鳴海院様の口沿いで、永徳様に弟子入りをしていました。永徳様は愛娘の愛香様を道満丸様の許嫁にして以来、日々喪失感を抱いていたが、幼き凛の弟子入りで凛は娘のように育ててくれました。

「御屋形様、永徳殿が参られてございます。大きな荷車もありまするが・・・」
「なんであろうな。二年ほど前にも佐々市兵衛殿が持ってきたものと同じ大きさじゃが・・・。勘五郎中身はなんじゃ・・・」
「おそらくあの洛中洛外図に似た屏風でござりましょう」
「本丸に置いてあるが、此度はなんであろうな。濃越同盟の証といえども、信長殿も懲りぬかたじゃ」
「どういたしましょう」
「そのことは後でよい、とにかく本丸まで上がっていただこう・・・」
(永徳が謙信に挨拶)
「謙信殿、しばらくでございます。此度は信長殿の仲立ちながらお世話になり申す」
「永徳殿、良う参られた・・・。して、その子が愛香殿か・・・」
「謙信様には息災でございましたでしょうか・・・」
「愛香ともうされたな。齢はいくつじゃ」
「九歳にござります」
「道満丸の四つ上じゃな。春日山城はどうじゃ。ともに仲良くしてもらえぬか。皆心から待ち望んでおったのじゃ」
「痛み入りまする。父上も喜んでおりまする。愛香も嬉しく存じまする」
「永徳殿、なかなかハキハキして良い子じゃ。わしの御前も気にいるであろう。いま席を外しておるでな、後で挨拶にくるはずじゃ」
「それには及びませぬ、御屋形様。そこにおわしますれば・・・」
「はて、ここには家臣しかおらぬが・・・」
「御前様よろしゅうお願いいたしまする」
「これ、愛香、失礼ではないか。御前様はおらぬのじゃぞ・・・」
「永徳殿、もうよい。そなたの子はさすがじゃな。見破るとはな・・・」
「椿、もう良いぞ。芝居はやめじゃ・・・」
「それじゃ、やっぱり・・・」
「愛香殿、どうしてわたくしがわかったのじゃ?」
「・・・それは・・・・」
「遠慮のう、申せ・・・」
「扮装した御前様の香りでございまする」
「と申すと・・・」
「実は信長様がぜひ謙信様にと、お持ちいたしました」
「はて、なんであろうの」
「安土山の図と春日山の図にございます」
「安土山と春日山の図とな・・・はて・・・」
「さようでございます。合わせて金泥の図でございます」
「二つあるのか?ぜひ見てみたいものよのう。それと、椿御前の香りとはどういうことなのじゃ」
「二十四尺が四つもあるではないか」
「これが目録の図でございます。左側の六曲一双は紙本金地著色(しほんきんじちゃくしょく)と申し、安土山の図でございます。金色を基調にして天守閣、城下町、領民たちの日常の世界でございます。これは目下信長様の綿密な指示のもと弟子達が描いており、安土城が出来上がるまで五年はかかりましょう。ここにお持ちしたのは、私が直に描いた安土山の金泥の図でございます。信長様への献上品の図は弟子たちが手掛けておりまする。それとヴァリニャーノへのバチカン用の絵図もござれば、合わせて三つございます。ここにあるのは本物の図でございます」
「右の六曲一双のほうはどういうものじゃ」
「安土山の図屏風は四尺(1.2m)の小さき箱におさめてございます。しかし、この春日山の図屏風はまだ下絵の段階で線画のみで着色はしておりません。おそらく金色の逆の色調になるでしょう」
「はて、どういうものになるのであろうな」
「わたしたちが金色に見えるのにはわけがございます。金は緑色より短い波の光が、青色や紫色を吸収して、黄色や蜜柑色を強く反射することでまばゆく輝きます。それが優雅な伝統のある権力の象徴などを誇示するのでございます」
「その逆とはいかがなものなのじゃ」
「黄色や蜜柑色の光を吸収して、緑より短い波の光が反射する紺の色か紫の色となりまする」
「難しい話は苦手じゃが、拙者が思うに、その右のほうとやらの屏風は毘沙門天、多聞天に合うものではないか・・・」
「そうでございます。わたくしが心底描きたきものでございますれば・・・。」
「あいわかった。さて、椿のほうじゃが・・・」
「こちらにお運びした金泥の図の柘榴と茉莉花の染料を臣下の方にお渡しし、その香りが身に付いたのでしょう。衣装のなかから感じましたゆえ・・・」
「よくわからぬが・・・」
「御屋形様、その図には細工がありまして、柘榴と茉莉花の青苧に包まれて、その香りが移ったのでございます」
「香りでわかったというのか・・・。さすがは日の本一の絵師の娘じゃ」
「申し訳ございませぬ」
「愛香とやら、さすれば、これまで父上に教わっていたのじゃな」
「絵師の修行ではございませぬ。お手伝いでございまする」
「はて、永徳殿、それは・・・」
「この箱に安土の絵図と屏風が入っておりまする」
「わたくしが描いたものを屏風に貼り付け、完成させる表具師というものでございます。絵師と表具師で屏風を完成させますれば・・・」
「屏風にそのまま描くのではないのか」
「まず下絵をつくり、着色をして描いたものを部分ごとに表具師が貼り付けて完成いたしまする」
「以前信長殿が送ってきたその洛中洛外図と同じ大きさになるのじゃな」
「信長様も下図を見ておりますゆえ・・・それに基づいて弟子たちも残る二つも描いておりまする」
「ならばありがたくいただくとしようかの。これで二つ目じゃな。合わせると優に五十尺(15m)が二つか。まだ未完成の図が出来上がるのが目に映るようじゃ。急がずとも良いがそなたが京に帰ったら誰がこの屏風描いてくれるのじ」
「わたくしが時折京から馳せ参じましょう。安土山の図は五年はかかりそうですが、春日山の図は愛香と連れてきた二人の弟子で任せましょう。着色の指示はしております。時おり私も目を配りますゆえ」
「愛香殿と道満丸の安寧の絵図とな」
「金色の対峙色で柘榴と茉莉花の香りのする安らぎの屏風となりましょう。安寧への祈りの意味もございますれば」
「これで本丸も手狭になるわい・・・。五年後が楽しみじゃ。三郎景虎、妙御前もよろしいな」
「謙信殿、痛み入りまする」

(少し茶を呑んだあと・・・)

「それと愛香殿は道満丸の許嫁とな・・・」
「愛香の実母お雪は産んだあとすぐに亡くなっており、愛香は母親の顔をしりませぬ。この永楽たってのお願いでござる。こちらでお仲間に入れてもらえぬでしょうか」
「永楽殿、何を言う。そなたとは二度目の上洛で義輝様との仲立ちで知り得たなかじゃ。あれからもう十五年じゃ。早いものよのう」
「かたじけのうござりまする」
「こちらこそじゃ。聡明で賢い、それに美形な顔立ちじゃ。心根が真っ直ぐで年下の道満丸には良き相手じゃ。愛香殿、よそしくたのむぞ」
「恐悦至極に存じあげまする」
「お行儀のよい子じゃな。それでは、皆を紹介するでな・・・」
「三郎景虎と申す。道満丸の父でござる。弟、妹、これは継母の華御前、あちらは側室の妙御前、子の凛と申す。まだ齡一つでござる」
「良い眼をしておりまする。愛香の生まれ変わりのようでござる」
「景勝でござる」
「御屋形様の妹、加地城に嫁いだ鳴海院でござる」
「御舘におる上杉憲政でござる」
「改めて、椿御前でござりますれば、実を申せば今は離縁して裏方での命を受けておりまする」
「はては軒猿でござりますか」
「いえ、それは申し上げられませぬ」
「永徳殿、今は出家したも同然のワシの身の回りの仕事ぞ・・・。」
「ところで、愛香と春日山の六曲一双の屏風に仕立てとうございます。何日か場所をお借りできませぬか」
「それなら、愛香殿と御舘でしばらくお泊まりなされ。のう憲政殿・・・」
(回想終わり)

(安寧画塾)

「母から聞いた話を思い出したまでじゃが、その屏風は洛中洛外図と同じ壮大なものじゃったそうじゃ。柘榴と茉莉花の染料を使った麗しき香りの屏風だったそうじゃ」
「凛様、画房のこの下絵はひょっとして春日山の・・・二十四尺もありまする」
「そうじゃ、母の記憶を頼りにな・・・。そなたが来るまでは記憶が止まっておったのじゃが・・・。」
「六曲一双は春日山の図でございましょう」
「下図でもわかるか」
「民の絵が何千も見えまするが、洛中洛外風にも・・・」
「安土の方は記憶は確かじゃが、母からは春日山の方は愛香様と道満丸様の絵も入っておると聞いた。永徳様がそうおしゃったそうじゃ。わたしが母上と一緒に見たのは、一五八〇年のころじゃ。わたしは加地城の鳴海院様の計らいで永徳様の弟子入りをそておった。五歳の頃じゃった。もの心がついて絵を見るのにも肥えてきていたのじゃ。永徳様は快く受け入れてくれての、実の子の様に厳しく叩き込んでくれておった。それがこの老婆の姿じゃ・・・」
「そのようでございますね・・・」
「これ、少しは殊勝にならぬか。褒めるとか、貶すとか・・・」
「それはそうと、この六曲一双は、筆を走らすと勝手に線と色が動くみたいで・・・」
(お凛はお玉の白い手先が魔法のように動くのを感じていた。やはりこの娘はただものではない・・・と)
「それはありえぬぞ・・・」
「やってみまするか・・・」

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※別バージョンのあらすじ(控え)

第二章:受け継がれる遺言と、宿命の調合(あらすじ)

凛の養子になる話に戸惑うお玉は、まず義兄のように慕う絵師・菱川師宣を訪ねます。師宣は、かつてお玉の母・お松が祈る姿を描いた絵を手渡し、「父に真意を問え」と背中を押します。

意を決して父・五郎左衛門に向き合ったお玉は、母が遺した二通の遺言状を託されます。そこには驚愕の真実が記されていました。お玉の体には、明智光秀の妻・煕子の妹であるお雪(狩野永徳の想い人)からガラシャへと繋がる血脈と、実は父の家系を通じて佐々木小次郎の剣技が宿っていること。そして、お玉が幼少期に密かに「受洗」していたという禁教下の秘密でした。母・お松は、娘が戦国の灰の中から「真の安寧」を描き出すことを願い、老絵師・凛を訪ねるよう書き残していたのです。

己の宿命を悟ったお玉は、父の窮地(受洗の露見)を救うためにも凛の養子になる決意を固めます。凛は、お玉から漂う「柘榴と茉莉花」の香りが、かつて永徳が描いた**「金泥の図(春日山之図)」**と同じものであることに衝撃を受けます。それは、若き日の上杉謙信と隠密・椿御前の切ない愛、そして愛香と道満丸の安寧への祈りが込められた幻の香料でした。

凛から戦国時代の秘話を聞かされ、時空を超えた縁に震えるお玉。彼女が画房の下絵に筆を走らせると、まるで魔法のように線と色が動き出します。老絵師と天真爛漫な「おでこ姫」による、幻の屏風再現への挑戦が幕を開けました。


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★本編

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

第六章

第七章

第八章

第九章

第十章

★巻末資料
https://note.com/cool_arnica9767/n/nd211f86ec171
https://note.com/cool_arnica9767/n/n2181bf87ce57
https://note.com/cool_arnica9767/n/n57a8e11f9000
https://note.com/cool_arnica9767/n/n710a63305c41

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