現代を考える 過去から未来へ
『現代』ってよく聞くけど、これはどこからどこまでの話なんだ?
あんまりよく分からない。
『近代』とか『古代』とかもよく聞くけど、そこよりは新しい時代のことだと思う。
昭和とか平成みたいに、何かの区切りで更新されたりするのか?
今から500年後なら、2026年は現代じゃなくて、近代になるかもしれない。
人類が生まれる前まで遡り、類人猿がテレビのコメンテーターをして、「ふむふむ、なるほど。これは現代の闇ですね」とかいうのは、間違いになるんだろうか。
…「辞書で調べろ」とか言われそう。
答えを知りたいなら、確かにね。
この記事を書き終わって、スマホで調べれば済む話だけど…
たぶん私は調べない。
夏休みの宿題に手を付けない子供みたいに。
意味が分かる時が私に来るのは、たぶん、ずっと先の話。
私にとっては、来るかも分からない未来の話。
既に『現代』の答えを知っている人がいたなら、それは私にとって未来の人。
未来人に聞けば、何でも知っているかもしれない。
未来からの知識なら、皆の悩みを解決できる回答も出せたりするのか?
例えば、楽して生きる方法とか。
でもそんなのAIが得意そうだし…
正論ばかりじゃ飽きちゃうし…
意外と聞きたい事は無いのかも。
雑談ぐらいか?
逆に、私からみた『古代の人』はどんな人の事になるのか?
私の歴史を参照すると、小学生時代はすでに古代と呼べるかも。
現在時空で小学生の人は、私にとって『過去の古代人』。
今時の学生と私の共通の話題…
何も無いかもしれない。
昔と今の違いは、話題にしやすいけど、老害とか呼ばれてしまいそう。
「歴史を変えるような発言が出来ないお約束」もあるかもしれない。
そうなると、時代が違ってもあんまり関係ない会話になりそう。
…やっぱり雑談くらいしかできない。
いつの時代も、人は人で変わらないのは、歴史が証明してるのかも。
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ただ単に、私がただの喋り好きだっただけの話なのかもしれない。
大人になるのは…できれば避けたい。
子供みたいに抵抗してるだけなのかも。
