純文学?
「純文学」って何だろう?
良く分からない。
私の書いてる記事は、たぶん違うはずだけど…
私が無知なばっかりに、自分で判別することが出来ない。
本人が気付かないうちに、うっかり該当してしまってたら、どうしよう…
誰かに怒られるのかも?
気ままに書いてただけで、勝手に「純文学」になってしまっていたら…
本を読んでいた時に、文学にも”純”が付くものがあることを知った。
そもそも、”文章”とか”記事”でもなく、”文学”と言うだけで、何か崇高な感じが出てしまう。
”純文学”とまで昇華してしまえば、賢さが過ぎる。
当時、気になって「純文学」を調べてみたが、良く分からなかった。
いや、少しはちゃんと調べたと思う。
「純文学は定義がはっきりしていない」という、「よく分からない」という事が分かった。
…?
この文章の事?
今、一瞬うっかり近づき過ぎた気がしたけど…
しかし、良く分からない定義なら、向こうが勝手にぶつかってきただけだから、私の過失だけという事にはなるまい。
純文学とは「商業的ではない何か」と言う見解もあるらしい。
でもそれなら、note内を探せば、ほとんどが当てはまる。
純様はそんなに多い訳は無いと思う。
何か別の、決まった孤高のルールがあるはず…
…そういえば思い出した。
『時をかける少女』とかで御馴染みの、筒井さん。
あの人が「純文学とエンタメの中間」という文章を読んだことがある。
記憶を参照すると、思い当たる事がある。
セリフとか配役を書いた、台本そのままの記事。
小説の一単語だけ赤色に印字する。 など。
普通の小説から、どこかしら外れれば、純がつくのか?
そういうトリッキーな事が必要なのかもしれない。
でも別の誰かは「変な事はしないで、普通に文章書きなさい」とか言ってた。
基本的には、私もそう思う。
…いや、本当に。
私が純様を読んだとしても気づけないと思う。
”様”を毎回つけるのもメンドクサイし…
私にはどれか分からないけど、別の誰かが読んだ感想なら、時々流れ出てくる。
「なんか、良く分かんなかった…」
…それは、イイモノなのか?
「人を選ぶけど、深く刺さるモノ」が純文学?
「寝てる時の夢は、人から聞かされてもツマラナイ」とか、そういう話?
結局はハッキリしない。
それなら、読んだ後の感想文に価値があるのかも…
今回の私の記事は、作文技術で落第するはずだから、純文学ではない。
でも、中身はどうなるんだ?
自覚は無いけど、勝手に純文学になったりするのか?
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当時、中学生だった妹はバレーボール部だった。
小さい学校だから、密度が薄くて、どの部活も弱い。
三年生になって、引退間近な大切な試合。
消去法で部長に選ばれた妹も、試合に出ていた。
対戦相手は地元の強豪。
試合は劣勢。
無得点での敗北が濃厚。
追い打ちか、引導か…
相手のエースがスパイクを叩き込む。
トロい妹は、身動き出来ない。
強烈なボールが妹の顔面に直撃した。
バシン!!
「マズい!」と同情したのは、相手も同じだったか…
一瞬の硬直と沈黙。
全員の視線が、痛そうな顔に向かう。
「大丈夫なのか?」
…ぽて
顔面に直撃したボールは、そのままフワリと相手コートに落ちていた。
…サラっ
0から1へ、めくられたスコアボード。
我に返った観客の、大きな歓声が巻き起こった。
アッパレ妹、部長の責務は果たしたな。
純文学が何かは知らないけど、痛いなら別にイラナイ…
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