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継ぎの目で、服を見る―骨折中に進めた金継ぎ家のクローゼット整理 


不注意で骨折をしてしまいました。
家から出られない間に服の整理を進めましたが、一連の流れを振り返ると軸が別にあったことが見えてきました。
その先にあったことは何だったのか、気づいたことをまとめています。


まさかの骨折

2月に、小走り途中アスファルトの窪みに足を取られ、グネった際に左足の第五中骨(甲の小指側面)骨折を起こし、1ヶ月仕事をお休みせざるを得なくなりました。

大人になってから3回目の骨折です。

まだ出産前、会社の仲間と露天風呂へ行った際、滑って右手の甲を石で強く打った時と、自転車でまだ幼い子供達を前と後ろに乗せてバランスを崩し、自分の右膝だけで3人分と自転車の重さを受け止めた時。

手の時は骨折とは思わず、痛みがなかなか引かないので負傷してから1ヶ月後の診察で判明し、すでにつき始めていると診断。
右膝の負傷時はギプスができない位置だったため固定だけしていただき、痛み止めを飲んでなんとか睡眠が取れる状態のまま家事をこなしていました。

そんな経験もあって、怪我の翌々日に整形外科で内出血が引くまでの添木の固定処置をしていただくと、痛みもずいぶん引いていたので、まあ、家で仕事はできなくはないかとたかを括って動いていたのですが、その日の午後に急な膀胱炎症状が出始めました。
慌てて症状から検索していくと、骨折というのはフルマラソンを2回走るくらい体力を消耗するのだそう。全身の白血球が患部に集まり回復に全振りするため、体内に常在している普段特に問題のない雑菌が起因となって、免疫力低下による症状が現れるとありました。
そして怪我の直後はアドレナリンが出て痛みを感じにくくなっているとも。
これまでを振り返ると合点がいきます。
そして無理に動くと治りが遅くなるばかりでなく、ズレてついてしまうと後々手術にもなりかねないと知り、なんとか次の月の外部講座は再開しなくてはならないため、観念して全力で休むことにしました。

松葉杖をついての生活は不便極まりなく、ケンケンしたり這って移動。ご飯は上げ膳据え膳。普段の家事は家族にできるだけこなしてもらう。少し作業をして、眠くなると横になり寝る。
しばらくは布団を敷いたままで過ごしとにかくひたすら休んで、寝る。

腫れがひき、ギプス固定ができたのは10日後です。
ようやく杖から解放され、左足をついて移動ができるようになったことで、稼働は格段に効率良くなりました。
そこで、しばらく家から出られないならと、骨折する前から進めていたことを再開することにしました。
のんびりとサブスクで映画を見ることでもなく、読みかけの読書や知識のインプットをすることでもない。
我がクローゼットのテコ入れ計画です。

着るものへの意識

去年の半ばあたりから、母の介護や愛犬の体調のこともあり、仕事の形や今後やっていきたいことについて、少しずつ自分の中で整理が必要と感じることが多くなりました。その過程で、金継ぎの方向性がもっと伝わるよう、分かりやすく見える形にしたいと、今年に入りまもない頃、ある方に相談をし話を聞いていただく機会がありました。
その際「見せ方を多方面から整えるとよい」という助言をいただいたのですが、装いも整えるというニュアンスを自分で感じ取りました。
見られ方について意識するということと、着るものにも自己の表現をということでしょうか。
金継ぎの仕事は、作業着のような格好で十分です。むしろ漆がついてしまうことを考えると、汚れても良い服装でした方が気兼ねなくできる。
けれど、人前に立つ場面が増えるのであれば、それにふさわしい整え方も必要だろうという思いも立ち上がります。もちろん今までふさわしくない格好だったということではないのですが、もう少し服装に自己の表現ということを加味して良いのではと思い至ったのです。

始まりはウエスタンブーツの修繕

それは昨年9月にビンテージのウエスタンブーツを修理に出したこととも繋がっています。

記事を書いてから一月後にブーツが戻ってきました。

オーストリッチの赤を染め直して深みのある濃い茶の色に
細部まで美しい


時代を経た存在感に改めて気づきます。
無骨で力強く、手持ちの服のどれに合わせても引き締まる。
長年憧れていたジャスティンのウエスタンブーツです。
古いままでも味わいがあったのですが、目の前に現れたブーツは潤いが蘇り、擦れた部分も直されて、すっかり生まれ変わった姿になっていました。職人の仕事というものを改めて思い知りました。

素材の良いものは手入れを重ねることで、経年変化の美しさにつながる。

クローゼットの見直しを進めると決めた時に、ウエスタンブーツの修理後の姿が浮かびました。少なくとも10年は着たい。10年後でも似合っているもの、経年変化に味わいを伴うもの、という軸を据えたのは、この時点です。場が来てから慌てて整えるのでは、選ぶ時間が足りない。自分に馴染ませる期間も必要だと思い、一つずつ確かめながら進めることにしました。

波及する整理作業

はじめは、冬物を少し追加する程度のつもりでしたが、集中すると深掘りする性格なので、作業は一気に春物やオケージョン対応まで進みました。
主に見ていたのはメルカリです。
手持ちの服とバランスを考え、必要なものを探します。
状態や価格の判断や買う理由の整理にAIを助手として使いました。
惹かれている理由が、価格なのか、まだ手元にないピースの当てはめなのか、ブランド名なのか。脈絡として筋が通っているかどうか。
面白かったのはそれぞれの傾向です。
ChatGPTはメルカリの写真をもとに、年齢や体型の情報を加えて着画作成に活用。校閲で使用しているClaudeはツンデレ。冷静に判断し、不要なものは再考を促します。Geminiはイケイケ。どんどん買えと煽られる。流行やブランドの背景など雑学的なことも提案。Grokはトレンドの扱いが上手。フレンドリーすぎるので丁寧に対応してと指示を出しての活用。
好みで突き進みそうになる作業を、俯瞰する際に非常に役立ちました。

過去に、よい状態のものを適正な価格でタイミングよく見つけられた成功体験があったので、今回の連続の青信号を進んでいくような、必要なものが次々と見つかる現象に気をよくして、仕事がひと段落した夜の時間をフルに使い、気づくと数日で10数点の購入を進めていました。

ところが、そのタイミングで例の骨折です。
決めたこととはいえ、自分のためだけにお金を使っていると思いながら進めていただけに、「バチが当たったか」という思いがよぎりました。
家族が使えるわけでもない、私一人のためだけにお金を使っているという感覚です。
迷いが生じる時はうまく判断ができません。
しばらくは休むことに専念します。「全力で休む」です。
よく寝たおかげで集中力も戻っています。戻ってくると、何が必要かがそれまでよりずっとはっきり見えるようになっていました。
いよいよクローゼットの見直しに集中していきます。
ギプスをつけていた三週間が、主な買い物の期間になりました。

そして勢いはそのまま、買い物だけでは終わりませんでした。
そこから靴、アクセサリーを確認しながら組み合わせを、手持ちの服をまた活用するための見直しが始まります。手に取りながらそれぞれの来歴を思い出していきます。
6連のロング淡水パールは成人祝いとして親戚からいただいたもので、死蔵と言ってもいいくらいつける機会がなかったのですが、二重に巻いてチョーカーにすれば今の流行に近くなる。

淡水パールもチョーカーも流行る時が来るとは

結婚してすぐ、友人と香港旅行で求めたANTEPRIMAのタイトなニットワンピースとMAX MARAの薄地フレアワンピースは、両方とも身体に沿う形なので、一枚では着こなせていなかったのですが、ワークパンツとの組み合わせが十分成り立ちそうです。

改めて見てみるとやはり素敵だなと思う

これは誰々からいただいた、これはいつの頃買ったものか。手元にあるものはほとんど来歴がはっきりしています。
今後仕舞い込むことなく生かしていくために、ほつれた服のリフォーム先、ニット類の見直し、踵の修理が必要な靴や、他のいただいたアクセサリーも今風に使えるよう、修理できるもの、直したほうがよいもの、組み換えできるものを確認していきます。
コーディネートにあと少し足したいものも選び、金額的には、HPをデザイン会社にお願いしようと考えていた枠を使ったことになります。
結果、当初の予定を大きく超えた作業になりました。

なぜ手元に残したいのか

この作業を進めながら、過去のことを思い出しました。

過去、いわゆる断捨離をしたことが何度かあります。
そのとき手放した物のいくつかを、後になって強く後悔しました。
もう履くことはないと思って処分したブーツが、再び必要なタイミングが来た。新しいものを買うにも市販に満足できるものがない。
趣味とは違うと手放したアクセサリーが、思い起こすとアンティークのパーツを使っていたことが今になってわかってくる。
親から譲られて、当時は趣味が合わずに処分してしまったが、今になってあれはとても素敵だったと思い起こす。

「一年間全く使わなかった物は不要」という考え方は整理の基準として使われますが、実際は短期間では判断できないことの方が多い気がします。
昔から「一生物」と呼ばれていた物は、次の世代にも受け渡しできるような、長い時間をともにする前提に作られているはずですが、その前提が今の時代と少し合わないと感じてしまうのかもしれません。

時々覗くリサイクルショップで、以前入手したシャンタン生地のロングコートもその一つです。シャンタンという名前は最近耳にしませんが、皇族の方々の式典にも使われる、シルク100%の艶やかな生地です。もともとはフォーマル向けのアウターでしたが、袖を少しまくるだけでカジュアルにも着られる。
小学生のお小遣いのような額で手に入れ、大きな肩パットを外し、肩をつめてもらうと、買った時よりずいぶんと高くなってしまいましたが、とても着やすくなり一層魅力が増しました。
ふんわりと軽く、絹の保温性があり、春のコートとして大切にしています。
横浜でシルク製品製造がまだ盛んだった80年代〜90年前半のもので、総裏地のついた高い技術力は、今では再現不可能と聞いています。
素材の質や、経年の表情は、むしろ今の製品には少ない魅力があります。

すっきりとしたテーラードコート
ボタンは生地を模したもの

今は軽さやコンパクトさが好まれる時代です。
質感のある重厚な物は、少し敬遠されることもあります。
けれど、仕様を少し変えれば、まだ十分使える物も多い。
ものを所持するのは場所も時間も余計にかかります。
けれどその時間は、愛着を持って使えるかどうかを一つ一つ確かめる時間でもある気がします。

継ぎの目で、服を見る

この一連の作業は金継ぎの仕事の軸ととてもよく似ていました。
素材で見る、文脈で見る、という金継ぎで培った目が、そのままクローゼットにも機能したのだと感じます。製法や素材に筋の通っているブランドを基準にする。古いものを選ぶこともその延長です。
意識してこなかった金継ぎ家としての装いの表現、その最初の一歩なのだと位置づけ直しました。
これまで手付かずだったクローゼットへ、強制的に休むことで経年変化の楽しみ、時代とものの背景への共感など、継ぎの思想を広げることができた。
そんな一ヶ月半だったように思います。


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