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さよなら、M11。─僕が一生使いたいLeicaは、君じゃなかった。

Leica M11を手にした日のことは、
今でも覚えている。

でも、あの日の僕は少しだけ勘違いしていた。
Leicaを買ったのではなく、
未来の自分を買ったつもりになっていたんだ。

当時、僕は間違いなく
Leicaに魅了されていた。

削ぎ落とされたミニマルなデザイン。
ブランドが持つ哲学。
Leicaというバリュー。
極上の写りと撮影体験。

シャッターを切るたびに、
写真が上手くなった気がした。

正確に言えば、
「このカメラを持っている自分」に酔っていたのだと思う。

特に、JPEGの青は僕にとっては完璧だった。
理想とする色が出てくれる。
RAW現像ですら、
JPEGの色を再現するために触っていたくらいだ。

 Leica M11

夢中だった。
疑いもなく、好きだった。

でも今なら分かる。

M11を選んだ理由は、必然ではなかった。
あの時点での最新モデル。
熱量と発売のタイミングが合った。

今思えば、
ただ、それだけだった。

好きなのに、安心できなかった

最初の1、2年は、本当に楽しかった。
撮るたびに気分が上がるカメラなんて、
そう何度も出会えるものじゃない。

それでも、
心のどこかに小さな違和感があった。

「もし壊れたらどうなる?」

修理。
ドイツ本国送り。
数ヶ月戻らない可能性。

好きなのに、安心できない。

それは微かだけど確かに、
心の中でノイズのように残っていた。

怪我が、はっきりさせた

決定的だったのは、足の怪我だった。

突然の松葉杖生活。
6週間、歩行具が外れない。
その後もしばらくリハビリが続く。

足を引き摺りながら歩く日々が続いた。
それだけじゃない。

しゃがめない。
素早く動けない。
片足でバランスが取れない。

結果として、M11は、
急に“使いにくいカメラ”になった。

手ぶれ補正がないから、
スローシャッターで撮りたくてもうまくいかない。
しゃがめないのにフラット液晶だから、
ローアングルが撮れない。

それだけじゃない。

松葉杖で移動すると、
首から下げたカメラが振り回される。
どこかにぶつけたら、という恐怖。

気づけば、M11を持ち出す回数は減っていた。
SONYのZE-V10の方が気軽に撮れるからだ。

僕は、
観賞用の文鎮を買ったつもりはなかった。

でもそのときのM11は、
好きなのに連れ出せない存在だ。

それが、思いのほかつらかった。

 Leica M11

僕が欲しかったのは性能じゃなかった

そこでやっと気づいた。
僕が求めていたのは、最高性能ではなかった。

どんな状況でも一緒にいられる相棒だ。
今メインで使っているレンズは AstrHori 50mm F2
このレンズについては別の記事で詳しく書いている。

▶︎ AstrHori 50mm F2レビュー

道具は、性能では人を支えてくれない。
状況と物語に寄り添える道具だけが、残る。

M11は最高だった。

でも、「今の自分」と噛み合わなくなった瞬間、
関係性は静かに変わってしまったのだ。

ちなみに、今メインで使っているカメラは Nikon Zf
 Leicaレンズも楽しめる万能機。

もちろん、
カメラが変わるわけはない。
変わるのは、いつだって自分だ。

一生モノの条件

手元には、
今でも手放せないフィルムLeica、M4-2がある。

派手さはない。
不遇の時代に生まれた、カナダ製の個体。

壊れたらどうしよう、ではなく、
壊れても直して使いたい。

それが僕にとっての一生モノだった。

 Leica M4-2

さよなら、M11

M11は最高だった。
でも、僕の物語の中心にはなれなかった。

憧れで選んだカメラは、心を高揚させた。
必然で選んだカメラは、心を落ち着かせる。

僕が求めていたのは、後者だった。

これは機材レビューじゃない。
選択の基準が変わった記録。

性能ではなく、
物語で道具を選ぶようになった、その節目。

ありがとう、M11。
そして、さよなら。

そして僕は、
もう一つの違和感にも気づいてしまった。

それは、技術の問題じゃなかった。

▶︎ 次回「写真がつまらなくなった理由は、技術じゃなかった」に続く


 Leica M11

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Andy|Leicaに恋して。 いただいたチップで、コーヒー飲みながら次の記事を書かせていただいております✨