ヤマトフミ(日本書記)のクニは倭から大倭へ
日本書紀の読みは「ヤマトフミ・やまとふみ」


『三国志』魏志倭人伝の現存する最古の写本には、
「邪馬台国」ではなく「邪馬壹國」と記されている。
三世紀:邪馬壹國(ヤマト)=倭(ヤマト、元はイ)≒四国、阿波・讃岐を含むクニ


「伊予二名島」の「イ」のクニ
「古事記・日本書紀」には四国のことは
「伊予二名島」と書かれています。
四国の東部は「倭国〔イノクニ〕だったのです。
ですから
紀州と四国の間の海峡を「紀伊水道」と呼ぶのです。
イヅモとイズモ
阿波(徳島)の沿岸部をイヅモという。
阿波、粟は倭(イ)の国であった。
倭(イ)をヤマトと読むのは王権が大和の地で成立してから。
