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学生66日目:年始のピリつく営業会議

みなさんこんにちは、浮雲です。

私は退職する前は外資系マーケティング会社で執行役員を務めていました。毎年、年明け1週目の金曜日は「営業会議」でした。
一言で言うと、お尻を叩かれる会議です。
本当に叩かれるわけではなく、本社や経営陣から「もっと稼げ!」と発破をかけられるという意味です。

年明けには、Q3(第3四半期)までの売上、経費、利益がほぼ確定しているため、年間目標を達成するには、あといくら足りないのかが見える状態になっています。
つまり、その不足分をQ4(第4四半期)で稼がなければならないということです。
その現状共有と、各部門への割り当てが決まります。

「浮雲のところで、あと5,000万頼む」
というような感じです。

この金額は、既存業務が当然のように滞りなく進む前提で、さらに上乗せしなければならない数字です。
つまり、既存業務だけでも大変なのに、新規プロジェクトを獲得しなければならないということになります。

その後、自分のチームで営業会議が始まります。

「あけましておめでとうございます」と言った直後に、
すぐ「年度末までに、誰がいくら積めるか?」という話になります。

「300万いけます」
「500万いけます」

という心強い反応もあれば、

「今でもギリギリなのに……」
という表情のメンバーもいます。

「わかるよ。自分もそう思うよ」
心の中では、激しく同意していました。

今流行りの静かな退職をしている人や、会社と訴訟になっていて、ほとんど働いていない社員もいて、本当に、いろいろでした。

目標は「がんばれば、なんとかギリギリ届くかもしれない」数字に設定されていることが多いです。
ただ、年によっては、どうあがいても無理な数字のこともありました。

そういう年は、社員には発破をかけつつ、裏では本社と目標の下方修正を交渉する。
その両輪で進めることになります。

仮に目標を達成しても、翌年はさらに目標が上がります。
このレースを、ずっと続けるのだろうか。
退職前の数年間はそんなうんざりした気持ちになっていました。

外資系である以上、本社への「上納」は避けられません。
加えて、アジア太平洋地域では、シンガポールの幹部が幅を利かせているのもストレスでした。

私が入社した2000年頃、日本はアジアの中で抜群の存在感がありました。
それが次第に、香港やシンガポールがハブオフィスとして力を持つようになります。

日本の経営陣は、現場のたたき上げが多く、現場の苦労を知っています。
一方、海外オフィスでは、MBAを取得し、現場経験をほとんど積まずに幹部になる人も少なくありませんでした。
短期で実績を作り、次の会社へ移っていく、プロ経営者タイプです。

社員の昇給がなかったり、昇給率が2%程度の年でも、
株主への配当が5%、6%ということもあります。
配当性向は常に5~60%以上でしたし、もっと高い年もありました。

結局、資本主義社会では、従業員より投資家が重視されるのだなあと。
それなら、いずれは投資家側に回ったほうがいいのだろうな。
そんなことを考えることもありました。

最終的には競合企業に買収されてしまいました。
ブランド名は残りましたが、なんだかむなしい気持ちになりました。

今日は、職業訓練校で日直当番でした。
「起立」「礼」「着席」と号令をかけたり、授業後に教室の掃除をしたりしていました。

毎年今頃は、あのピリピリした営業会議をしていたはずです。
それを思うと、異世界転生したような不思議な気持ちになりました。

こちらのほうが、人としてあるべき生活のようにも感じます。

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