「贅沢だ」と我慢してきた花を、別居して初めて買えた話──傷ついた心の回復への道
モラハラ、経済的DV、パワハラ、虐待、イジメ…
傷ついた心の回復に必要なこと
傷ついた心を救うために
大切なことは、
安心する場所
安全な場所で、
自分が
好きなことをすること
好きなものを買うこと
好きなものを食べたり飲んだりすること
好きな音楽を聴くこと
自分を労ること
自分を大切にすることから始めること
再スタートは焦らない
ハラスメントやイジメ、虐待などで、傷ついた心は、
一番ひどい時は自分の好きが分からなくなると言います。
自分が無くなってしまっているからなのかもしれません。
境界線が無くなり、自分の中に相手の思考が入り込むからかもしれません。
自分を否定し続けるからかもしれません。
こんな風に心理学を私なりに解釈しています。
けれど、モラハラ・DVの環境から離れることで、少しずつ変わってきます。
焦らずに少しずつ。
私はハラスメント被害者の心の回復講座を受けて、
今は、自分を甘やかすこと(自分を大事にすること)を積極的に行おうと思っています。
今まで約30年間、人のために生きてきたのだから、
1年くらい私のために生きたってバチは当たらない。
そう思うことにしました。
最初は離婚後のお金を1円でも残そうと思っていました。
でも、「今の私の心と体を回復させないとスタートできないのではないか?」
「どん底のままでは、また病気になるかも」
「歳を取ったら、ますます働き方は狭くなるかもしれない」
でも、なぜか楽観的に思えるようになりました。
何の確証も無いのに、離婚したら、在宅で秘書と経理の仕事をすることにしています。
「その前にパートで修行してこようかな」
「時給低くても、アルバイトなら拾ってもらえるだろう」
不思議なことに、焦りが消えました。
これは、私の回復途中の話です。
はじめに
結婚してから長い間、
私は「花を買うこと」を贅沢だと思い込んで生きてきました。
けれど、別居してから初めて、花を部屋に飾るようになりました。
20年前の私
夫が新築戸建を購入したあと、私は花を植えたり、草木を育てたり、ガーデニングをしたいと思うようになった。
けれど、小学校入学前に仕事を辞め、
1年後には夫の月給が20万円まで落ちた。
不思議なことに、私が仕事を辞めると、夫の会社は決まって景気が悪くなる。
何度目だろう。
ボーナスが5万円の年もあり、ボーナスありきの生活はできなかった。
無職の期間は私の小遣いも捻出できない。
ガーデニングにハマりそうでも、軍資金がない。
100円以下の苗でも、いくつも買えばそれなりの出費になる。
食べられるハーブの種を植えたり、試行錯誤しながら楽しんだ。
本当は、300円や500円の小さな花束を買いたかった。
けれど、いつも店の前で立ち止まり、見て、「これは贅沢だ」と自分に言い聞かせて我慢した。
ネットスーパーにした理由
スーパーに行けば、我慢しなければならないことが多すぎた。
美味しそうな果物、ケーキ、花。
誘惑が多すぎて、私はネットスーパーに切り替えた。
特売日に必要なものだけを買うことも難しいし、買えないことがストレスにもなる。
週に何日も買い物に行けばガソリン代もかかる。
ネットスーパーなら、夜でも注文できる。
片頭痛で外出できないとき、画面を見るのもつらいときでも、食べ物は届けてもらえる。
吐きそうなくらいの片頭痛で辛い状態で、運転して買い物に行く人はいない。
だから、これが私のベストだった。
私は効率重視を選んだ。
それは、一人暮らしをするまで続いた。
「浪費家だ」と夫に言われ続けていたから、花を買うことはずっと我慢してきた。
人とお金
けれど、夫はパチンコを続けていた。
理由は、「小遣いの範囲だから問題ない」というものだった。
夫からは、小遣いの値上げを求められることもしばしばあった。
夫の小遣いは、手取り月収の約1割を目安にしており、長年2万〜3万円台だった。
飲み物は、缶コーヒーが好きならスーパーで箱買いをした方が安い。
1.5リットルの水を息子が昔使っていた水筒に入れて持っていけば節約できると、勧めたこともある。
けれど、夫はすぐに持っていくのをやめてしまった。
一方で私は、タンブラーを3個持ち歩いて仕事をしていた。
営業は車で回ることが多く、「近くにコンビニがなく、昼食代が高くつく」と夫はよく言っていた。
それなら、自宅や事務所の近くで買ってから行けばいい。
職場の近くにはワンコインランチの店もあり、私が派遣社員だった頃によく利用していたので、「他のメニューも安いから行ってみたら?」と勧めたこともあった。
しかし、夫が試すことは一度もなかった。
後になって知ったのは、夫はコンビニやファミレスをほとんど利用せず、それ以上の価格帯の昼食を選んでいたということだった。
出張の日当や宿泊費も支給されていたはずだが、「会社が経営難で手当が減ったから小遣いが足りない」と言い続けていた。
私は片頭痛がひどく、毎月体調が良いのは1週間ほどしかなかった。
弁当を作る体力もなく、フルタイムで働いていた頃は、職場に来ていた弁当屋さんの350円弁当を毎日頼んでいた。
私の小遣いは1万円。その中でできる限り節約していた。
私は、夫婦でお互いに節約しながら暮らしているのだと思っていた。
しかし実際には、節約していたのは私だけだった。
そして最近になって知った。
夫がファミレスを選んでいたのは、私との外食のときだけだった。
私は、夫はファミレスが好きなのだと思っていた。
でも、そうではなかった。
税込年収300万円で3人暮らしをしていた頃も、夫はパチンコをやめなかった。
私は、「パチンコを取るのか、それとも結婚を取るのか」と、夫に選択を迫った。
それほど、生活は切羽詰まっていた。
それでも、結婚してからずっと、小遣いの値上げ要求は続いた。
今思えば、パチンコに使うお金を確保したかったのかもしれない。
別居直前には、小遣いは3万5千円から4万円へ値上げした。
夫は50才になる頃から急激に年収が上がったが、手取り月収は昔と変わらず35万円。
すでに「手取り月収の約1割」という目安は超えていた。
現在、夫の小遣いと生活費は6万円になっている。
子どもと2人で暮らしていても自炊をせず、
食費は各自負担の夫。
ほぼ自炊をしないので、自宅は寝るだけ。
調味料や日用品を買う機会も少ない。
それでも、別居後に実家へ戻った無職の息子が、自分のお金で消耗品を買っていたと聞いた。
私は26年間、小遣い1万円のまま節約を続けてきたのかもしれない。
別居時には、再構築に向けた約束として「パチンコをやめる」と夫は署名した。
しかし、その約束を守るつもりはなかったようだ。
私の父は、ギャンブルの末に借金を残して亡くなっている。
その心の傷を、夫は最後まで理解しようとはしなかった。
私だけ、我慢しすぎではないか。
結婚生活の最後になるからと、別居してから花を買うようになった。
350円ほどの花。
400円ほどのエアープランツ。
昔、妹からもらったガラスドームに入れてみた。
白い鉢底石を敷くと、とても素敵だった。
唯一、私を気にかけてくれる友人から多肉植物を分けてもらい、モンステラは引っ越し祝いにいただいた。
庭を眺めるのが癒しだったけれど、今は部屋で緑や花を愛でている。
それだけで、心が落ち着く。
フラワーアレンジメント
12月、スーパーの花屋で「5人限定」のクリスマスアレンジメント教室があった。
価格は2,000円ほど。
今までの私なら、小遣いが少ないのもあり、
もったいないと思って素通りしていた。
けれど、他の花屋はもっと高かった。
来年の今頃は、超節約生活に入っているはずだ。
「離婚前の記念にいいかもしれない」と思い、申し込んだ。
大晦日まで飾って楽しんだ。
部屋がとても素敵な空間になった。
大晦日には、少し萎れかけた花がセールで400円以下になっていたので、それも買った。
こんなに草花に囲まれた生活は、今までなかった。
別居前の家
別居前、観葉植物はいくつかあった。
けれど、家は広い割に少なく、置くスペースもなかった。
忙しさと体調不良で、植え替えをする体力もなく、土はカビだらけになっていた。
それしか、できなかった。
生きるので精一杯だった。
今だけしかできないこともある
車は残価設定クレジットのため、財産分与の対象にはならない。
そもそも、単身では維持できない。
乗り納めだ。
昨年は、家族ではできなかったこと、ひとりではできなかったことを、少しずつ始めた。
夜にミニクラシックコンサートに出かけたり、
遠くの安いJAスーパーに行ったり、
観光スポットに出かけたり、
オードブルを買いに行ったり。
別居してから、「今しかできないこと」を、たくさんした。
私の人生で、こんなに出かけたのは初めてだと思った。
振り返ると、
夫が買った家に住んでしばらくすると、
体調がどんどん悪くなり、
片頭痛で休日は寝込むことがほとんどだった。
別居して、離婚を覚悟したら、こんなに元気になった。
結婚生活の最後の年となるかもしれない今年は、さらに一歩進むことにした。
まず、ステンドグラスの体験を申し込んだ。
そして、今住んでいる賃貸物件の不動産会社に、夫名義の家について査定依頼のメールを送った。
ずっとやりたかったことは、「一度やってみる」ことにした。
陶芸は、お試しで手びねりコースを体験してみたが、思った以上に難しかった。
それでもやってみたい気持ちは消えず、ロクロで、毎月生徒として通うことにした。
自分の調子に合わせて月に1回ほど。
縁結びで有名なお寺で、開運の数珠作りにも行こうと思っている。
別居して半年弱
とても有意義な生活を送れている。
健康保険組合の「別居中の妻の扶養認定ルール」のおかげで、
私の収入より多い仕送りを夫がしなければならないからだ。
当初は、住宅費以外は自分の給料でやりくりするつもりだった。
結果的に、二人の給料をほぼ折半する形になった。
それが、最良のやり方だった。
結婚生活の最後に、こんな幸せが来るとは思わなかった。
ストレスと食いしばり
ときどき、夫や子どもの話を聞くと、理不尽な要求をする夫に怒りと絶望を感じる。
ストレスで歯を食いしばる癖がひどくなり、歯の神経を痛めたり、胃が荒れて口角が切れたりすることもあった。
(詳しくは後日記事にします)
考えないようにしても、頭から離れない。
準備はいいか?
役所へのDV相談と、弁護士の無料相談用資料は作成できた。
少し休憩してもいいのかもしれない。
昨年の冬に読もうと思っていた本が、新型コロナ罹患後は読めずにいた。
お正月に読もうと思う。
好きな音楽と、好きな植物に囲まれて、少しずつ回復してきた気がする。
きっかけをくれた
離婚を進めてくれた友人には、心から感謝している。
長年の友人たちは否定的だった。
夫の新婚時代の優しい姿しか知らないから、信じられないのだろう。
一方で、関係が遠い元同僚や家事代行の友人は、少し話しただけで
「モラハラだ」
と気づいてくれた。
気づかなかった友人たちは、私と距離を取り始めた。
自分の常識を認めたくないのかもしれない。
中には、私が悪いと言う人もいる。
重すぎる話は伏せているから、なおさらかもしれない。
どう思われるか気にしない
それでも、今年は誰の評価も気にしないで生きていこうと思う。
今後の離婚調停は気が重い。
これまで、話し合っても約束は守られず、正論も通らなかった。
夫が用意した道は、私と子どもが従うことだけだった。
私だけが譲歩し続けても、解決しない。
だから、仕方がない。
今年は良い年でありますように✨
自分を労ること
DV講座で教わったとおり、
我慢をやめることは、
わがままではなく、
回復の始まりだったのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
同じように「我慢が当たり前」になっていた方の心に、
少しでも何か残るものがあれば嬉しいです。
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💗関連記事①(DV・別居・離婚)
我慢し続けた結婚生活から、距離を置く決断をした経緯を書いています。
別居する前に読んで欲しい。私の対策実例。
💗関連記事②(体調・回復)
片頭痛や歯の不調を通して、心と身体のつながりを振り返りました。
心と体は繋がっているのではないかと思っています。
💗関連記事③(心の整理)
周囲の言葉に傷つきながらも、自分の感覚を信じるまでの話です。
部屋の中の象を隠していたことで、真実がわかりました。
息子を守っているつもりが、夫からの心理的虐待にさらされていたと知りました。
家庭の中で両親どちらも信じられないと思い、20年近く心を閉ざしていたことを初めて打ち明けられました。
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