【春の翼】空に届けこの想い:五稜郭から中島三郎助父子最後の地碑、そして一本木関門へ
桜も散り、藤もツツジも散り、紫陽花もそろそろ満開、台風まで来たし、そして、あら?もう梅雨なの?
ハイパーワープのような時間の経過に怯えております。
書きたいことを勢いで書くことが多いのですが、思い入れが強いほど書けなくなります。
お蔵入りになっている記事がnoteにはたくさん眠っています。
とりあえず、函館のお話の続きでございます。
これまでのお話はこちらからどうぞ。
我々は、舞い散る桜の下で一人300グラムの上ラム肉を焼きながら、ビールと酎ハイをゴクゴク飲む、という夢のような手ぶらBBQプランを大満喫したのであります。
そして、おなかがいっぱい、ほろ酔いになって、桜の海のような五稜郭をぐるりと一周しました。
青空の下、はらはらと桜が散り、それはそれは美しい風景でした。
お迎えが来ちゃったのかな?と相棒が何度か呟きました。
浄土があるのであれば、きっとこのような風景だろうと思いました。
この場所に桜を植樹してくれた先人たちの想いが、桜の花びらに重なるようでした。毎年この場所に咲く桜はラストサムライたちへの手向けの花であり、五稜郭を守り歴史を未来に伝えていきたいという願いそのものだと思いました。

まるで待っていてくれたようです。
桜吹雪の五稜郭を訪れたのはちょうど5年前のことでした。
その時の風景があまりにも美しくて忘れられず、連続して五稜郭を訪れました。
翌年はGWの後半に行き、葉桜になった桜に肩を落としました。
この年、碧血碑と立待岬を訪れ、すっかり冷え切った身体を谷地頭温泉の星型の露天風呂で温めたのでした。露天に差し掛かる八重桜の枝に満開の花が揺れていました。
そしてその翌年、4月21日ごろ、みっちりと咲いた満開になったばかりの桜を見ました。あまりに風が強くて、開いたばかりの花がちぎり飛ばされていました。満開の桜の五稜郭を2日間歩いて堪能しました。
去年は五稜郭を訪れることができず、想いが募ってSunoで歌をつくりました。
この時は50曲以上作りました。
試行錯誤して、1曲、納得のいく曲が出来上がりました。
この歌を届けなければ。
そんな想いに突き動かされて、最初に五稜郭を訪れてから5年目の今年、再び函館行きを決めたのでした。
随分前に飛行機と宿を予約しました。
函館の桜は例年より早く満開を迎えました。
「函館、桜満開!」
「散り始め!」
「ほぼ葉桜!」
刻々と変わっていく状況を知る度に、泣きそうな気持で、ああ、どうぞ間に合って、と祈りました。
そして、とうとう4月27日の夜、五稜郭に着きました。
桜は、待っていてくれたようでした。

さて、五稜郭を一周し、ゴールデンカムイのスタンプをゲットした我々は、一本木関門に向けて歩き始めました。
まずは、かつて千代ヶ岡(ちよがおか)陣屋があった場所の近く、中島三郎助父子終焉の地を目指します。
道は、ほぼ真っすぐです。
5月11日、弁天台場に孤立する新選組と合流するため、土方さんはこの道を駆け抜けていったのでしょう。




何やら、石碑の周辺を整備中らしく、作業服で休憩をされている方がいらっしゃいました。
邪魔をしないように、そっと石碑に手を合わせました。
歌を作りました。どうぞ聴いてください、と報告をしました。
すると、作業をされていた紳士が話しかけてこられました。
どこから来たんですか?と聞かれて、東京から来ました、と答えました。
この石碑のことはどこで知ったのですか?と聞かれたので、数年前、五稜郭から一本木関門まで歩いた時に、この石碑を見て、中島三郎助のことを知ったこと、中島三郎助について調べ始め、幕末の最初と最後を見届けたラストサムライだと知ったこと。その稀有な才能と生きざま、研ぎ澄まされた魂に心を奪われて、故郷の浦賀まで行ったこと、碧血碑もお参りしたこと、などをお話しました。
すると、その紳士はとても嬉しそうにニコリ、と笑いました。
「私は、父の遺言を守って、それはもう、長い間ずっと、この石碑を守ってきたのです」とおっしゃいました。
石碑を守る松を植えたのも、この方でした。
松は、隣に生い茂る背の高い木で日光を遮られてちょっと弱っているらしく、このままでは枯れてしまうかもしれない、と悲しそうに言いました。
松は寿命が長いばかりではなく、四季を通じて枯れることなく常緑です。二条城で見た、将軍を守るように屏風に描かれた松、そして五稜郭で土饅頭を守るように立っていた松。松に込められた願いを、これまでの旅を通じて知りました。だから、石碑を守ってきた方が、松も植えてくれたのだと知り、胸がいっぱいになりました。
なんという出会いでしょうか。
「この石碑があったから、中島三郎助のことを知ることができたのです。それからずっと中島三郎助が好きです」と伝えると、その紳士は嬉しそうに、笑い、この石碑ができるにいたった昔話をしてくれました。


その方のご先祖は、本土から函館へ渡り、かつて千代ヶ岡陣屋のあったこの土地の払い下げを受けて居を構えました。そして、この場所で起きた出来事や、この地で最期を迎えた中島三郎助父子、浦賀奉行所の人々のことを知り、その歴史を後世へ伝えていかなければならないと思ったそうです。
当時、この地域は榎本武揚の号「梁川」にちなみ梁川町と呼ばれていました。しかし、中島三郎助父子を忘れないために町名は中島町へと改められました。
中島三郎助父子が最期を迎えたのは、現在の函館税務署の建つ場所でした。その方のご先祖は、そこに「中島三郎助父子最後之地」と記した木碑を建てました。そして毎年5月16日には、中島三郎助父子と浦賀奉行所の人々の菩提を弔う法要を営んできたそうです。
ところが、税務署の建設に伴い、その木碑は撤去されてしまいます。このままでは、この地で起こった歴史が永遠に失われてしまうと強い懸念を抱かれたお父様は、地元の人々とともに函館市へ働きかけ、この土地の歴史を正しく伝えるべきだと訴えました。
そして昭和49年5月16日、現在の石碑が建立されました。

そして5月16日という日付
明治2年5月16日、千代ケ岡陣屋で、中島三郎助父子と浦賀奉行所の侍たちは最後の戦いに臨み、この地で命を落としました。
そして函館では、今も毎年5月16日に五稜郭祭が行われています。石碑の裏に刻まれた日付を見たとき、この地で散っていったラストサムライたちを悼み、そしてその歴史を後世へ伝えようとしてきた函館の人々の心に触れた気がしました。
その方のお父様は、ずっと石碑とその周りの管理をされていたそうです。そして、亡くなられるときに、この石碑を守るように、息子さんであるその方に遺言されたそうです。
「それからずっと、この石碑を守ってきたんですよ」
その方は、遠い目をしてそうおっしゃいました。
5年前、私は、この石碑を通じて、この方と、この方の御父上と、そして、この土地の歴史を守り伝えようとしてきた人々の心に打たれたのだ、とわかりました。
来てよかった。私は、この石碑を建てたのは三郎助さんゆかりの方だろうと思っていましたが、そうではありませんでした。
歴史を守り伝えてきたのは、この土地に住む人々の心と手でした。
ラストサムライたちへの深い尊敬と、長きに渡り守り伝えていく努力によるものだったのです。
5月16日には、中島三郎助さんの御子孫が、この石碑を訪れ、その方のおうちに寄られるそうです。
そして、ご一緒にお寺供養をされるそうです。
「ぜひ、今度は五稜郭祭においでください」と、その方はニコリと微笑んで、立ち去っていかれました。
私は胸がいっぱいのまま、ずっとその姿を見送りました。
次の目標が決まりました。
五稜郭祭の時に、また函館を訪れよう。
そして、その方の娘さんが営むお花屋さんで花を買い、この石碑と、一本木関門と、そして碧血碑にお花を捧げよう。
どうぞ、またお会いできますように。


かっこいいです。
私と相棒は、まるで白昼夢でも見たかのような気持ちになりました。
5年前、この石碑との出会いから始まった旅が目的地に辿り着き、そしてまた新しい旅がはじまる、そんな気持ちになりました。
そのあと、一本木関門まで歩きました。
そこは花が美しく咲き誇る公園で、土方副長に会うために、途切れることなく人が訪れる場所でした。








公園の柱に、絵と写真で函館戦争の解説が貼ってありました。











5年前と同じように、土方歳三最期の地を訪れて、我々の5年に渡る旅は、ついに完成したのだ、と胸がいっぱいになりました。
もうこのままホテルに戻って、どこにも出かけずにゆっくり今日の旅を噛みしめよう、と相棒と頷き合いました。
さて、一本木関門からホテルは600メートルほどの距離でした。
その途中、月光仮面像がありました。


川内先生は、少年時代を函館で過ごされました。

さて、セイコーマートでまた158円パスタとサッポロクラシックを買い、部屋でのんびり簡単ごはんを食べて、そのまま倒れるよう眠りにつきました。
長い一日でした。
そして、函館に来て本当によかったと、しみじみ胸が熱くなる一日でした。


5年にわたる函館の旅で、歴史は遠い過去ではなく、その土地に住む人々によって大切に守り伝えられ、今も生きているのだと感じました。
函館の春の風景とともに、激動の時代を風のように駆け抜けていったラストサムライたちへの祈りを込めて、曲を作りました。
数年かけて訪れた函館の写真と動画を重ねています。
花は散っても想いは残る。
そして、その想いを受け継ぎ、つないでいくのは人の心です。
どうか北の大地に散った碧き心が、春の翼に乗って、故郷の青い空へと帰れますように。
【春の翼】
春の函館 風がほどく
眠っていた時が動き出す
待っていたと散る花に
時を越えて重なる思い
ひらり はらり
降る雪のよう
花びらよ
花の下で眠る人を
優しく包め
空に届けこの想い
星の砦を越えてゆけ
燃え尽きても消えはしない
碧く輝くあなたの心
刻まれた名まえ その終わりの地で
つながれた祈り今も息づく
守る心が伝えた奇跡
出会えたことが運命になる
語り継ぐ その声が
闇の中で 道を照らす
飛べ 空高くその心よ
時空を越えて響き合え
倒れてなお碧く輝く
魂はここにある
星の砦 雪のように降る桜
重なる花びらの向こうで
束の間の夢を纏い
駆け抜ける貴方を見た
刻まれた文字 碧く輝く
澄んだ炎のように
春の風のように駆け抜けた人
その心を優しく包め
花びらよ
空に届けこの祈りよ
春の風に乗って飛べ
すべての道はここへ続く
函館の街が見えるこの場所へ
星の砦につなぐ心が温かく灯る
桜吹雪よ 花の下で眠る人を
春の翼に乗せて
飛べ 懐かしい青い空へ
