【幕末】第21話 箱館戦争
⚪︎はじめに
「たとえ身は蝦夷の島根に朽ちるとも
魂は東の君を守らん」
(自分の身体はこの蝦夷地の土と化して朽ち果てようとも、自分の魂は東にいる徳川家をずっと守り続ける)
これは土方歳三の辞世の句です。
旧幕府軍は決死の覚悟で戦い抜いた。
武士の世を武士道が尊重される時代を終わらせまいと、、、、
みなさん、こんにちは。
今回は長く続いた幕末の最終話として箱館戦争を解説したいと思います。

1868年に始まった戊辰戦争ですが、これまで京都、江戸、東北と場所を変えて数々の争いを行なってきました。最後は蝦夷地、現在の北海道です。武士道を捨て切れずに抵抗を続けた旧幕府軍について見ていきましょう。
⚪︎旧幕府軍最後の星「榎本武揚」
今回解説する箱館戦争の中心人物になるのが榎本武揚(えのもと たけあき)です。

彼は江戸幕府の幕臣でオランダに6年間留学した経験のある知識人でした。
時は江戸無血開城時、江戸城は勝海舟と西郷隆盛の会談によって新政府軍に明け渡されてしまいました。
◎江戸無血開城については以下の記事をcheck!
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このとき榎本武揚は幕府の保有する優秀な軍艦だけは新政府に取られまいと最後の抵抗をしていました。しかし、同じく幕臣の勝海舟に説得されて抵抗をやめました。
新政府に軍艦を全て奪われそうになりましたが、話し合いの結果、榎本武揚の望み通り優勢な軍艦だけ保有することを勝ち取りました。
そんな榎本武揚の元には会津藩ら東北の諸藩が東北戦争に向けて協力してほしい、加勢してほしいと言ってきました。
◎東北戦争については以下の記事をcheck!
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しかし、このときの榎本武揚には徳川慶喜を水戸から駿府に移住させるという仕事がありました。そのため彼は慶喜を移住させた後に軍艦に乗って仙台に駆けつけましたが、時はすでに遅く東北戦争は同盟軍の敗北が時間の問題という状況でした。つまり東北戦争には加勢してももはや新政府軍を覆せる状況ではなかったのです。

銚子→駿府に船で移動した
しかし、仙台に榎本武揚が来ることを聞いた旧幕府軍の人々は仙台に集まり、榎本武揚とともに蝦夷地に脱出しました。
このときに集まったのが江戸幕府の陸軍を担当していた大鳥圭介(おおとり けいすけ)や新選組副長の土方歳三、そして桑名藩主の松平定敬ら含めた約3000人でした。



榎本武揚は旧幕府軍の残党たちと蝦夷地を開拓して日本の北方警備を仕事にしようと考えました。
蝦夷地に上陸した榎本武揚らは南下して箱館奉行所を制圧しました。
箱館奉行所は五稜郭にある蝦夷地の政治を行う機関でした。
奉行所は新政府の指揮下にありましたが、守りは手薄。わずかな兵しかいなかった奉行所は旧幕府軍に制圧されてしまいました。
その後土方歳三率いる旧幕府軍は松前を制圧。
海からも松前城を攻撃してわずか1日で陥落に追い込みました。
しかし、このときに松前制圧戦を海からも支援しようとして出航した軍艦「開陽」は座礁して沈没してしまいます。

開陽は当時の日本で最新鋭の軍艦であったために、この軍艦を失った被害は甚大でした。
⚪︎榎本政権の成立
とはいえ、蝦夷地平定を達成した旧幕府軍は選挙によって総裁を榎本武揚として榎本政権を成立させました。
彼らは手紙を通して新政府に「我々蝦夷地の旧幕府軍に北方の警備の仕事を任せてほしい」と伝えたところ当然拒否されました。
この頃、外国は日本の内戦は終了したと考えて、蝦夷地の旧幕府軍を反乱軍と見なし、新政府へと援助を再開しました。
新政府は外国から甲装艦ストーンフォールを購入しました。この軍艦は当時東アジア最強の船であるとされていました。

彼らは雪解けした春を待ってから蝦夷地へ出航。
宮古湾付近で旧幕府軍はストーンフォールを奪おうとするも失敗に終わります。

新政府はそのまま勢いに乗って蝦夷地へ侵攻を開始したのです。
1869年 箱館戦争 開始
⚪︎箱館戦争

新政府軍は蝦夷地に侵入後、3つに分かれて箱館を目指していきました。
これに対して土方歳三率いる旧幕府軍が必死の応戦を繰り広げたり、榎本武揚率いる海軍が対抗したりしましたが各地で敗北。
どんどん箱館へと追い詰められていきます。
その後、新政府軍が軍艦を箱館湾に入港させ旧幕府軍は海からも攻撃を受けるようになりました。
その後も旧幕府軍は軍艦を出して抵抗したり、台場から砲撃したりしましたが苦戦。
箱館は陥落して旧幕府軍は弁天台場と五稜郭にて籠城戦をすることになります。

このときに五稜郭から箱館を取り返そうと土方歳三が出撃しましたが一本木にて腹部に銃弾をくらい死亡。
時に35歳。現在でもこの地は土方歳三最期の地として知られています。

その後弁天台場では兵糧が尽きて降伏。
五稜郭からも榎本武揚が出てきて降伏。
これにて箱館戦争が終了。
鳥羽•伏見から始まった戊辰戦争が終結したのです。
長きに渡って続いた幕末の動乱が終焉を迎えるのでした。
⚪︎おわりに
さていかがだったでしょうか。
今回で長く続いた幕末の時代は終了。
多くの志士が活躍して、命を落としていきました。
彼らは現在の靖国神社にて弔われています。

さて、次回からは本格的に明治時代へと入っていきます。
これからもPainをどうぞよろしくお願いいたします。
