【畏怖】第一部/三話:「新人・若年神の天界マル秘報告!」
前回までのあらすじ(二話からの続き)
夜明け前の静寂な天界。知恵の神・オモイカネは書斎で思索に耽る中、突如届いた緊急連絡。天界の要、太陽神・天照が姿を消した可能性に、オモイカネはすぐさま閣僚を招集し、臨時閣議を開く。
招集された神々、外務・労働・農業・防衛の各大臣が次々に意見を述べ、やがて判明する最大の問題、太陽神不在による「太陽エネルギーの喪失」であり、生命存続の危機が迫っているということだった。
かつて、闇に包まれた"天岩戸隠れ"の記憶が蘇る中、オモイカネは冷静に緊急プランを提示する。近代化した技術と神の能力が融合した対策が講じられていく──だが、根本的な解決には至らない。会議に参加している"新人職員"にとって忘れられない一日、会議の後半が続くのであった。
「新人・若年神の天界マル秘報告!」
< 焦る気持ちは若さゆえ >
──早朝6時すぎ/暁の神殿・閣議室──
神政庁に勤めて、まだほんの数ヶ月。
彼──ワカトシ(=若年神)は、キャリアの肩書きよりも、自分の未熟さを痛感していた。
そして今日、それが本格的に試される。
「主神がいない」──その事実が脳内で繰り返された。
混乱しようと、時計の針は容赦なく動いていた。会議は止まらない。
朝6時15分、本庁には各所から次々に報告が届いていた。天候庁からは「閣議決定のプランを執行した」と伝えられる。閣議室にいた大臣たちは、一様に安堵した様子を見せた。
オモイカネが言った。
「これで、残るは"アマテル"の問題だけじゃ」
今も現場では主神の捜索が続けられている。
だが、ワカトシの目には、大臣たちがどこか落ち着いているように見えた。その姿は、祖父である大年神たちにどこか似ていた。
そんな時だった。ワカトシの担当部局に、ツクヨミから報告が入った。ワカトシは一瞬、目を疑った。けれども、職務として報連相は避けては通れない。
若手職員として、少し困惑しながらも大臣たちに報告を行った。
「ツクヨミ様から連絡です。『待機終わったから、僕寝まーす。残業したので疲れた』……だそうです」
ツクヨミは夜を司る神だ。
今回、太陽神不在の影響で朝が来なかったため、夜勤が延長されていた。だからこの会議にも召集されていない。そんなツクヨミの報告に対し、大臣たちに動揺は見られなかった。ワカトシには、その様子が不思議に感じられた。
「ツッキー、寝ちゃったんだ〜」
おかめちゃんが笑っていた。
「こんな事態でもマイペースだな……」ハチマンが腕を組んだ姿を見て、「定期的にケンカしてるよね、あの二人?」と、アマノイワーがぽつりと漏らす。
オモイカネが呆れた様子で応じた。
「いつものことだ。まぁ、夜の会議には出てくるじゃろ」
ワカトシは周囲の和やかな空気に戸惑いながら、思い切って口を開いた。「ツクヨミ様も、皆様もそうですが、天照様の生死については、ご心配なさらないのですか?」
ワカトシの問いに、大臣たちは顔を見合わせ、どこか優しく微笑んでいた。
「そこは、心配しておらん。二度目ということもあるがの」
二度目……天岩戸の件だ。
内心で驚きながらも、その理由を聞こうとじっと耳を傾けた。
「君たちはまだ、入庁して日が浅いのだったな」
オモイカネが続けた説明に、ワカトシは集中して耳を澄ませた。
──この世は三つの世界で構成されているという。
一つ目は、人間が統治する「地上の世界」。
二つ目は、亡者が統治する「死後の世界」。
三つ目が、神々が統治する「天界の世界」。
天界の世界では、神々と天国の住人が共存し、高天原界隈にある天界政府が統治している。死後の世界では、閻魔王が死んだ人間と地獄を管理し、イザナミが死んだ神の魂と黄泉を管理している。かつて、閻魔とイザナミは折り合いをつけ、共に死後の世界を統括するようになった。
「そもそも、神とて死ぬ時は死ぬ。
そして黄泉へと送られる。これは絶対じゃ」
「最近は、神が死ぬことは無くなったが、黄泉にはイザナミ様がおられるじゃろ? だから、もし何かあれば、必ず連絡が入るようになっとる」
オモイカネの説明に、ワカトシはようやく納得できたような気がした。
「神が"三途の川"の行列に並んでいるのも、嫌だろう? まぁ、スサノオは少し反省させる意味で並ばせたいがの」
「あそこは灼熱で、いつも炎上中だからね〜」
おかめちゃんの皮肉った軽口にワカトシは笑った。
室内がどっと笑いに包まれた。
そして、場の空気がひと息ついたところで、オモイカネが言った。
「よし。では、アマテルの話に移ろう」
< 若年神には過ぎた真実 >
──6時30分ごろ/暁の神殿・閣議室──
オモイカネが最後の議題に入ろうとした時、威厳のある神が遅れて閣議室に現れた。
祭祀の神・フトダマである。
天界の財産や祭事を監督する総務大臣だ。
「パパ、遅いよー」
おかめちゃんが、フトダマへ声をかける。(どうやら親子らしい……)
遅れてすまないと言って、タブレットと膨大な資料を抱えたフトダマが席に着いた。「まずは、私から報告がある」フトダマは静かに説明を始めた。
ワカトシにはその姿が神聖な儀式のように見えた。聞けば、何千年、何万年も前の古い資料を漁っていて遅れたらしい。
そこから二つの疑問が浮かび上がってきたという。
一つ目は、天岩戸は「転移ゲート」だったのではないか。そしてアマテルはそれを知っていたのではないかという疑問。
二つ目は、アマテルの誕生には「先代しか知らない」極秘の何かがあるのではないかという点だった。
室内に、重苦しい沈黙が流れた。
オモイカネとアマノイワーの表情は硬く、ワカトシにはそれが何かを"考え込んでいる"ように見えた。そして、アマノイワーが口を開いた。「実はね……」その語り出しに、ワカトシの胸はざわめいた。
アマノイワーが語ったのは、天岩戸にまつわる秘められた情報だった。
天岩戸は、古の時代から存在していた「古代の転移ゲート」であり、その奥には空間座標が存在していたという。かつてアマテルが岩戸に隠れたとき、その座標を偶然発見し、自ら解析したのだという。
しかし、のちの実験で空間を丸ごと転移させることは実現できなかった。転移と転送では根本が違いすぎたのだが、その知識を応用し、アマテルと一部の上層部が転送装置を完成させた。
それが、いわゆる「天孫降臨・ルート」と呼ばれる中継転送である。魂と天界を繋ぐリンク機能を持たせ、転送は中継ハブを通じて行われている。この神リンクを管理しているのが、天界全域を網羅する「アメノネット」だという。
この事実は先代を含むごく一部しか知らされておらず、悪用を防ぐため極秘情報とされていた。過去に天孫降臨で帯同した神々ですら、この誕生の秘密までは知らされていなかったらしい。
さらにアマノイワーは続けた。
現在の天岩戸は厳重封印され中に入れない。ただの見せ物小屋・観光地となっている。だからアマテルは新たに「転移ゲート」を完成させたのではないか……そして、リンクが遮断されたのではないかと推察した。
ワカトシには、この情報のすべてがあまりに衝撃的だった。理解が追いつかない。
フトダマが真剣な表情で言った。
「封印しているのは知っているが、あれが古代のゲートだったとは初耳だ」
オモイカネがアマノイワーに問いかけた。
「外務省や我々に相談も無しで、降臨か?」
降臨は神々にとって非常に重要な神事であり、転送ゲートの使用には天界外務省へ申請とスケジュールの提出が必要だ。一部の神にはフリーパスがあるが、それでも全てログとして残される仕組みになっている。だから、今回のように「完全に痕跡が消えている」降臨は、通常では考えられない。
衝撃の事実に、室内にいた若手職員たちがざわついた。そんな不安をワカトシは共有していた。(こんな話……聞いていいのか?)
おかめちゃんが大臣たちに向かって言った。
「となると、アマテルちゃん、やっぱり地上かな〜?」
アマノイワーが頬杖をつきながら答える。
「そうね、行き先の申請は来てないけどね」
オモイカネが重々しくつぶやく。
「じゃぁ、地上のどこだ……」
その時、フトダマが二つ目の疑問も切り出した。
「なぁ……主神についてだが、本当に我々と同じ新世代なのか?」
「……?」
その瞬間、場の空気が一変した。
トヨ殿が首をかしげて聞き返す。
「……どういう意味かのぅ?」
フトダマは、大臣たちを見渡しながら言った。
「アマテルは、先代たちと同じ神の力を持つ"神世八代"なのではないか?」
「!?」
ワカトシは息をのんだ。それが室内全体の呼吸が止まったように感じられた。
「パパ! 何言ってるかわかってるの!」
いつもは明るいおかめちゃんが、声を荒らげた。思わず息をのんだ。胸の奥に、ざらりとした不安が広がる。(本当に大丈夫なのか、俺……)
手が震え、頭が真っ白になるのを感じた。そこから先の会議の内容は、正直、記憶があいまいだった。
* * *
時間は、太陽神が失踪してから2時間ほど過ぎていた。
フトダマが再び口を開く。
「……先代たちの力を借りてはどうだろうか?」
オモイカネが即座に答える。
「無理じゃろうなぁ……」
オモイカネの説明では、造化三神はすでに存在しない。イザナミは黄泉にいるし、イザナギは黄泉の件以降、アマテルたちを生み出してから床に伏せている。他に引退された先代の神となると──大臣たちが口を揃えて言った。
「あの方か……」
──あの方?
ワカトシには検討がつかない。誰も浮かばない。知らない事ばかりが続く。まるで都市伝説を聞いている気分になった。
「アマテルの神格の話は、後回しじゃ」
「今は居場所と太陽の問題が先だよねー」
大臣たちの声が耳遠い。
ここまで聞いた内容は、まさしく墓場まで……いや黄泉まで持って行く話だ。「今日は何て日だ」ワカトシは心の中でつぶやいた。
──その時だった。
外務省を通じて、一報が届いた。
通信卓のランプが点灯し、近くの職員が報告する。
「外務省経由で地上から緊急接続要請です」
「地上?……繋げ」オモイカネが頷く。
次の瞬間、大型モニターに映像が浮かび上がる。
ワカトシは思わず固まった。
画面に現れたのは、一人の女神。
柔らかく揺れる髪、端整な顔立ち、透き通るような眼差し。その美しさに、何も言えなくなる。
「吾屋だ……皆、変わりはないようね」
その瞬間、大臣たちの表情に緊張が走った。
ワカトシはただ女神に見惚れていた。だが、"吾屋"とは聞き覚えのない名だ。
「若い子たちの人払いをお願い。大事な話だから」
女神の声で、大臣たちの視線がこちらに集まる。オモイカネが手をあげ、外に出るように合図をした。周りの職員が一斉に席を立った。
ワカトシも無言で席を立ち、頭を下げた。
足を進めながらも、視線だけは画面に吸い寄せられていた。
(あの美しい女神は、一体……)
扉が閉まり、映像と空気が隔てられた。
ワカトシの会議は、そこで終わった。
── つづく ──
