【畏怖】第一部/一話:「アマテラス、勝手に降臨で大迷惑!」
前回までのあらすじ(序章からの続き)
天界では神々がサラリーマンのように働いている。太陽神・天照(アマテル)は毎朝4時台から"定時出社"。
朝日の演出からSNS映えの夕暮れまで、無数のタスクに追わる完全なシステム社会。神の意志よりもアルゴリズム、感謝の祈りよりも数値評価。
次第にアマテルの心は疲弊し、鏡に映る自分の姿さえ他人のように感じ始める。かつての神秘はどこへやら、今や神も、ただ「役割」を果たすだけの存在に。
そんな多忙な日々を耐えつつも、仲間たちの無邪気な笑顔を見て彼女は疑問を抱いていく。「この仕事、本当に意味あるの?」「私は、誰のために照らしてるんだろう?」──その答えが見えぬまま、アマテルは、運命(さだめ)に抗うために一つの決断を静かに下す。
「アマテラス、勝手に降臨で大迷惑!」
< 始まりは突如の休暇宣言 >
アヤカは夢の中で、幼い頃の太陽神・天照を抱き上げていた。──天界で過ごした日々。懐かしくも切ない記憶。
21XX年……
天界と地上、神話と文明が交差する世界。
ここは、地上の神たちが拠り所にする施設「天神シェアハウス」。
──早朝5時30分ごろ/地上・日本──
朝食のいい匂いで、アヤカ(=吾屋惶根)は目がさめた。
キッチンでは、同居をしているウカノミ(=食の神・倉稲魂命)が、いつもの朝食を作っているようだ。
その時、「ドカンッ!」と大きな物音が、玄関から響いた。
アヤカの部屋に、ウカノミの柔らかい声が届いた。
「あれぇ〜? 玄関先に何か落ちてきたみたいですぅ〜」
──はぁ?
アヤカは寝起きでまだ頭がぼんやりしている。
また、野良神様……最近はもういないはずだけど?
ウカノミが慌てた様子で叫んでいた。
「アヤカさ〜ん! アマテルちゃんが……
アマテルちゃんが、玄関マットの上で倒れてますぅぅ〜!」
アヤカは聞き間違いだと思いながら、ウカノミの言葉に反応した。
「なにそれ、どういう意味よ!」(はぁ? アマテル!?)
ウカノミは信じられない言葉を叫んでいた。
「ほんとですぅ〜! リアル太陽神が、わたしのカツサンド食べてるんですぅ〜!」
アヤカは寝巻き姿のまま、急いで部屋を飛び出した。
玄関先を覗くと、髪を少し乱した一人の女性が、カツサンドをかじっていた。アヤカはその姿に、目を疑った。ウカノミの手の中のサンドイッチにかじりついていたのは、他でもない、天照大神・アマテルだった。
「ふふっ……来ちゃった、えへへ」
玄関先に転がった巨大なベッドを見て、アヤカの思考は一瞬で凍りついた。(あの天下の太陽神が、朝からここに? しかもベッドごと!?)
「ちょ、ちょっと待って? アマテル? 朝だよ!?」
アマテルの能天気さに胸騒ぎを覚えた。
「か、帰れぇぇっ!!」アヤカの声が玄関に響いた。
──6時ごろ/シェアハウスの居間──
アマテルがお茶をすすりながら、ふわっと笑う。
「やっぱり、ウカノミのお茶って落ち着く〜。天界の自販機って、不味いのよ〜」
アヤカは額に手を当て、ため息をついた。
「どうやって地上に降りてきたの? 誰の許可で!?」アヤカの声が裏返るのも無理はなかった。相手は、天界の主神・太陽神なのだ。朝がはじまってるのに、勝手に地上降臨なんてありえないのだから。
「仕事ばっかりで、ほんとブラック……もう魂が疲れちゃったのよ〜」
アヤカは、ますます頭を抱えてしまった。
「でさぁ、昔、アヤカおばさんにいっぱい話を聞いてもらったよね。だから、ここならまた元気になれるかなって思ったんだ♡」
アヤカは、アマテルの言葉に懐かしい記憶を思い出した。
泣き虫で、いつも全力で頑張っていたアマテル。仕事の愚痴を何度もこぼしてきた、あの頃のアマテル。幼い神が、やがて一人前の主神になっていく過程を、誰より近くで見守ってきた……そんな記憶。
──それに対して、私は何かを成した神じゃない。
この世界で初めて容姿鍛錬で生まれただけの存在。「役割」なんて無かった。だからせめて、みんなの話し相手くらいはしようと思った。
しかし……今のアヤカは、非常勤嘱託で地上暮らし。天界の相談役はとっくに引退している。
(今の私に、何ができるっていうの……)
アヤカは思わず両手を広げて、アマテルに詰め寄る。
「勝手に降りて来ても、私に対応できるわけないでしょ!?」
アマテルのどこか得意げな笑みを見て、アヤカはぞっとした。
「緊急降臨のベッドを開発しちゃって、誰にもバレてないんだ〜☆」
やっぱり、あのベッド──彼女は嫌な予感が的中したことに戦慄した。
「しかもログも残らないのよ〜、神格が高すぎて♪」
アヤカは心の中で舌打ちした。
やったな、この女神。完全にバックれじゃないの。アヤカは膝から崩れ落ちる。天界の神たちに相談もせずに、勝手に地上に降臨してきたと言うアマテル。
「……でもね、アヤカおばさん。ここだけの話、ほんとに限界だったのよ、わたし──」
この感じ、"愚痴モード"の始まりだ。
アマテルの愚痴は、アヤカにとって何度も聞いたおなじみのものだった。
「まずね、ツッキー。『闇属性の尊さ〜』って言いながら、もう夜とネットの住人よ? 最近なんて、『もう僕には現実は重い』って、魂ごと仮想空間に引きこもろうとしてたんだから。夜の神がメタバースに引きこもりとか、もうギャグよ、ギャグ!」
アヤカは、ツクヨミの顔を思い浮かべていた。
(素直だったあの子が、今や完全に"こどおじ"ってわけね)
怒りがヒートアップして、語気が強まるアマテル。
「あと、あいつよ、スサノオ! 再生数さえ回ればいいと思って(怒)」
アヤカはふと昔のアマテルの顔を思い出した。
(昔からこの子は、私の前では特に感情が激しかったね)
「昨日もまた、海の神族からクレームよ。ほんと、やってられない! 何やっても『神バズったからOK、OK!』って!」
アマテルの語尾に、内心でツッコんだ。(今のは、絶対にモノマネ)
「クシーちゃんも『もう慰謝料って言葉しか……』ってボロ泣きだったのよ〜」アヤカは、話を聞きながら思わず顔をしかめた。
あのしっかり者のクシナダヒメが、泣いた?
あぁ、今の天界はほんとに地獄なんだ。
バンッ!──アマテルが湯呑みを机に叩きつけていた。
「それでね、毎日毎日アラートとトラブルばっかりで地獄よ」
「もう、同じことの繰り返し」
どこか本気で疲れているアマテルの声だった。
「でも、代わりは誰もいない。わたしは、太陽神だから……」
アヤカは、その言葉に胸がざわついた。
──アマテルは、産まれたときから"太陽神"としての「役割」を与えられていた。適役と言えばそれまでだけど、一部の人に「役割」が集中してしまう。いまのアヤカは、昔と違い相談役として守ってやれる立場じゃない。けど、このままじゃ世界にまで影響が及ぶかもしれない。
ひと息入れてアヤカは、アマテルを見据えた。
「で、あなた、帰るんだよね?」
「え〜♡」
アマテルは首を傾けて、まるで子どものように笑った。
──これは確信犯だ。
「だからね、ここでのんびり長期バカンスってことで☆」
「今日からしばらく、ヨロシクね。アヤカおばさ〜ん♡」
アヤカは声を裏返しながら絶叫した。
「やめてぇぇっ! 本当に仕事放棄なんて、世界が滅ぶってばぁ!!」
その瞬間、アヤカは確信した──
これは、太陽神による"勝手に降臨"騒動の始まりだった。
── つづく ──
