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オホーツクに消ゆ幻の後継作?ソ連が舞台「白夜に消えた目撃者」

ドラクエで大ブレイクする以前、パソコン少年にとって堀井雄二氏はAVGの名手という認識でした。特に「オホーツクに消ゆ」では当時珍しかった本格的ロケハン取材が話題になり、これが作品に大きな影響を与えています。
しかしこの堀井氏のAVGの系譜には『九龍の牙』『白夜に消えた目撃者』という幻の2作品があったことをご存じでしょうか?今回は日本のゲーム史上でも類を見ない、ソ連を舞台とした幻のアドベンチャーゲームに迫ります。


❶武道家の原点?九龍の牙

『オホーツクに消ゆ』が元々パソコン雑誌『ログイン』と堀井雄二氏の共同企画作品だったことは有名ですよね。その後『ファミ通』編集長となる塩崎剛三氏がプロデューサーとなり、プログラムをゲヱセン上野氏、シナリオを堀井氏が担当とする分業体制は『オホーツクに消ゆ』が名作になった大きな要因だったと思います。このチーム編成のまま別の作品が企画されていることが誌上で発表されたときは心が躍りました。


空港で職務検査されたりと大変なロケハンだったそうです。

1984年8月号のログインに掲載された香港のロケハンレポートの構想記事に、香港を舞台にした『九龍の牙』のあらすじが記載されています。

サラリーマンである主人公・古東洋志は近く結婚する予定だったが、その婚約者は独身最後の思い出にと友人たちと出かけた香港旅行中に失踪してしてしまう。

婚約者の突然の失踪は世間を騒がしたが、事件は風化していった。

半年後、知人の目撃情報から主人公は単身、香港に飛び立つ。

そこで再会した婚約者は人身売買組織「唔好到極(ンホウドウギク)」に麻薬漬けにされており、主人公との再会間際に自殺。

唔好到極に復讐を誓った古東洋志はカンフーの達人と出会ったことで自らの肉体を武器にする。

九龍の街で暴れまわる彼にもはや平凡なサラリーマンの面影はない。

いつしか人は彼のことを「九龍の牙」と呼び始めていた……。


香港を舞台のカンフー物というとこの時期人気絶頂だったジャッキー・チェンの映画が連想されますが、無茶苦茶ハードな設定で驚かされました。コメディタッチのジャッキー映画より、むしろ『ドラゴン怒りの鉄拳』の原型となったと言われる1970年の『ヴェンジェンス/報仇』を彷彿とさせる展開です。


兄の仇を討つために弟が壮絶な復讐劇を展開するカルト映画。死の美学をとことん追求した名作です。実は僕は重度の香港映画マニアでもあります😁


ジャッキー・チェンは僕達の世代にとって特別なヒーローでした。
ファミコン版と全く違うMSX版スパルタンXの怪作ぶりについてはまたいずれ…

1985年3月ごろ、堀井氏はサンプルをPC-8801で作成。試作版『九龍の牙』にはアドベンチャーパートとRPGパートがあり、RPGパートは初代ドラクエの原型のような内容だったそうです。『軽井沢誘拐案内』最終章のRPG部分をパワーアップさせた感じと言えばいいでしょうか。カンフー技は蹴りの「分脚」、すばやさが必要な「龍頭拳」、カウンター攻撃の「虎尾脚」、超必殺技敵「胡蝶掌」など全10種類。え、これってドラクエの武道家の原型じゃないのかなあ。軽井沢についての投稿はコチラ


ドラゴンクエストIII そして伝説へ…で初めて実装された職業「武道家」。空手バカ一代を愛読して極限流空手に入門した僕は迷わず選択していましたよ😁
このドラクエはザナドゥなどを担当された横山宏先生のイラストです。

香港島や九龍の街を自由に探索する設定で、カーアクションなどのシーンも考えられていたそうです。敵を倒していくとレベルが上がり、前述のカンフーの技や広東語を覚えることができました。主人公のパラメータは、強さ、すばやさ、HP、知性、お金、経験値、技、スペル、の8種類。初代ドラクエを彷彿とさせますよね!
広東語はドラクエにおける呪文の役割になっていて、勿論買い物や情報収集も可能です。特殊な必殺技や究極の呪文は、捜索した達人に教えを請わなければというカンフー映画鉄板の設定。書いていてまるでドラクエの新作のように錯覚しちゃいましたよ。


1984年は香港カンフー映画絶頂期でした。
因みにMSXでは技が冴えない、動きの悪いブルースリー先生が拝めます🤣

香港へのロケハンは1984年5月に行われたそうですが、この時期のパソコンゲームとしてはかなり野心的な大作という印象です。逆に野心的すぎてゲームとして完成するのが難しく、それ故お蔵入りになってしまったのかもしてませんが・・・
この『九龍の牙』のRPG要素や個性的な性格付けがある主人公、ドラゴンという人身売買組織、そして「しめあげて聞く」といったコマンドは、その後の『軽井沢誘拐案内』に反映されています。


MSXユーザーにとってジャッキー・チェンとポニーのタッグはトラウマでした😁
ここら辺についてもまたいずれ・・・

しかし残念ながら『九龍の牙』は堀井さんがファミコン版のポートピア作成で多忙だったこともあり、それ以上進展することなく制作は頓挫してしまったようで残念でした。

❷ソヴィエト殺人ツアー『白夜に消えた目撃者』

『九龍の牙』がAVGとRPGの融合を図ったのに対して、その後ロケハンを行った『白夜に消えた目撃者』は純粋なアドベンチャーゲームとして企画されました。堀井さんは以前から「シベリア鉄道殺人事件」をアイデアとして持っていて、当時極めて渡航が難しい共産圏の親玉であるソビエトツアーのロケハンを敢行したのでした。

あらすじ

15日間のソ連一周の観光団体ツアー。

参加者は主人公である推理小説マニアの社会科高校教師、日本人のツアーコンダクター、ロシア人ガイド、T大名誉教授の老夫婦、世話好き有閑マダム、その付き添いの露文専攻の女子学生、OL二人連れ、謎の男三人組。

ツアー2日目でツアー参加者が殺される殺人事件が起きる。

犯人は誰か?ツアーのメンバーには主人公が犯人だと疑う人もいる。続行されるツアー。主人公に迫る犯人の魔の手。そして途中からツアーに参加してくるロシア人美少女の正体とは。

システムとして時間概念があり、強制的にスケジュールが消化される次世代のリアルタイムアドベンチャーとしての構想だったそうです。これは堀井さんが
「AVGは謎が行き詰った状態になるとプレイヤーがやることが無くなってしまう」
という発言を度々されているので、それを解消するシステムとして導入されたのでしょう。
当初は純粋なスパイものの構想でしたが、中高生のパソコンゲーマーに受け入れられるか疑問であると判断。結局ツアーものの殺人事件という設定に変更されました。全10章と『軽井沢誘拐案内』の全6章を上回る大作になる予定だったそうです。


1985年11月号に掲載された第一回レポート。父によるとソ連の旅客機パイロットは軍人あがりで、乱暴な着陸で有名だったそうです。


父曰く「ソ連共産主義は最低だが、文化遺産は最高」とのこと。日本に近いアムール川の右岸のハバロフスクも歴史と雄大な自然が混在した素晴らしい街です。

ロケハンは1985年の8月10日~25日の15日間で行われたそうです。ソ連は極端な情報封鎖を行っていたため、当時ソ連国内の実情レポートは極めて珍しかったのでした。この「不気味な超大国」の生々しい体験談は非常に貴重な記録だと思います。
実は僕の父は1969年に初訪ソしてから1991年のソ連崩壊まで、ソ連関連の仕事に従事していました。現地滞在も長かった父に改めてこのレポートを読んで貰ったところ「当時のソ連の実情がよく書かれている」との意見でした。


ソ連は警察の監視が強いので治安はいいのですが、とにかくタバコをねだられたそうです。法外な値段の外貨ショップの存在や、ドル買いの存在にも触れていますね。
ソ連の一般的なタバコ「ベロモル」。ソ連国民も不味いことは承知で吸っていたそうです。逆に人気だったのは宿敵アメリカのラッキーストライクだったとか、いいのかよ🤣父は禁煙家でしたが、手軽な賄賂のため常に常備していたそうです。


当時のモスクはソ連だけでなく共産主義陣営全体の総本山でもありました。堀井先生がこの地で何を感じたのかについて、非常に含蓄のある記述です。

レポートではKGBの諜報員がツアーに同行し、写真の撮影を厳しく制限する場面があります。また一般市民も写真の撮影を嫌がる描写が随所に見られるのですが、これはソ連を体験した外国人「あるある」らしいですね。父によると

「ソ連という国家は軍事に全て直結する構造になっていた。街並みから教育体制、人事に至るすべてにその強い意志を感じた。」

とのことです。すなわちソ連の情景は全て軍事機密の一環という位置づけで、それ故写真撮影を厳しく制限していたのでした。現在の中国でもここまで極端な政策は取っていないので、今の感覚で言えば「超でかい北朝鮮」みたいな感覚でしょうか。とにかくソビエトはこれぐらいイカレた国だったということです。


父の蔵書の一部から。このバクーのカスピ海沿岸の港の右側部分は軍港として使用されていて、書籍の写真でも不自然に修正されています。


1970年ソ連に長期滞在していた時、日本製カメラについて説明する父。ソ連の一般市民はある程度信頼関係が構築できないと、 写真の撮影を非常に嫌がったそうです。これは外国人の写真がKGBの審査にひっかかった場合、写されていた人物全員がしょっ引かれる危険があったためです。

父とソ連におけるMSXに関するお話については僕の「ソ連MSX物語」を読んで頂けると嬉しいです。この作品にも冷戦期のソ連の実情を詳しく紹介しています。

冷戦時代を体験していない世代にソ連という国家の異様さを伝えることは難しいですね。この頃のエンタメには狂気じみた最終ボスにソ連を設定した作品が多いことで、その名残りを感じることが出来るかもしれません。名作スナッチャーもその一つなんですよ。


スナッチャーの最終章はMSXやPC88版では語られず、PCエンジンで初めて公開されたのが悔しかったです。この辺のお話もまたいずれ。

ツアーの日程は日本に最も近い極東ハバロフスクを皮切りに、砂漠の中に迷宮遺跡があるサマルカンド(ドラクエⅡのサマルトリアの名前の由来)から始まりました。続いてトビリシ、キエフ、レニングラード、さらにシベリア鉄道に乗ってモスクワ、最後にイルクーツクという贅沢なもので、現在では旧ソ連構成国の首都ばかりです。


父の撮影した1969年のモスクワ。
上・中央がレーニン廟、左端が非対称の美で有名な聖バシリー寺院。


ゲームの舞台となるシベリア鉄道の豪華寝台特急「レッド・アロー“赤い矢”号」。
ソ連は伝統的に鉄道大国でした。


レニングラード駅のレッドアロー号。ソ連の鉄道車両は個性的で味のあるデザインが多く、鉄ちゃんにはたまらないとか。


内装はご丁寧にも真っ赤っか🤣
これはソ連が崩壊した現在のロシアでも変わってないとか。


バイカル湖は「シベリアの真珠」「生物進化の博物館」とも称される湖で、まるで異星に迷い込んだような神秘的な雰囲気を味わえます。


キエフの聖ソフィア大聖堂の内部装飾。 正教会系の独特な色彩が特徴。


サマルカンドの北東部にあるネクロポリス (霊廟群)シャーヒ・ズィンダ廟群。シルクロードの中心都市であり、文化交差路の名の通り、まるでRPGに登場しそうな街並みです。ひょっこりとサマルトリアの王子が出てきそう。

モスクワの赤の広場やバイカル湖、キーウの聖ソフィア聖堂、トビリシのゲラティ修道院、サマルカンドの文化交差路など、後年世界遺産として登録されている名所も見学されたとのこと。これがゲームの舞台になったかと思うとドキドキしちゃいます。


1986年3月号の特集記事。シナリオはオホーツクの3倍、ディスク3枚組の超大作との記述。「どーせ創るなら極めつけのAVGを」という堀井氏の気合が伝わってきます。


恐らくこの時点で堀井氏の中でゲームの全体像は完成していたような気がします。


やはりロシア美女はかかせませんね😍1928年生まれで100歳近くになってもなお映画や舞台で活躍した伝説的な大女優、タチアナ・ピレツカヤ。父もファンでした。

「オホーツクに消ゆ」では本格的ロケハン取材の結果、北海道旅行を疑似体験できることが魅力の一つでした。もし『白夜に消えた目撃者』が完成していたら、そのテイストを色濃く受け継いだ伝説の作品になっていたに違いありません。
同行した東府屋ファミ坊こと塩崎剛三氏によると

「僕も堀井さんも『白夜に消えた目撃者』を作る気満々で、意気込んで日本に帰ってきた」

と語っており、第1章のシナリオのや2章以後のプロットも完成していたそうです。ゲヱセン上野さんとの3人でのミーティングも毎月のように行われていたようで、『九龍の牙』よりかなり作品完成の現実味があったことが伺えます。実際の所ファミ坊さんが

「オホーツクに消ゆのファミコン版が『白夜に消えた目撃者』ではだめなのか。堀井さんとは、何回も話し合うことになる。」

という衝撃発言を自ら回顧録で語られているんですよ。もし実現したとすれば間違いなくゲームの歴史が変わっていたことでしょう。さらに塩崎氏は綴っています。

「おそらく確実に『白夜』は世の中に出ていた。(中略)でもその場合、ファミコン版の『オホーツク』は存在していなかった……。」

これはファンにとっても悩ましい展開ですよねえ。この時期堀井さんは『ドラクエⅡ』の開発も控えていて、とてもすべてを完成させる余裕はなったんだと思います。回想録の最後で塩崎氏は

(『オホーツクに消ゆ』の成功は)消えてしまった『白夜』の代償なのだった。

という言葉で〆ています。僕はこの言葉から塩崎氏が『白夜に消えた目撃者』が名作になると確信しており、それがお蔵入りしてしまった無念を強く感じたのでした。


荒井清和先生の懐かしいイラストが素敵です

これらの詳しい経緯は塩崎剛三氏の書籍「198Xのファミコン狂騒曲」にて語られています。あの頃のゲーム少年なら必読の書籍ですよ!またリメイク版『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ 〜追憶の流氷・涙のニポポ人形〜』公式HPの特別連載にてその抜粋を読むことも出来ます。こちらもお勧めです。

最後に同時期「月刊OUT」85年10月号のインタビューで堀井氏は

“KGB対CIAで、亡命したいやつをまんまとアメリカに亡命させるアドベンチャーゲーム”

とゲームの根幹に関わる貴重な発言をしているんですよ。こりゃムチャクチャ面白そうじゃないですか!やっぱりプレイしてみたかったですね😭出来ればMSX版で・・・


この時期の堀井氏は雑誌のライター、ゲーム作家、漫画原作者と最も多岐のお仕事をこなしていました。


このページに『白夜に消えた目撃者』の記述があります。必読です!


他にも興味深いお話がいっぱいです。


本当に堀井氏は多才なのですね。それが作品にも繋がっているのだなと感じます。


このページにもソ連ツアーについての記述があります。
恐らく色々事前に資料を集められたんだと思います。

❸PC版オホーツクに消ゆ広告集

おまけで「PC版オホーツクに消ゆ」の広告を集めてみました。前回紹介したファミコン版やMSX版の広告と比べてみて下さい。「オホーツクに消ゆ」の世界が益々広がりますよ。


1985年1月掲載。社会派推理AVG巨編と銘打たれ、堀井さんの並々ならぬ意気込みが語られています。


ウィザードリィの末弥純先生の描く「オホーツクに消ゆ」の世界。
インパクト絶大ですね。


「オホーツクに消ゆ」はログインソフトの第一弾だったんです。


PC版は大人向けの広告展開でした。

これはログイン本誌での紹介記事。主人公のベテラン刑事は傑作映画『砂の器』時代の丹波哲郎、相棒の猿渡俊介は若き日の森田健作がモデルなんですね。猿渡俊介はこの物語の実質の主人公ですが、陰湿な展開の中での彼の熱血ぶりは一服の清涼剤になりました。ヒロインの野村真紀子のモデルは永遠の清純派、吉永小百合さんなのだそうです。凄い豪華キャストで、映画化したら凄いことになりそう。



おまけのついでに、同じくついに発売されなかったシンキングラビットの『映画狂殺人事件』。広告掲載時のプロローグが凄く味があるストーリーで、AVG狂のFM7くんとずっと楽しみにしていたんですが…

1988年あたりまで広告掲載されていました。もし発売されたら最後のコマンド入力式AVGの傑作になっていたかもしれません。

❹1985年の追憶


1985年のファミコン?僕がそんな邪道なマシンに手を出すわけないじゃないですか😜
攻略本だって一冊も持ってませんよ?🤣

いかがでしたでしょうか?思えば先月幼馴染の床屋のナムコくんに散髪して貰った際、オホーツクに消ゆの話題で盛り上がったことが切っ掛けで始めた「堀井ミステリー三部作」投稿でしたが、何と全4回の大特集になってしまいました。しかしそれでも多くの方々に読んで頂けたようで、感謝感激であります🥹


ゲームブックの沼にハマったのも85年でした。どの冒険にも想い出が詰まっています。


ゲームブック特集は何時か絶対やりますよ!

ちょっと最近の自分の投稿を振り返ってみると「科学万博物語全3回」「キャプテンシステム」「LDゲーム特集全3回」と全部1985年あたりの出来事なんですよね。そういえばゲーセンの味を覚えたのも85年でしたっけ😁僕はもしタイムスリップして過去に戻れるとしたら、迷わず1985年を選びますよ。何故ならこの年は僕がMSXを入手した記念すべき年で、それだけ想い出も多いんです。


アニメの師匠に「コイツを観ないなら破門だ!」と脅されて?1年遅れで『風の谷のナウシカ』を見たのも85年でした😁


ナウシカは永遠のヒロイン像です😍

そんな訳でもう少しこの年のネタが続くかもしれないのですが、これからもお付き合いして頂けると嬉しいです。皆さんこれからもよろしくお願いいたします。
いつもスキ💛やXでの紹介ポスト、暖かいコメント感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹  

                       サイボーグMSX


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