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【4人家族アメリカ生活】親のエゴと親の責務、線引きはどこ?

こんにちは。
小学生と幼稚園児の子どもがいるアメリカ駐在妻です。

前回、キンダーに通う下の子の話を書きましたが、今回は上の子(小学生)の話

現在悩みに悩みまくっていて、考えすぎて訳わからなくなってきたので、noteに書きながら整理することにしました。
読みづらいかも…すみません。


悩み【子どもの習い事・今後の学習をどうするか】

今回の子どもとは小学生の子どものこと。
渡米して10ヶ月が経ち、生活にもすっかり慣れ、ポツポツ英語も出てくるようにはなったものの…想像していたより全然英語が話せていない
そして学校の授業に一向についていけていない。
(先日受けた試験のスコアが過去最低を更新した)

自分も全く成長していないけれど(おい)、正直、子どもは毎日学校で英語のシャワーを浴びているし、吸収力もあるだろうし、それなりに話せるようになるんじゃないかと心のどこかで期待していた。

耳は育ってきていて、何を言われているかはなんとなく分かっているよう。
今はまだ言葉を蓄える時期なんだろうとは思うけど…

同じ頃に渡米してきたのに、結構ペラペラの子にどうしているのか聞いてみたら、英会話教室に通っていると。

・・・ですよね・・・
住んでいるだけでは英語は話せない、を改めて実感。

そしてもう一つ、日本の学習に差がついていきそうなのが気がかり。
今は週一回、補習校に通っているけれど、漢字が苦手になりつつある。
週一回しか触れないのだから身に付かなくて当然っちゃ当然か…

英会話教室に行かせた方がいいのかな?
補習校以外にもオンライン家庭教師みたいなの始めた方がいいのかな?

やらせればいいやん、って感じだけど、なぜ悩むかというと
子どもがそれを望んでいないから。
「アメリカではゆっくり過ごしたい」と言う。

それをそのまま「OK〜」と受け入れていいのか、
「このままだと帰国してから困るよ!?」と説得した方がいいのか分からない。

私は子どもに対して「無理強いはしたくない」「自分で目標を決めて取り組んでほしい」という思いがある。

そう思うに至った私自身のエピソードを。

私自身の経験

私は年長の時にピアノを始めた。
友達が始めたのを知り、「私もやりたい!」と親にお願いした。
通わせてもらえたのはいいけれど、だんだん思っていたのと違ってきて、面白くなくなった。
「やめたい」と言ったけれど、「あなたが行きたいって言ったんでしょ」と辞めさせてもらえなかった。
小学3年生の時に、通塾の関係でやっとピアノを辞めさせてもらえた。
その頃にはもう私はすっかりピアノが大っ嫌いになっていた。
それ以降ピアノには触れていない。

この経験から、せっかく興味を持ったことでも、無理強いされると大っ嫌いになることもある、だから我が子には無理強いはしたくない、と思うに至った。

そしてもう一つ。
親の意向で、椅子に座って机に向かう習慣をつけるために、私は3歳から公文に通った。
親戚が中学受験をしていて、気付けば自分もそのレールに乗り、小学3年生からは塾に通った。
勉強は苦じゃなかった。
むしろ小学校の授業が退屈になっていて、塾の勉強の方が楽しかった。

第一志望だったバッチバチの進学校に進学した。
東大や京大、医者や弁護士を目指している子がうじゃうじゃいた。
私は瞬殺で落ちこぼれた。
「賢い子ばっかりやから仕方ないな〜」と中学時代を呑気に過ごした。
(私の目標は○○中学校に行くこと、だったので、勉強のモチベがなくなった)

高校に入って、いよいよ大学受験のことを考え始め、私は国立大を目指した。
みんな国立大か医学部、法学部を目指していて、自分は医者や弁護士にはなれないからとりあえず国立大を目指せばいいんだな、という認識だった。
しかし、確固たる目標を持っていた子は中学からコツコツ取り組んでいたので追いつけるはずもない。
私は希望学部なんてなくて、「○○大の自分の偏差値で入れそうな学部」を受験した。
そして落ちた。
結局、滑り止めで受けた私立大学に進学した。

大人になった今、この経験から思うことは、自分で決めた目標に向かって、主体的・自主的に取り組むのが一番身につくし、結果につながるということ。

だから、我が子には「自分で目標を決めて取り組んでほしい」という思いがある。

ただその一方で、親がうまくレールに乗せてくれたからこそ、今の生活があるという感謝もある。
私の主体性のない人生は、幼少期からレールに乗っていたからなのか、それとも元々そういう性格なのか。
もし元々の性格なんだったら、レールのない人生、今頃どうなっていたんだろう、という恐ろしさもある。

我が子のこれまで

我が子にも3歳から公文に通わせた。
これは私の親と同じく、物心がつく前に椅子に座って机に向かう習慣をつけたかったからだ。

我が子は算数が得意になった。
公文の先生の助言もあって、自分で「オブジェをとりたい!(3学年先まで履修すればもらえる)」という目標を決め、渡米のギリギリまで粘り、見事獲得した。

アメリカに来てからも、算数だけは自信を持って現地校の授業に参加できている。
本人も「英語の授業はみんなに助けてもらうけど、代わりに私は算数の授業は教えてあげられる。やってて良かった〜!」と言っている。
一つでも得意なことを持っておくと、いざという時の支えになる、と実感した。

ただ、帰国する頃には算数の先取り学習分は追いつかれていて、自信を持てるほどのレベルではないと思われる。
そうなった時に、今この状況で、帰国時に代わりに自信を持てるレベルにできそうなのは英語なんじゃないか?
英語習っておいた方がいいんじゃないか?
もしくは通信教育とかで算数の先取り学習を進めておくとか!

と親心には思うんだけど!
本人は「アメリカではのんびりしたい〜」と。

先述の通り、本人の主体性がないと身につきにくいことは自分の人生で実証済み。

以前、我が子が現地校の算数のテストで悔し泣きをし、「絶対満点とったるねん!」と意気込んでいたことを書いたが、その後、本当に満点を取ってきた。
我が子は目標を決めると、それに向けて努力ができる子なのも実証済み。

しかも、本人が英語を話せなくて困っているならまだしも、今のところ困っている様子はない。
「喋れなくても友達はできるよ〜」と言っている。
(それはそれですごいけど)

つまりこれは完全に親が先回りをして、子が転ばないようにしようとしているやつ。

ただ…ただ…私はここで誘導型から見守り型にシフトチェンジしてもいいものか!?
帰国後自分でみんなに追いつくぞ!頑張るぞ!とスイッチが入るのを信じていいのか!?

…親が安心するために英語をさせようとしている気がしてきたな…
親として最善を尽くしました!と言いたいがための。
やっぱこれは親のエゴなのか?

でもいらん苦労はさせたくないし、事前の対策で回避できる問題は回避した
いし!子のために最善を尽くすのが親の責務ではないのか?

積極的な「○○をやりたい!」は快く応援できるけど、「ゆっくりしたい」はどう受け止めたらいいんだ!?

子どもを信じて見守るってめちゃくちゃ難しいんですけど・・・!

夫の意向

親はもう一人いるので(笑)
そちらの意向を確認。

夫の生い立ちは、ほぼ私と同じ。
幼い頃から習い事にいくつも通い、両親の意向で中学受験、県内トップの私立中高一貫校へ進学。
ただ私と違うところは、国立大へ行ったこと。
そして希望通りの就職をしたこと。

なので、夫は親にレールを敷いてもらっていたことに大感謝している。
だから我が子にも親ができることは全部やっておく派

本帰国時、我が子は小学校高学年
そこから学習の遅れを取り戻すのはしんどいと思う
今出来ることがあるなら今すべき
「今はのんびりしたい」なんて甘い!  と思っている。

その考えも分かる。
「アメリカ」と言う異国の地で暮らす負担があるのももちろん分かるけど、もう10ヶ月も経ったし、生活自体の負担はもうそんなに感じていないのでは、と思う。

そろそろ勉強の量を増やしてもいいんじゃないか〜?と私も思う。

子は「のんびりしたい」と言う
夫は「やらせろ」と言う
私は「やった方がいいと思うけど、子どもを信じてみてもいい気もしている」
ただ、帰国後に取り返しがつかないことになったら、あの時やらせておけば良かった〜!と激しく後悔しそうでもある。

ざー!と書いたけど・・・やっぱりどうしたらいいのか分からん!

子が望んでいない習い事をさせるのは親のエゴなの?
それとも子の未来をより良くするための親の責務なの?

どうしよー!!!

とりあえず書いてて思ったことは、私一人で「こうしよう!」と決めることではないので、家族会議を開催することにしよう・・・

最後まで読んでくださった方、モヤモヤする形で終わってごめんなさーい💦
みんなどうやって方針を決めているんだろう・・・
小学生くらいの子どもの意向ってどの程度聞き入れるんだろう・・・



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