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シリアを想う 〜 1965年, 1983年, 2016年, 2020年, そして 2024年

写真は, 夕日に照らされた シリアの古都アレッポの城塞(要塞)。21世紀に入ってからのシリア内戦による大きな損傷を受ける前のシタデル, アレッポ城。1983年9月6日, 筆者撮影。

同年4月から翌1984年2月にかけてのユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端, アフリカ大陸はエジプトのみ, 10か月ほどの旅 note リンク集は 今日の第2章及び第3章の章末にて)「ほぼ」一周旅行の際, 9月5日から19日にかけて 2週間 旅したシリア, そのシリアで最初に滞在した街がアレッポだった。

同じ中東 ~ こちらから見れば 西アジア ~ でも, いわゆる「パレスチナ問題」(イスラエル問題, パレスチナ/イスラエル問題)と比べ, シリアの問題はより複雑な様相を呈する。アメリカ合州国の「横暴」そのものは分かりやすいと言えば分かりやすいのではあるが。ともあれ, 今日は シリアの現代史や政治・宗教などの問題の細部にまで深入りはしない。

.. と 最初に書いていたのだが, 投稿前に一言, しかし結局, 最後の最後(は音楽だけどその前), そこそこの「深入り」はした。


「シリア」は 一筋縄ではいかない

「シリアの問題はより複雑な様相を呈する」「今日は シリアの現代史や政治・宗教などの問題の細部にまで深入りはしない」と前口上したものの, ここでまずは 4年余り前, 2020年9月24日に下掲の note に記した自分の文章2つを, 以下に引いておきたい。

第2章 セメントの記憶 〜 建設と破壊、創造と破壊の対比、破壊と再生を繰り返す人間の切なさ から, その章末(太字は転載に際してのもの)。ひとつ書いておく
と, 「2011年から続く内戦」に先に介入した(煽ったというレベルかもしれない)のは(もはや「例によって」)アメリカ合州国であるようなので, 以下の国名列挙においても, 同国を筆頭にした方がよかったと思う。

なお、最後に一点、そのエンドロールの中に Special thanks to White Helmets という表記があるのに気付いたのだが(1時間5分過ぎ辺りからのシリア、おそらくはアレッポかホムスの街の爆撃現場での瓦礫からの救助シーン、その実写部分などは彼らからの映像提供かもしれない)、ほんの少し、文字通り少しだけ触れておくと、White Helmets については 世界に様々な評価があって、ノーベル平和賞に推す人々がいる一方で、ネガティヴな評価を下す人すらいる。この問題はかなりデリケートな問題 で、これに深入りすると、今日のこの投稿で紹介したこの映画の素晴らしさやその本質から離れてしまって、ややこしい議論の迷宮のようなものに入り込む恐れ がある。いずれにしても、この映画が訴えるものはシリア政府側、反政府側といった二項対立のレベルを遥かに超えたところにあるので、その意味でもここでこの議論にこれ以上触れる必要はないと思う。

繰り返しになるが、シリアの政治情勢は、2011年から続く内戦 にロシア、イラン、トルコ、アメリカ合州国、イスラエル、IS(「イスラム国」)といった諸外国・外部勢力が介入 することで非常に複雑なものになっており、その評価は一筋縄ではいかない。

はっきりと書いておきたいのは、映画「セメントの記憶」は、そうしたシリア情勢を見る時の「政治的な」難しさを超えたところで、見る側に強く訴えかけるものがあるということである。

第5章 余談 2 〜 レバノン内戦、シリア内戦、2016年12月の東京、1983年のシリア・アレッポ、ダマスカス、パルミラ から, その冒頭(太字は転載に際してのもの)。

本投稿で取り上げた映画「セメントの記憶」の中では直接的には語られないし描かれないのだが、この映画の中でシリア人の難民・移民労働者が働いているレバノンという国では、1975年から 1990年にかけての長期にわたって内戦があった。

一方、レバノンの隣国 シリア では、2011年に始まった内戦 が、今も続いている。2016年12月の当時の反政府側の砦としてのアレッポ(首都ダマスカスと並ぶシリアの大きな都市)の陥落により政府側はほぼ全土を掌握したが、トルコとの国境に近いイドリブ県の県都イドリブは今も 反政府側の諸派が入り乱れて存在、おそらくは 諸派による混沌とした支配 が続いており、そこに政府軍の制圧から逃れた シリア人難民 が住んでいる(筆者の想像を混えて言えば、彼らの多くはおそらく、上に述べた反政府の諸派のいずれかを支持しているというわけでもないと思う)。シリア国内の文字通りの内戦そのものも終わっていないが、反政府側についたシリア人や、あるいはどちらにつくということでもなかったが戦禍を逃れ国を脱出する他なかったシリア人が難民となって レバノン、トルコ、あるいはドイツなどの欧州諸国等、諸外国で暮らしており、シリアの政治情勢を巡る対立・紛争は根本的な解決には程遠い のが現状である。

以下の写真は、2016年12月18日、シリアではアレッポが陥落しようとしている時期だったが、妻と一緒に六本木や渋谷での "Save Syria", "Save Aleppo" を呼びかける集まりに参加した時に撮ったもの(以下は共に渋谷)。

1965年, 911

本章, 今日の「お題」からは距離あり(関わり自体はあるけれど), 飛ばして構いません。今月, 2024年12月7日, 反政府(今や反「旧政府」, あるいは旧「反政府」と言うべきか)側が シリアの首都 ダマスカスを占領する直前に 飛行機で国を離れ, 家族と共にロシアに「亡命」した, 要するに崩壊したアサド政権の「首領」だった バッシャール・アル=アサド の誕生日が 1965年9月11日, それが筆者(自分, 拙者)の誕生日とは 5年違いの同じ日, ただそれだけの偶然で(彼が何時何分の出生か知らないし, 自分のそれも現在93歳で健在のお袋さんに改めて尋ねないと分からない, そもそも時差もある!), 以下に自分の note の 911 を集める。自分用の備忘録, まぁ忘れないようにくらいの意味で, それを兼ねて。

音楽をこよなく愛する1960年生まれ。誕生日はシリアの独裁者バッシャール・アサド (1965年) と同じ、チリの悲劇の日 (1973年)、アメリカ合州国の悲劇の日 (2001年)と同じ日の 911, まぁ当然ながら偶然。関心事項は中東などの国際政治、宗教など。自身は無神論者。

https://note.com/dailyrock

シリア 2箇所目の滞在地 パルミラ で, 1983年9月11日 に, 我が 23歳の誕生日 を迎えたことから, この番外編を 〜 その(1)

https://note.com/dailyrock/n/nbebb76a235a4

シリア 2箇所目の滞在地 パルミラ で, 1983年9月11日 に, 我が 23歳の誕生日 を迎えたことから, この番外編を 〜 その(2)

「911 アメリカ同時多発テロ」はもちろん 2001年のあれだし, 犯人はシリア人ではなく, パルミラ も直接関係しないんだけど!(以下のリンク先 note 1本目のタイトル写真は, 筆者が 1983年9月11日 に パルミラ で撮ったもの).. パレスチナ/イスラエル も直接は関係しないんだけど!(以下のリンク先 note 2本目のタイトル写真は, 筆者が 1983年10月3日 に 東エルサレム で撮ったもの).. ヨルダン も パレスチナ も直接関係しないんだけど!(以下のリンク先 note 3本目のタイトル写真は, 筆者が 1983年9月21日 に ヨルダン の首都 アンマン にある パレスチナ難民キャンプ を訪ねた際に撮ったもの)

1) 911 アメリカ同時多発テロを振り返る (2001年当時の日記から)

https://note.com/dailyrock/n/nbebb76a235a4

2) 911 アメリカ同時多発テロを振り返る (2001年当時の日記から) ー その 2

https://note.com/dailyrock/n/nbebb76a235a4

3) 911 アメリカ同時多発テロを振り返る (2001年当時の日記から) ー その 3

https://note.com/dailyrock/n/nbebb76a235a4

シリア 2箇所目の滞在地 パルミラ で, 1983年9月11日 に, 我が 23歳の誕生日 を迎えたことから, この番外編を 〜 その(3)

https://note.com/dailyrock/n/nbebb76a235a4

上記は 以下の note から。

1983-84年ユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端!)「ほぼ」一周の旅, note リンク集

次章で, 1983年9月の シリアの旅 を振り返ります。

1983年, シリアの旅(アレッポ, パルミラ, ダマスカス) 〜 〜 バッシャール・アル=アサドの親父, ハーフィズ・アル=アサド, 先代の独裁政権の時代のシリア

シリアが括弧付きながら「平和」だった時代 〜 最初の訪問地 アレッポ, 1983年9月5-10日

掲載した写真 11枚のうちの一部を, 下掲 note(当時の旅日記なども掲載)リンクに続けて。

1983年9月6日, 夕日に照らされたアレッポの(21世紀に入ってからの「シリア内戦により大きな損傷を受け」る前の)シタデル, アレッポの城塞(要塞), アレッポ城を眺める。

「」内はウィキペディアから引用

1983年9月6日, 夕刻過ぎ, アレッポの街から, アレッポの大モスク, ウマイヤ・モスクの(21世紀に入ってからの「シリア内戦の戦闘のなかで破壊された」)ミナレットを眺める。

「」内はウィキペディアから引用

シリアで出会った全ての人々が, その後の内戦を生き延びたことを心から願う。この少年は今頃, 50歳ぐらいになっているはずだ。左の彼はいま, 50歳を少し越えたくらいだろうか。

2021年9月10日付 note に記したキャプション

何度でも, 同じことを書く。シリアで出会った全ての人々が, その後の内戦を生き延びたことを心から願う。この少年も, 今頃, 50歳ぐらいになっているはずだ。左の女性たちは, いま 60歳を過ぎたぐらいだろうか。想像し難い, どれだけの困難を乗り越えてきただろうかと思わずにいられない。今も, きっと生きている。そう信じる他ない。

2021年9月10日付 note に記したキャプション

近頃は(もちろん当時の「近頃」)男女同席でパーティをして祝うような披露宴も増えているということだったが, 伝統的には男女別で祝うというもの。この時の披露宴では, 招待された親族や友人たちが男と女に分かれ, 男は男だけの会場にいた。文字通り, 男だらけ。ダンスも男同士で。パーティの最後の段に, 男の会場にいた新郎と女の会場にいた新婦が一緒になって, 二人の新居に向かうという, そんなやり方の祝賀パーティだった。

2021年9月10日付 note に記したキャプション

次いで, 「ついで」, 自分が写ってるものも。

日本国・札幌市のディスコで鍛えた(?)ダンスを披露する(笑), 当時22歳の筆者。この日から 3日後, 1983年9月11日に, シリアでアレッポの次に訪れた, 古代ローマ帝国に支配された時代の巨大な都市遺跡があるパルミラにて, 23歳の誕生日を迎えたのだった。

ここでは全くの蛇足の「札幌」。

では, 1983年の, パルミラへ。

パルミラ(シリア, 古代ローマ帝国の都市遺跡) 〜 1983年9月11日(ISによる破壊の32年前)

掲載した写真は 16枚(当時の旅日記なども掲載)。遺跡の写真など興味ある方は是非。タイトル写真については,

写真は, 西暦紀元32年に建造され, 2000年近くこの姿を保ちながら, 今から6年前, 2015年に "宗教" 原理主義者 IS「イスラム国」がこの地域を制圧した際に破壊された, パルミラのベル神殿(1983年9月11日, 筆者撮影)。この写真を含む 1983年のパルミラの写真は 本 note 第2章にて。

2021年9月14日付 note の冒頭

次は, ダマスカス。

シリア, ダマスカス 〜 括弧付きながら「平和」だった, 1983年9月12-19日

掲載した写真 11枚のうちの一部を, 下掲 note(当時の旅日記なども掲載)リンクに続けて。

本 note 後段で掲載する当日の旅日記殴り書きメモより。トルコの「イスタンブールのグランド・バザール」についての表現はご容赦(誰に言ってんだか, 笑)。

スークは広く, イスタンブールのグランド・バザール(あれは要するに ただの商店街)などと違って, フンイキあり。コントンとしていて, 雑踏で, なかなか良し。

写真に写ってる人たち, 28年後の2011年から始まったシリア内戦もきっと生き抜いていてほしい, と言葉にすると安っぽくなるけれど, しかし本当に, 切に, 心から願う。

2021年9月21日付 note 第2章, 冒頭(真ん中は旅日記からの転載)

その他, モスクや市街の写真なども掲載。

では,

1983-84年ユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端!)「ほぼ」一周の旅, note リンク集

同年4月から翌1984年2月にかけてのユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端, アフリカ大陸はエジプトのみ, 10か月ほどの旅 note リンク集は 今日の第2章及び第3章の章末にて)「ほぼ」一周旅行の際, 9月5日から19日にかけて 2週間 旅したシリア, そのシリアで最初に滞在した街がアレッポだった。

今日の前口上の2段落目

では, 2016年の, 東京へ。

Save Aleppo 〜 2016年

以下は, 次章にリンクを置く筆者の過去 note("映画「セメントの記憶」 〜 建設・創造・再生を 破壊 とシンクロさせ、レバノンからシリアを描く物語")からの転載。

本投稿で取り上げた映画「セメントの記憶」の中では直接的には語られないし描かれないのだが、この映画の中でシリア人の難民・移民労働者が働いているレバノンという国では、1975年から 1990年にかけての長期にわたって内戦があった。

一方、レバノンの隣国シリアでは、2011年に始まった内戦が、今も続いている。2016年12月の当時の反政府側の砦としてのアレッポ(首都ダマスカスと並ぶシリアの大きな都市)の陥落により政府側はほぼ全土を掌握したが、トルコとの国境に近いイドリブ県の県都イドリブは今も反政府側の諸派が入り乱れて存在、おそらくは諸派による混沌とした支配が続いており、そこに政府軍の制圧から逃れたシリア人難民が住んでいる(筆者の想像を混えて言えば、彼らの多くはおそらく、上に述べた反政府の諸派のいずれかを支持しているというわけでもないと思う)。シリア国内の文字通りの内戦そのものも終わっていないが、反政府側についたシリア人や、あるいはどちらにつくということでもなかったが戦禍を逃れ国を脱出する他なかったシリア人が難民となってレバノン、トルコ、あるいはドイツなどの欧州諸国等、諸外国で暮らしており、シリアの政治情勢を巡る対立・紛争は根本的な解決には程遠いのが現状である。

以下の写真は、2016年12月18日、シリアではアレッポが陥落しようとしている時期だったが、妻と一緒に六本木や渋谷での "Save Syria", "Save Aleppo" を呼びかける集まりに参加した時に撮ったもの(以下は共に渋谷)。

以下は, 当該 note には載せていなかったけれど,

 妻が作ったボード, 渋谷スクランブル交差点付近, 2016年12月18日
帰宅後, 思うところあり, 妻の手製のボード3枚に書物など合わせ ..

シリア映画 「セメントの記憶」 を観て 〜 2020年

以下の note 第2章「セメントの記憶 〜 建設と破壊、創造と破壊の対比、破壊と再生を繰り返す人間の切なさ」より

なお、最後に一点、そのエンドロールの中に Special thanks to White Helmets という表記があるのに気付いたのだが(1時間5分過ぎ辺りからのシリア、おそらくはアレッポかホムスの街の爆撃現場での瓦礫からの救助シーン、その実写部分などは彼らからの映像提供かもしれない)、ほんの少し、文字通り少しだけ触れておくと、White Helmets については世界に様々な評価があって、ノーベル平和賞に推す人々がいる一方で、ネガティヴな評価を下す人すらいる。この問題はかなりデリケートな問題で、これに深入りすると、今日のこの投稿で紹介したこの映画の素晴らしさやその本質から離れてしまって、ややこしい議論の迷宮のようなものに入り込む恐れがある。いずれにしても、この映画が訴えるものはシリア政府側、反政府側といった二項対立のレベルを遥かに超えたところにあるので、その意味でもここでこの議論にこれ以上触れる必要はないと思う。

繰り返しになるが、シリアの政治情勢は、2011年から続く内戦にロシア、イラン、トルコ、アメリカ合州国、イスラエル、IS(「イスラム国」)といった諸外国・外部勢力が介入することで非常に複雑なものになっており、その評価は一筋縄ではいかない。

はっきりと書いておきたいのは、映画「セメントの記憶」は、そうしたシリア情勢を見る時の「政治的な」難しさを超えたところで、見る側に強く訴えかけるものがあるということである。

映画「セメントの記憶」 〜 建設・創造・再生を 破壊 とシンクロさせ、レバノンからシリアを描く物語

そして, 2024年12月。

2024年12月, アサド政権崩壊

同じ中東 ~ こちらから見れば 西アジア ~ でも, いわゆる「パレスチナ問題」(イスラエル問題, パレスチナ/イスラエル問題)と比べ, シリアの問題はより複雑な様相を呈する。アメリカ合州国の「横暴」そのものは分かりやすいと言えば分かりやすいのではあるが。ともあれ, 今日は シリアの現代史や政治・宗教などの問題の細部にまで深入りはしない。

今日の前口上より

「シリアの問題はより複雑な様相を呈する」「今日は シリアの現代史や政治・宗教などの問題の細部にまで深入りはしない」と前口上したものの, ここでまずは 4年余り前, 2020年9月24日に下掲の note に記した自分の文章2つを, 以下に引いておきたい。

今日の第1章「シリア」は 一筋縄ではいかない 冒頭より

というわけで, 第1章「シリア」は 一筋縄ではいかない を振り返ったうえで, 

ジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs, 世界的に有名な経済学者, アメリカ合州国出身, 専門は開発経済学・国際経済学, コロンビア大学地球研究所長, 国連ミレニアムプロジェクト・ディレクター)の見解をここで。

こちらも。

さらに。

次は, ウェスリー・クラーク。

Wesley Kanne Clark (born Wesley J. Kanne, 23 December 1944) is a retired United States Army officer. He graduated as valedictorian of the class of 1966 at West Point and was awarded a Rhodes Scholarship to the University of Oxford, where he obtained a degree in Philosophy, Politics and Economics. He later graduated from the Command and General Staff College with a master's degree in military science. He commanded an infantry company in the Vietnam War, where he was shot four times and awarded a Silver Star for gallantry in combat. Clark served as the Supreme Allied Commander Europe of NATO from 1997 to 2000, commanding Operation Allied Force during the Kosovo War. He spent 34 years in the U.S. Army, receiving many military decorations, several honorary knighthoods, and the Presidential Medal of Freedom.

https://en.wikipedia.org/wiki/Wesley_Clark

上のは映像が粗いけれど, 再度こちらで。

こちらも。

因みに, 筆者も時折り ウィキペディアを利用するのではあるけれど(もちろん全幅の信頼を寄せはしないという条件付きで),

上に記したように, 筆者も時折り ウィキペディアを利用するのではあるけれど(もちろん全幅の信頼を寄せはしないという条件付きで), で, これはそのウィキペディアから, 

Timber Sycamore was a classified weapons supply and training program run by the United States Central Intelligence Agency (CIA) and supported by the United Kingdom and some Arab intelligence services, including Saudi intelligence. The aim of the program was to remove Syrian president Bashar al-Assad from power. Launched in 2012 or 2013, it supplied money, weaponry and training to Syrian opposition groups fighting Syrian government forces in the Syrian Civil War. According to US officials, the program was run by the CIA's Special Activities Division and has trained thousands of rebels. President Barack Obama secretly authorized the CIA to begin arming Syria's embattled rebels in 2013. The program became public knowledge in mid-2016.

https://en.wikipedia.org/wiki/Timber_Sycamore

つまり, 「ティンバー・シカモアは, アメリカ中央情報局(CIA)が運営し, かつ イギリスおよびサウジアラビアを含むアラブ諸国の情報機関の支援を受けた, 機密扱いの武器供給・訓練プログラム」で, その

「目的は, シリア の バッシャール・アル=アサド大統領を 政権から排除することだった。2012年か2013年に開始されたプログラムは, 内戦において シリア政府軍と戦う反体制派に資金・武器・訓練を提供した。アメリカ政府の複数の官僚等によると, プログラムは CIAの特別活動部が運営し, 何千人ものシリア反体制派を訓練してきた。バラク・オバマ大統領は 2013年, 内戦で苦戦し追い詰められていたシリア反体制派への本格的武装をアメリカが行なうことを CIAに秘密裏に許可した。そして このプログラムは 2016年半ばには公になった」のである。

要するに, ここでも, アメリカ合州国のお家芸, 他国の regime change, 政権転覆

「シリア」は 一筋縄ではいかない。国内の勢力争い, 宗派間の争い, そこに更にアメリカ合州国, イスラエル, トルコ, ロシア, イラン, そして アルカーイダ, IS(「イスラム国」)など外部から入った「宗教」原理主義勢力などが入り乱れ ..

とりわけ イスラエルは, この機に乗じて 1967年6月から同年11月22日の国連安保理決議242号を半世紀以上にわたり無視し続けて占領する(元々はシリア領の)ゴラン高原からシリア旧政府軍との緩衝地帯を越え更にシリア南部に進軍, そのうえ, もはや「アサド政権の」ではない「シリア」の財産である同国軍事基地や艦隊を猛爆撃して破壊, Rogue State「ならずもの国家」イスラエルの面目躍如。イスラエルにとっては「無法者」(まさしく国際法違反の無法者)「ならず者」であり続けることが 自らの名誉であるらしい。

備忘録, シリアのジレンマ。

こちらも 傾聴に値する, 一読の価値あるスレッド。

… … … 以下, 蛇足, 話が逸れる, ではなく, 広がるけれど,

しかし相変わらず 酷い, CNN の staged, でっち上げ報道。

Shut down CNN!

因みに, CNN の 件の記者 Clarissa は, この下のこいつ。

CNN なんて要らない。

さてさて, 腐った CNN をディスる歌 🎶

Dana Bash (Clarissa Ward でもいいね) と Jake Tapper の ごきげんいかが 1・2・3

Here we go every body, Come on Zionism, You and me, me and you, Let's spread Zionist propaganda 🎶

続きは, 以下の note の第5章, *1 以下 で。

CNN なんて要らない。まぁ NYT, WSJ, 「大英帝国」BBC など, 「どいつもこいつも」どれもこれも, 酷いもんだけどなぁ。

(スレッド)

連中は ジャーナリズムならぬ, ただのメディア

メディア以外も … 「セレブ」類には, ディラン や ボノ の他に テイラー・スウィフト, ビヨンセ, ニック・ケイヴ, トム・ヨーク とかも加えたいけどなぁ。

嘆息。怒, 悲,

哀。

Festival in Damascus 〜 もの哀しいウードの調べ

「ものかなしい」「ものがなしい」, 漢字を使うなら「物悲しい」と書くのが 普通かもしれない。何となく悲しい, かなしい, 哀しい様。ここは文字通り 何となく, 「悲しい」ではなく「哀しい」としたい気がする。

"Festival in Damascus" by Syrian Oud player, Kinan Ednawi ♫

シリア人奏者による哀愁("Festival" と言いつつ, どこか哀愁を感じさせる音色)の ウード(Oud, アラビア語 عود‎(ˁūd))の演奏を聴き,

今日の最後の最後は,

"For Syria" by Kinan Idnawi (Kinan Ednawi, Syrian Oud player) 🎶

From the event called “Syria, In Words and Music” by Layaali Arabic Music Ensemble, featuring Kinan Idnawi

*Layaali’s musicians are from SyriaPalestine, Lebanon, and Morocco.

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